二十三 そうだ、スラムに行こう! な話
屋敷の庭で日課の魔法鍛練を行うレオン君と、それを眺める俺。
レオン君が両腕を大きく振る。
すると幾つもの氷の花が空中で咲いた。
レオン君がもう一度大きく両腕を振るう。
すると、今度は赤い炎の花が咲いて、氷の花は消えてしまった。
やがて舞い散る花びらのように、赤い花もその花弁を散らし、空気に溶け込むように消えていく。
「どうでしたか、先生!」
「うん? ああ、うん、いいんじゃないか?」
知らんけど。
俺は、はっきりいってレオン君の魔法には興味はなく、その意識は全く別のところにあった。
それは男神官やクラスメイトのこと……ではない。
男神官の住みかは街の中にある、とてつもなくでかい教会。
目と鼻の先ではあるが、街中で問題を起こすわけにはいかないだろう。
それゆえ、今は『待ち』だ。
そんなアホの男神官よりも、俺の意中は、俺の隣に置いてある大金塊にあった。
森下の代わりに新たに魔王から貰ったやつである。
「……何か困りごとですか?」
心ここにあらずの俺に、心配するように声をかけるレオン君。
ふむ、よくぞ聞いてくれた。
「いや、この金塊をどうしようかと思ってね。屋敷に置いておくのも物騒な気がして」
俺は隣の大金塊を、まるで我が子を可愛がるように撫でる。
財産を使用人に盗まれたのは記憶に新しい。
そのため俺は、食事に行くときも、トイレに行くときも、眠りにつくときも、どこにいくにもこの大金塊と一緒だった。
最近は、子を持つ親の気持ちが少しわかった気がする。
そろそろこの大金塊ちゃんにも名前をつけてあげようかな。
「たしかに、ここ数日は強盗も絶えませんでしたからね」
そうなのだ。
俺はゴロゴロと金塊を転がして食事に行った時などは、大金塊を奪わんとしたならず者共に囲まれたりもした。
まあ、あっという間にレオン君が倒しちゃったけど。
持つべきものは、忠誠心溢れる弟子ですな。
「そうですね……何かに投資したらいいんじゃないですか?」
「だめだめ、投資なんてとんでもない。人に自分の金を委ねるなんてそんな恐ろしい真似できないよ」
日本でも投資で失敗して破産したなんて話はよく聞いた。
やはり人間は地道に働くのが一番だ。
「ならいっそ自分で事業を興すとかは」
「ん? んん、自分でか……」
何かしら商売をする?
うーん、これは却下だろう。
新たなビジネスを開拓するアイデアはないし、既存の市場に参入するなんてのはそれこそ無謀極まりない。
では、もっと安全な……。
そこで俺はハッと閃いた。
「レオン君、貴族の地位って金で買えるのかな?」
「いえ、貴族は基本的に血筋によるものですからね。
なにか大手柄でも立てれば、一代限りの爵位くらいなら貰えますが……」
「では、土地は? 土地を買ってそこに人を住まわせて、俺が税を取るのは? これは貴族じゃなくても可能か?」
「それなら可能です、村を開拓して村長になるだけですから。
ただし、土地は買うんじゃなくて借りるですね。
って先生、もしかして――」
「そのもしかしてだよ」
グフフフフと俺は笑った。
「俺は食の都を作る!」
俺は立ち上がり宣言した。
この世のありとあらゆる作物や家畜をその土地で育て、食というものを味わい尽くすのだ。
まさに俺の俺による俺のための村!
