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二十六 豚田よ、永遠なれ

本日三度目の投稿です。

ご注意下さいm(__)m

 赤毛の子供はラティというそうだ。

 直接名乗られたわけではない。

 レオン君と糞ガキが話しているのを横で聞いていただけだ。


 どうやら糞ガキの中では、俺の序列はレオン君より下らしい。

 ちっ。

 俺はゴロゴロと大金塊を転がしながら、二人の後をついていった。


 そして、着いた場所はボロボロの小屋である。

 まあ、予想はしてたけど。


「あっ!」


 小屋の中に入ると、そこには何人かの子供がおり、そのうちの一人、白い頭の子供が俺を見て声を上げた。


「どうしたリーナ」


「う、うん……さっき広場で村を作るとか言ってた人」


「あー、あのお前が石をぶつけまくったとか言ってた奴か」


「え、ちょっ!?」


 別の子供の発言に、リーナと呼ばれた白い頭のガキが狼狽える。


 ほう。俺に石をぶつけまくった犯人が、このリーナとかいうガキなわけか。


 俺は怒りにより、自らの血液が一瞬にして沸騰するのを感じた。

 もちろん本当に沸騰したわけではなく、比喩表現だ。


「せ、先生、子供のしたことですので、ど、どうか穏便に」


「やだなぁ、怒ってないよ俺は」


 俺は無理やり笑顔を作った。

 頬が引くつく。

 まだだ、復讐にはまだ早い。


「じゃあ、さっさと飯にしようぜ!」


 ラティの言葉に、レオン君が床にバスケットの中身を広げていく。

 料理を包む葉が開かれ、香しい匂いが小屋中に立ち込めた。


 どいつもこいつも初めて見る料理に目を輝かせている。

 くくく、それでいい。


「じゃあ、俺こいつの隣な」


「ひぃ!」


 石をぶつけまくった糞ガキの隣をゲットだぜ。

 それから円になって食事を囲み、全員に盗んだと思われるパンが渡ると、会食が開始された。


 子供達は我先にと手を伸ばし、その誰もがうまいうまいと舌鼓をうつ。

 そりゃこんなところに住む奴には中々食べられない料理だからな、みんな大喜びだろう。


 ……俺の隣の奴を除いて。


 俺は石を俺にぶつけまくった仕返しに、白いガキがとろうとする料理を素早い動きで先にとり、奴にはパンしか食べさせなかったのだ。

 白いガキはもはやマジ泣き五秒前。

 くくく、いいぞ泣け喚け、それでも許してやらんけどな。


 しかし、そんな糞ガキにレオン君が自分がよそった食べ物を与えた。


「天使様……」


 白いガキがキラキラとした瞳でレオン君を見つめる。


 けっ。


 やがて料理はなくなり、もう用はないから帰ろうとしたところ、ラティが珍しくも俺に向かって口を開いた。


「なあ、村を作るって話だけどさあ、俺達行ってやってもいいぜ?」


「は?」


 いや、ガキなんか連れていってもしょうがないだろ。


「いや、ごめん。お呼びじゃないんで」


「な、なんでだよ!」


「おいおい、遊びじゃないんだぞ?

 作物を作ったり、家畜を育てたり、毎日大変な仕事をしなくちゃならないんだぞ?」


 俺のためにな。


「俺だってやるよ、やらせてくれよ!」


「俺が必要としているのは即戦力となる経験者だ。お前達では足手まといでしかない」


 俺はラティの願いを無情にも切って捨てた。


「そ、そんな……」


 ガクリと項垂れるラティ。

 ぷっ、ざまぁ。


「……せっかく信じられる大人に出会って……もしかしたら何か変わるかもって……」


 ラティが何やらぶつぶつと呟いている。

 だが、これは絶対に失敗してはならないプロジェクトであり、そんなところにラティみたいな糞ガキの入り込む余地などはない。

 こちとらボランティアでもなんでもないのだから。


「まあ、諦めろ。それじゃ、俺は帰るから」


 沈み込むラティに対し、俺は一切心を痛めることなく立ち上がり、小屋から出ていこうとする。

 だがそこで、待ったといわんばかりに口を開いたのはレオン君だ。


「先生……なんとかなりませんか……」


「ならん。これは、遊びじゃないからな」


「ですが、私がラティを助けた時は褒めてくださったじゃないですか」


「それとこれとは話が違うだろ。さあ、もう帰るぞ」


 やけにしつこいレオン君。

 すると、ガキ共が一斉に立ち上がった。


「待ってよ!」「おじちゃん!」「待って!」「お願い!」「豚のおじちゃん!」「待って!」「待っておじちゃん!」「村に住まわせて!」「待ってよ!」


 俺にガキどもが、まるで地獄の餓鬼のようにまとわりつく。

 つーか、豚とか言ったやつ誰だ!


