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二十 何人かの生徒に再会する話

 それから三日が過ぎ、あたしは今日も店頭に並ぶ檻の中からボケーと通りを眺めていた。


 正直、もう色々と諦めた。

 じたばたするのも面倒臭いし。


 ちなみにあれから豚田は来ていない。

 ま、どうでもいいけど。


 と思ったら、見覚えのある丸い物体がこちらへやって来る。

 どうやら一人のようで、イケメンはいない。


 助けに来てくれたのかな? とドキドキするも、私を素通りして店の中に入り、そして店を出てまた去っていった。

 なにしに来たんだあいつ。


 助けてと言おうかと思ったけど、やっぱりやめておく。

 あいつが助けてくれるわけないし。無駄な体力だ。


 そういえば、服に赤い点々がついていた。ケチャップでもこぼしたのだろうか。

 ケチャップ……お母さんの作ってくれたオムライスが恋しいな……。




 次の日、また豚田はやってきた。

 そして例のごとく、またあたしを素通りして店に入っていく。

 どうやら店主と話しているようだ。

 あたしをひどい目に遭わせようと、店主にあることないこと吹き込んでいるんじゃなかろうか。

 そして、豚田はこちらを一度も見ることなく去っていった。


 そういえば右足を引きずっていた。

 とうとう自分の重さに耐えられなくなってしまったのだろうか。




 その次の日、またまた豚田はやって来た。

 そしていつものように、あたしを素通りして店の奥へと入っていく。

 しかし今日は昨日までとは違い、豚田は特に話し込むことなく、すぐに店を後にした。

 そういえば、右の袖が真っ赤に染まっていた。

 おまけに、その腕を押さえて「くっ……!」とか言っていた。

 何か変なものに目覚めてしまったのだろうか。




 そしてさらに次の日、豚田は再びやって来た。

 ……全身を赤く染めて。


「がはぁっ!」


 店の前で豚田が口から赤いものを吐いた。

 トマトケチャップ……ではない。


 ――それは血であった。


 訳がわからない。日に日に豚田は傷を負っていたのだ。


 何故……?


 あたしには見当もつかない。

 そして豚田は店の中へ入っていく。

 あたしは声をかけられなかった。


 やがて、豚田は店主と一緒に私の檻の前にやって来る。


「ぶ、豚田……?」


 あたしはその名を読んだ。しかし返事はない。

 そして、檻の鍵が開けられた。


「え……?」


 呆けた声があたしの口から漏れる。

 すると店主は言った。


「この方がお前をお買いになられた」


 豚田があたしを買った? え、どうして?

 理解が追い付かない。


「毎日毎日、お前を買う金を作るために、危険な魔物と戦って――」


「店主」


「おっと、言わない約束でしたね」


 店主の会話を遮った豚田。


 危険な魔物を戦っていた?

 あの豚田が?

 何のために?


『毎日毎日、お前を買う金を作るために――』


 あたしの……ため……?


 理解が追い付かない。私はただただ呆然としていた。


「お前を元の世界に返してやる」


 豚田はそう言って右手を出した。真っ赤に染まったボロボロの右手を。


 あたしは恐る恐るその手を握った。


 すると景色が変わる。

 辺りは街の大通りの景色から、真っ白い空間になっていた。


 ――そして目の前にはとてつもなく大きい化け物。


「ひっ……」


 あたしは思わず尻餅をついた。


「よろしくお願いします」


 豚田がそんなことを化け物に言った。


 何をよろしくすると言うのだ。

 ああ、そうかあたしは騙されていたのだ。

 まさか、豚田が助けてくれるわけがない。

 あたしは餌。

 目の前の化け物の餌であったのだ。


 化け物の額の目が光り、それとともにあたしも光に包まれる。

 そのあまりの眩しさに、あたしは目をつぶってしまった。


 やがて瞼の裏から光を感じなくなると、あたしはゆっくりと目を開けた。


「え……なんで……?」


 口から出る驚きの声。

 そして、あたしは魂を抜かれたかのように放心した。

 目の前にはあり得ない光景が広がっていたのである。


 ――そこは学校の教室、あたし達の教室だった。


「うそ……」


 帰ってきたと信じたい、しかしそれを理性が拒否する。

 思えば、この一ヶ月は不条理の連続だった。

 突然見も知らぬ世界へ拐われて、変な宗教に入会させられ、そして奴隷として売られた。

 そんな不条理の連続が、目の前に広がる光景を現実ではないと否定するのだ。


 これは夢。

 あまりの恐怖に作り出した幻。

 本当は今、あの化け物に食べられているところなんじゃないかとあたしは思った。


 誰もいない教室、扉にはロープが張り巡らされている。

 あたしはロープを潜って教室の外に出た。


 何か考えがあってのことじゃない。

 頭をぼうっとさせたまま、ただふらふらと、まるで夢遊病患者のように。


 すると、すぐ隣の教室の、開けられた窓から顔を覗かす男子生徒と目があった。


 その男子生徒はギョッとしていた。

 あたしが話しかけようとすると、それよりも早くそいつは口を開いた。


「先生、帰ってきた! 豚田に続いて二人目が帰ってきた!」


 ――帰ってきた。


 何故かその言葉は、あたしの心にどうしようもなく染み込んでいく。そして漸く理解した。


 そうか、夢じゃなかったんだ……。


 夢じゃない……本当に帰ってこれたんだ……。


 ――だが、違う。


 帰ってきたことが真実だとわかると、嬉しさよりももっと違う感情があたしの中で湧き上がった。


 あたしが思ったのは、あたしを助けてくれたあるクラスメイトのこと。


 ――なんで……っ!


 周囲が騒がしくなる中、あたしは心の中で叫んだ。


 ――なんで、名前も知らないあたしなんかのために、豚田は……っ!


 ――あんなに傷を負ってまで……っ!


 豚田は自分を犠牲にしてまであたしを助けてくれたのだ。


 あいつのために、あたしは今まで何かした?


 いや、あいつがいじめられていた時もあたしは、ただ知らない振りをしていた。

 面倒くさいから。

 そんなことを理由にして。


 そんなダメなあたしのために、豚田は……。

 あいつは、なんの見返りを求めることなくあたしを助けたんだ……。


「豚田……なんで……」


 あたしは泣いた。その場にうずくまって子供のように泣きじゃくった。

 帰ってこられたのが嬉しくて泣いたんじゃない。

 豚田の優しさと、自分のダメさ加減にどうしようもなく涙を流したのだ。



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