「し、しかし、人はどうするんですか? いきなり村を作るから、来てくれなんて言われてもついていく人なんていませんよ?」
ふっふっふっ、甘い、甘いよレオン君。
君はストロベリーアイスのようにトロットロに甘い。
「いるじゃあないか、あそこに」
俺はある方向に指を差した。
レオン君はそちらに顔を向ける。
数多の建物に隠れて、その姿をこの場から確認することはできない。
しかしそこには、とある街が確かにあった。
「す、スラムですか……?」
スラム街。
戸籍のない者や脛に傷を持つ者達が集まり、その日暮らしの生活を送っている場所だ。
犯罪率も高く、脱け出せるものなら脱け出したいのが住人の本音だろう。
「その通り、奴等の中から選抜し、俺の治める地の住人とするのだ。
では善は急げだ。行くぞレオン君!」
俺は高笑いをあげながら、ゴロゴロと大金塊を転がして、スラム街へと向かった。
スラム街。
それは大都市ロリリアの影に当たる場所。
そこには流民や犯罪者、孤児などの訳ありの者達が数多く住み着いていた。
治安はすこぶる悪く、日頃から殺人や強盗といった凶悪犯罪が絶えないという有り様。
領主も頭を悩ませていたが、いかんせん住人の数は万を超えており、取り締まるにも一筋縄ではいかない。
また、落伍者の受け入れ先としてはとても都合がよかったため、領主による対策は何もとられていないのが現状である。
さて、この過密化したスラム街で唯一といっていい広場に、俺とレオン君はやって来ていた。
ちなみにここに来るまでに、二十回以上も襲われたが、全てレオン君が返り討ちにしている。
「皆のものよく聞け!」
俺は大声で叫ぶ。
広場には俺の金塊を狙ってか、既に結構な数の人間が集まっていた。
「俺はこれから村を作る! その住人を今から選抜したい!
さあ、お前たち! なにができる! 得意なことはなんだ言ってみろ! 特に食に関することならば優遇してやるぞ!」
俺の素晴らしいスピーチに、皆はしーんとなった。
ふふ、驚いて声も出まい。
だが、それも最初だけ。
すぐに奴等は我に返る。
そして、我先にと俺の作る町の住人になるために、殺到――。
『……』
――しない!?
なんでっ!? どうして!?
「おいお前ら! お前たち愚民どもを、栄誉ある俺の村の住人にしてやろうと言っているのに、何故誰もアピールしないっ!」
俺は怒りをにじませて、叱責するように叫んだ。
俺が人生をやり直すチャンスを与えてやろうというのに、なんだこいつらの態度は。
すると前列にいた髪の薄い男が口を開く。
「立場が逆なんじゃねえか? お前が、来てくださいとお願いする立場だろうがよ!」
「なにぃ?」
なんという生意気な男。何様なんだ、こいつは。
「まず第一に、お前が人身売買の奴隷商じゃないっていう証拠がどこにある!」
男が俺に向かって意見する。
すると群衆は『そうだ、そうだ!』と、それに同調した。
「俺は奴隷商じゃない! お前たちを救いにきた、いわば伝道者だっ!」
俺が奴隷商だと?
勝手なことほざきやがって!
「俺達を救いにきただぁ? ならまず、信用に足るものを見せてみろ!」
「なに? 信用に足るものだと!」
「その大金塊を置いていけ! それを担保に、俺達はお前の作る村の住人になるか検討してやる!」
そしてまた、そうだそうだの大合唱。
くそ、こいつら俺から金だけ巻き上げてバックレるつもりだな。
「金塊を置いてぇーー」
『かーえーれっ! かーえーれっ!』
「金塊を置いてぇーー」
『かーえーれっ! かーえーれっ!』
薄毛の男の音頭の下、スラムの奴等が気持ち悪いほどの纏まりを見せて俺を責め立てる。
これはマズイ。
俺はいいことをしに来たはずなのに、なぜか悪者のような立ち位置になっていたのだ。
「せ、先生、ここは一先ず……」
「そ、そうだなっ! か、帰るぞっ!」
レオン君が剣を抜き、群衆の中に道を作る。
その後ろを俺は大金塊をゴロゴロと転がしながらついていく。
「なんだ逃げるのか!」
「金塊は置いてけっ!」
石やごみが投げつけられながら、俺はスラム街を後にした。