「ええーい! どけ、どけぇ!」


 いい加減、鬱陶しくなってきて、俺は軽く魔力を体から発散させる。

 それにより、ガキ共はすってんころりんと転がった。


「レオン君、さっさと帰るぞ!」


 こんなところさっさとおさらばだ。

 全く、来るんじゃなかったぜ。


 しかし、俺の呼び掛けにレオン君は動こうとしない。


「おい、レオン!」


 俺は怒りを滲ませて言った。


「先生、私はもう少しここに留まっていこうと思います」


 レオン君は両膝をついた状態で、俺とは顔を合わせずにただ頭を下げた。


「勝手にしろっ!」


 俺はゴロゴロと金塊を転がして出ていった。


 もう知らんもんね。師弟の縁もこれまでだ。


 ――その日、屋敷にレオン君は帰ってこなかった。





 次の日もレオン君は屋敷に帰ってこない。


「早く次の飯持ってこい!」


 屋敷の食卓に座る俺は、使用人達へ乱暴に命令する。


「は、はい!」


 使用人達は怯えたような返事をして、慌てて手足を動かした。

 それを視界に収めつつ、俺はニヤリと笑う。


 ふふふ、やはりこうでなくっちゃな。


 だが、なぜか気分は晴れない。

 俺はなんだかむしゃくしゃして、いつもの二倍、いや三倍の量の飯を食べた。

 使用人がレオンのことを聞いてきたが、あんな奴はもう知らん! と怒鳴り付けておいた。




 さらにその次の日も、レオン君は帰ってこない。


「もっとだ、もっともってこい!」


 俺はなんだかむしゃくしゃして、いつもの三倍、いや四倍の飯を要求した。


「だ、旦那様、流石に食べ過ぎでは……昨日の倍以上ですよ」


「うるさい! お前達は俺の言う通りにしていればいいんだ!」


 そう、俺の言う通りに……。


 その時、ふとレオン君の顔が頭によぎった。


『先生!』


「レオン君っ!?」


 レオン君の声が聞こえたような気がして、俺は後ろを振り向いた。


「あれ……?」


 だが、そこには誰もいない。

 それは幻聴であった。

 俺はもしかしてレオン君が恋しいと思っているのだろうか。


「弱くなったな、俺も……」


 口からポツリと漏れた自嘲。女々しい自分に対する呆れ。


 思えばレオン君に会うまでの俺は、一匹狼――ロンリーウルフだった。

 誰にも媚びず、ひたすら孤高であり続けたのだ。

 なぜなら、本物の強者に馴れ合いは必要ないと思っていたから。


 ……だがいつからだろう。

 隣に誰かがいることが当然だと感じるようになったのは。


 屋敷には使用人が何人もいる。

 なのに、なんでこんなに寂しいのだろう。


 ――レオン君、なんだか心にポッカリと穴が空いちゃったみたいだよ。


 俺は手に持っていたフォークとナイフを置き、席を立った。


「あの……おかわりは……?」


「もういらん、お前達で分けて食べろ」


 呆然とする使用人をよそに、俺はゴロゴロと大金塊を転がしながらその場を去った。



◆◇



 スラム街において火事というものは日常茶飯事である。

 その原因は、誰かが放火したものもあれば、単純に火の取扱いの不注意によるものだったりもする。


 そして、今日も街のどこかで火の手が上がった。


「火事だっ!」


 ロロリアの一般街の建物は全て燃えにくい木でできているが、ここスラムは違う。

 スラムの建物は全て、安値の燃えやすい木でできていた。

 おまけに建物は乱雑に密集して建てられているため、一度どこかに火がつけばすぐに周囲に広がることになる。


 それ故、その日スラムの一角で上がった火の手は、既に何軒も建物を飲み込み、消火が追い付かないほどに勢いを増していた。


「水よ!」


 バケツに水を組み消火活動をしている住民達の中、遅れて駆けつけたレオンの手より、水が蛇のようにうねりながら放出される。

 しかし、火は僅かにその勢いを弱めただけであり、数秒もたたぬうちにその勢いを取り戻した。


「くっ、焼け石に水だ。

 お前達、もうここはいい! 避難するか、建物を壊している者達の支援に回れ!」


 レオンの魔法をもってしても火を消すのは困難。

 ならば、他の者の消火活動などなんの意味すらない。

 住人達はレオンの指示に従い、これ以上火が広がらないために周囲の建物を破壊している者達の下へ、支援に向かった。


「水よ!」


 レオンがせめてもの時間稼ぎにと、幾度も幾度も繰り返し水蛇を放つ。

 すると、そこに現れた小さな影。


「兄ちゃん、俺達も早く逃げないと!」


「ラティ、何しに来た!」


 もう周囲には誰もいない。

 ラティは建物を壊している者達の中に、レオンがいないのを見て、心配になり様子を見に来たのだ。


 その時であった。


 火が道を跨ぎ、レオンの後方の建物に燃え移ったのである。


「くっ、水よ!」


 後方まで炎に巻かれては、逃げ場がなくなりかねない。

 レオンは焦るように、後ろの建物へと水蛇を放つ。

 しかし、その水蛇は空を舞うことなく、地面に力なく倒れた。


「ぐっ、限界か」


 魔力には限りがあり、それが尽きればその体はまるで鉛のように鈍くなる。

 レオンは魔力がなくなり、その場に膝をついた。


「兄ちゃん!」


「早くにげろ、私は、少し休んでから行く……」


「そんな、間に合わないよ!

