十五 弟子をとる話
俺が倒れてからどれ程経っただろうか。
「大丈夫ですか? もしもし、大丈夫ですか?」
とても美しく、それでいて涼やかな声が聞こえた。
それは魔王様のどす黒い断末魔の叫びのような声とは対照的に、人に安らぎを与えてくれる声であった。
そんな声に誘われて俺は瞼を開く。
「ぐぅっ!」
「だ、大丈夫ですか!?」
体はまだ痛く、瞼を開く動作だけでも顔に激痛が走った。
これで体を動かした日には、果たしてどうなることやら。
そして、見開いた俺の目が捉えたのは金色の髪をした中性的な顔の剣士。
髪は短く、鎧のせいで体の起伏がわからないため、美少年にも見えるし美少女にも見える。
「か……かいふく、まほ、う、を……」
俺は痛みを我慢しながら必死に口を開いた。
「す、すいません、私魔法は苦手で」
こ、こいつ、使えねえ……。
くそっ、仕方がない。
「ま、まほうとは……」
俺は金髪の剣士に、魔法の講義をしてやることにした。
「ちゅうくうに、うかぶ……まそを、もととする……」
魔法とは宙空に浮かぶ魔素を基とするものなり。
「ま、まそは……そとより……う、うちにいたりて……まりょくをもって……つかえ……」
魔素を外より吸収し、内なる魔力で燃やす。
「それは……まきのごとく……」
魔素は燃料、火にくべる薪のごとし。
「……めを、ふ、ふさぎ……、み、みみを、ふさぎ……こ、こきゅうを、とめ……。
ご、ごかんを……た、たち……う、うちなる、もうひとつの、……かんを」
五感を閉じることにより、魔力という六番目の感覚を触れるのだ。
金髪の剣士もこちらの意図がわかったようで、真剣な顔で聞き耳をたてて……たてていない!
目を閉じ耳を閉じて、もはや自分の世界にいた。
俺は痛みで震える手を伸ばし、金髪の剣士の足に触れる。
すると、漸く気づいたようでこちらを向いた。
「ど、どうだ……」
「な、なにか感じ取れるような気はします」
「いきを、……げ、げんかい、まで、とめよ……。
しのまぎわ……まりょくが、たましいが……いのちを、おぎなおうとしてくれる」
息を限界まで止める。すると死の間際に、無意識的、いや本能的に魔力――魂が生を掴もうと足掻き活発化するのである。
「わ、わかりました!」
金髪の剣士はまたもや、目を閉じ、耳を閉じ、呼吸を止めた。
そして、二分か三分か過ぎる。
「ぷはぁっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ!」
足りなくなった酸素を取り込むために、呼吸を荒くする金髪の剣士。
「ど、どうだ……」
「い、いつもよりもっ、魔力をっ、感じとれたっ、気がしますっ」
呼吸は荒いがどこか嬉しそうである。
「で、では、もういちど……ごかんを……す、すべてとじ……そ、その、かんじとったものを……う、うごかして、みろ」
「は、はい!」
暫くして、「できました!」という嬉しそうな声が聞こえた。
「つ、つぎは、ごかんをとじずに……」
「はい!」
それも金髪の剣士は難なくこなす。
もしかしたら、こいつは物凄い才能があるのでは、とも思ったが、そもそも普通の基準がわからない。
「まそと……ま、まりょく……をつかい……そと、へ」
魔素を取り込み魔力で燃やしたものを、体の外に発現させる。
これについても金髪の剣士は成功させ、その手のひらに水色の光を浮かばせた。
「は、はなを……な、なにかしょくぶつを」
「は、はい!」
周囲には何もなかったのか、金髪の剣士は立ち上がり、テテテと遠くへ走っていった。
「と、採ってきました」
やがて手に何本かの植物をもって、金髪の剣士が戻ってくる。
「きずをつけて――」
傷をつけて、それに魔力を流せ。
癒すイメージ、包み込むようなイメージで、ゆっくりとやさしく。
そう俺は言葉を続けた。
「は、はい!」
言われた通りに金髪騎士は草花に魔力を通していく。
そして初めは上手くできていなかったが、俺が何度も道理とコツを説明すると、草花の傷が治るようになった。
「す、凄い……」
自分でやったことに驚く金髪の剣士。
「よし……、つぎは、おれだ……」
「はい!」
金髪の剣士が俺に手をかざした。
「ゆ、ゆっくり、ゆっくりだ……」
俺は暖かい光に包まれた。
かつて魔王から受けた回復魔法とは違うその光。
あの時は一瞬であったが、こちらはつたないせいもあり、とても遅々としたものである。
だが、それが逆に心地よい光を感じさせてくれる。
まるで、母の子宮にいた頃へと戻ったかのように。
いや、そんな頃のことなんて覚えていないけど。
そして、回復魔法をかけられたまま時は過ぎる。
それは時間にしてどれくらいだろうか。
一時間か二時間か。
とりあえず、俺の膀胱が満タンになりそうなくらいの時間が経ち、俺は漸く体を動かせるくらいまでに回復した。
ちなみに金髪の剣士は「すいません」と一度顔を赤らめて、この場を離れている。
男だったら気持ち悪い反応だ。
俺はどっこいしょと地面に手をつき、起き上がろうとする。
それに伴い、金髪の剣士が「きゃっ!?」と言って目を背けた。
ん? と思い、俺は自分の体を見た。
俺の今の体勢は立ち上がる途中であり、クラウチングスタートみたいな格好だ。
そしてなんと全身は素っ裸。股の間にはぷらぷらと餃子がぶら下がっていた。
俺はキャッ! と小さな悲鳴を上げて、再びうつ伏せの体勢に戻る。
どうやら俺の超必殺技は、服すらも消し飛ばしてしまったようだ。
「えっと、何か前を隠すものを貸してくれないかな」
「そ、そうですね。こ、これをどうぞ」
金髪の剣士が俺に嫌な顔一つせずにマントを渡してくれた。
なんていい奴なんだろう。




