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二 勇者を論破する話


「……ではオークよ。お前はなぜここにいる?」


 オーク語を華麗に操る俺に、魔王様が尋ねる。


 気がついたらここにいました……なんて言うと思ったか。


 これは間違いなく引っ掛け問題だ。

 すなわち、答えは――


「ブヒヒヒヒ! ブヒッ! ブヒヒ!」


 ――これである。


 俺はオークになりきるのだ。


「……いや、オークよ。お前は先程言葉を話していたではないか」


「ブヒッ!? ブヒヒ! ブヒ!」


「……」


 どうやら魔王様はぐうの音も出ないご様子。

 これで少しは俺への疑いも晴れただろう。


 しかしその時のこと、なんと魔王様の第三の瞳が怪しく光り輝いた。

 すると――。


「あっつ!? え? ちょ、え? 何これ、熱い! 熱いから!」


 俺のズボンが燃え始めたのであった。


「うおおおぁぁぁぁっ!!」


 俺はすぐに腰を下ろし、必死になってズボンを脱ぐ。

 そして、肉に引っ掛かって手こずりはしたものの、それでもなんとかにズボンを脱ぐことに成功した。


「ふぅ、危なかったぜ……」


 俺は一息つく。

 今のは本当に危なかった。ともすれば、丸焼けになるところだったのだ。


「オークよ」


「はい、なんですか?」


「……」


 なにやら魔王様の視線が冷たい。

 って、ああ、そういうことか。

 言ってから気づいた。そして気づいたときには全てが遅かったのである。


「すみませんでしたー! 命ばかりは! 命ばかりはどうか!」


 俺はすぐさま魔王様に、学生服にパンツという格好で命乞いの土下座を敢行する。


「何でもしますから! 命だけはお助けください!」


 全身からは汗が噴き出している。

 いや汗どころか、出ちゃいけないモノまで出そうになっていた。主におしりから。

 しかし、それも仕方のないことだろう。

 今まさに俺は命の危機なのだから。


「もうよい、わかった。それでお前は何者なのだ」


 その質問に、『オークにございます、ブヒ!』と答えるべきか、人間であることを正直に話すべきか迷うところではある。

 だが、さすがにもう魔王様も俺がオークでないことはわかっているだろう。

 よって、ここで再びオークを騙り魔王様の怒りに触れるよりも、正直に人間だと語るべきではないだろうか。

 というか、この魔王様はあまり悪い人には見えないし。


 うん、そうしよう。


「私は……人間にございます!」


 膝と手を床につけながらも顔だけは魔王様を見据えて、俺は言った。


「そうか。それで、なぜここにいる」


 魔王様は、俺が人間だということに驚いていないようである。


「はっ、学校の昼食後におやつを食べていたところ、気づいたらここにおりました!」


「そうか」


 またも、淡白なご返事である。

 あと、土下座状態で頭だけ上を向けるのは辛い。魔王様、超大きいし。


 そして魔王様が次に発した言葉に俺は驚いた。


「すまなかったな」


 まさかの謝罪であった。

 思ってもみなかったことに、俺は呆然とする。


「全てはこの魔王の責任だ、許してくれ」


「ははぁーー!」


 とりあえず地に頭を擦り付けておいた。

 