 ほら、兄ちゃん、俺の背に乗って!」


「す、すまない……」


「お、重い……、ちょっと待って兄ちゃんの鎧外すから」


「ああ……」


 ラティが手こずりながらもレオンの鎧を外していく。

 すると、鎧に隠れていた部分が露になった。


「こ、これ……兄ちゃんはやっぱり……っ!」


「せ、先生には内緒だぞ……」


 胸元のわずかな膨らみ。それは女性の証である。

 ラティは驚いたが、今はそれどころではない。


「よし外した! 早く行こう!」


 だが、もはや手遅れであった。

 燃え朽ちた建物がレオンたちの方に向かって倒壊したのである。


「あ……」


 ラティはもうダメだと思った。

 死の直前、走馬灯のように思い浮かぶのは、家族同然の仲間達のこと。


 ――あいつらは俺がいなくても平気だろうか。


 ただそれだけが心残りであった。


「くっ……」


 レオンはせめて、ラティだけは助けようと、その身を盾にする。

 最後の最後まで諦めず、力の限りをもって最善を尽くす。

 それこそがレオンの真骨頂である。


 されど、自らの死だけは覚悟していた。

 心残りであったのは、喧嘩別れになったままの優しい師のこと。


 せめて一言謝りたかったという思いが、レオンの胸に悔いとして残っていた。


 そして衝撃――。





 ――は来なかった。


 二人の前には大きな、とても大きな背中があったのだ。


 レオンは目を見開く。

 忘れもしない、その真ん丸としたぶよぶよの背中。


「せ、先生……」


 そこにいたのは豚田であった。


 何故、どうして、といった気持ちがレオンの胸を渦巻いていく。

 だが、そんなことよりも――


「大丈夫か」


 ――何よりも頼もしい声に、レオンの目頭が思わず熱くなった。


「はい……ッ!」


 レオンは、そう返事をするのが精一杯であった。


「今から全力を出すからな、後のことは頼んだぞ」


 それだけ言うと、豚田は空へ向けて凄まじいエネルギーを解き放つ。

 そのあまりの輝きに、ラティは目をつむった。

 だが、レオンの目はしっかりと開かれていた。


 そこにあったのは光の柱。


 太陽に勝るとも劣らない煌めき放つそれは、文字通り天を貫いたのだ。

 するとその直後、凄まじい大雨が降ってくる。


「す、すげえ!」


 体を打ちつける水滴に、ラティが目を開き驚嘆した。

 先程までは雲一つなく晴れ渡っていたはずの空が、今では暗く澱み、大地に大雨をもたらしている。

 この現象が誰の仕業であるかは明らかであった。


「これが先生の力……天候すら操る……」


 ラティ同様、レオンもまた戦慄していた。

 己が使うものとは、次元の違う豚田の魔法。

 多くの魔法に関する書物を読んだが、こんな奇跡を起こした人物など、神にまつわる者以外には記憶になかった。


「ごふっ」


「せ、先生!」


 豚田が血を吐いて崩れ落ち、軋む体に鞭打って豚田の下に近寄るレオン。


「先生、なぜ……」


 もう元の関係には戻れないと思っていた。

 師の命に逆らうという許されざる事をしたのだから。

 だが師は、こうしてその身を犠牲にしてまで助けてくれた。


「と、とちを、かった……、い、いえは、まだだけど……こ、こどもも、す、すめるように……する……から……」


「先生、無理して喋らないで!」


 豚田の弱々しい声。

 それは、レオンが初めて豚田と出会った頃のようである。


「だ、だから……」


 けれど、その瞳には強い光があった。

 それは先程の魔法よりももっと暖かな光であった。


「――かえって、きて」


 あぁ……、とレオンの瞳からは熱いものが溢れた。

 魔力が尽き、体の機能の大半が失われようとも、何故か涙だけは止まることなく流れ続けたのである。


「もちろんです! 帰ります帰りますから!」


「よ、よかった……」


 満足したように微笑みを浮かべながら、ガクリと豚田の体から力が抜ける。


「先生、先生っ!」


 降りしきる雨に火が消えゆく中、豚田を呼ぶレオンの声もまた激しい雨音に消えていった。



◆◇



 ロロリアの西の外れには小さな村がある。

 そこに住む村人は、ほんの少しの大人とたくさんの子供達。


 だれもかれもが半人前で、えっちらおっちらと、おぼつかない様子で日々の仕事を行っている。

 仕事は、とっても大変で汗水はたらたらだ。


 けれど苦しい顔を見せる者は一人もいない。

 村に住む者はみんながみんな、ニッコリとした気持ちのいい笑顔を携えていた。


 さて、そんな村にある一際大きな家。

 そこには丸々と太った豚が住んでいる。


「先生、もう昼ですよ! 起きてください!」


「んあ?」


 普段はとっても怠け者だけど、極々稀にいいことをする豚人間。

 それは、いざという時は誰よりも頼もしい、この小さな村の村長であった。


【第一部完】

第一部の完結です

ここまで、お疲れさまでしたm(__)m

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