 なんだかよくわからないが、俺がここにいるのは魔王様が何かやったせいみたいだ。

 たぶん他の魔物と間違えて召喚しちゃったとか、凄い魔法を使おうとしたら時空に穴が開いて俺が現れたとか、そんな感じだろう。


 しかし、謝ったということは自分に非があることを認めた――つまり、悪いと思っているということだ。

 これなら元の世界に返してもらえるかもしれない。


 ちょっと聞いてみようかな。


「あ、あの――」


「なんだよ、それはっ!」


 その時、別のところから声が上がった。

 それは今現在魔王様に向かって土下座している俺の後方、すなわち勇者だ。


 そういえばズボンを燃やされた辺りから、剣がバリアーを打つ音は聞こえなくなってたな。


 俺は後ろに首を回すと、未だにバリアーは健在のようである。

 諦めたのだろうか。


「なんで魔王が人間に謝ってんだよ!」


 果たしてそこは怒るところなのだろうか、と俺は疑問に思った。

 いやもしかしたら、この世界では魔王が人間に謝ってはいけない、という法律があるのかもしれないが。


「魔王は人間の敵だろうがっ!」


 勇者が鬼の形相で剣をバリアーへと降り下ろす。

 するとあれだけ難儀していたはずのバリアーが、凄まじい音と共に砕け散った。

 おそらく怒りパワーとかそんな感じだろう。


「――って、ひぃぃぃっ!」


 バリアーが無くなれば、どうなるか。

 無論、答えは決まっている。

 俺の死だ。


 俺は恐れおののき、芋虫のように地を這って逃げようとする。


 ところが勇者は、俺など見向きもせずに魔王様に飛びかかった。


 というか、凄いジャンプ力である。数十メートルの高さにある魔王様の顔、そこに向かってひとっ飛びだ。


 さすが勇者、人間やめてるなぁ。


 ――そして、勇者は魔王様の指先に弾き飛ばされたのであった。


「ぐわぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 勇者が叫び声を上げながらもの凄い速度で吹き飛んでいく。

 素人目で見てもわかる。

 勇者達に勝ち目は絶対にない。

 この世に絶対はない、なんて言葉はあるけど、一匹の蟻ん子は絶対に象には勝てないから。

 とりあえず俺は魔王様側についてて良かったと喜ぶだけである。


「勇者様!」


 神官の青年が、吹き飛ばされた勇者に駆け寄っていく。

 そういえばと思い、俺は恐竜組の方へ顔を向けた。


 うーむ、なるほどなるほど。


 どうも一時停戦の様相でお互いは睨み合っており、さっき死んでいると思った戦士も生きていたようだ。

 そんな中、男神官は勇者の下に到着する。


「勇者様! 今、回復魔法をかけます!」


 男神官の手がぼんやり光り、勇者を癒していく。


 しかし、何故だろうか。ここから勇者の下まではとてつもない距離があるはずなのに、はっきりと視認できている。

 そういえば、先程の勇者が魔王様に挑みかかった動き、それはとてつもない速さだったにも関わらずはっきりと目で追えていたのだ。


「うーむ」


 考えてもよくわからない。


「魔王ォォーーーッ!」


 どうやら勇者が回復したようで、またもや魔王様の下へと駆け出していた。


 その時である。


「そこのあなた!」


 何やら男神官がこちらを向いて叫んでいた。


「あなたも人間なんでしょう! 勇者様に加勢なさい!」


 あーあー、聞こえなーい。遠くて聞こえませーん。


「あなたの内側から凄まじい魔力を感じます! あなたならやれます! 早く勇者様に加勢を!」


 どうやら男神官は俺に言ってるわけではなかったようだ。

 だって俺、魔力なんてないもの。


「早く加勢なさい! さもなくばあなたも敵と見なしますよ!」


 そんなことを叫んでいる男神官。まあ、俺には関係ないけどね。

 ほら、誰か知らんが加勢してやれよ。


「……いいでしょう。魔王軍には死、あるのみ」


 急に静かになった男神官。

 と思ったら、その背後には無数の氷の刃が現れた。

 あー、これは怒らせちゃったわ、どこの誰か知らんけど。


「死になさい! 魔王の下僕!」


 そしてビュンビュンと打ち出される氷の刃。

 その行き先は――――――もちろん俺であった。


「――って、うおーーーっ!」


 俺はゴロゴロと転がってそれを避ける。


 男神官が俺に向かって叫んでいたのはわかっていたが、まさか本当に攻撃するとは思わなかった。

 なにせ向こうも俺を人間と認識していたのだ。

 人間が人間を襲う。

 これじゃあ、魔王様と勇者パーティーのどっちが悪かわかりゃあしない。


「何しやがる!」


「あなたが勇者様に加勢しないからです!」


 当然、俺は男神官に文句を言ったが、男神官はそれを意にも介さない。


「だったらお前が加勢しろよ!」


「私の魔力はもう限界が近いのです!」


 じゃあ、俺に攻撃するなよ! なんなんだよ、もう!


「さあ、早く加勢なさい! そうしないと、魔王の下僕としてあなたを殺します!」


 ええー……。


 男神官の後ろに再び浮かぶ氷の刃が、脅しではないことを示していた。


 俺は仕方無しに魔王様の方へ振り返る。


 そこには小さい身体を活かしてピョンピョン飛び回る勇者と、それをうっとおしそうに手で払い除けようとする魔王様がいた。


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