十四 弟子をとる話
結論から言おう。
俺は全てを失った。
家財は使用人達に給金の代わりとして奪われ、屋敷は噂を聞きつけた領主に没収されたのだ。
俺の住んでた家は、高級住宅地にあった豪邸。
そして高級住宅街に建つ家には証明書が付属しており、これがない場合その土地と家は領主に帰属するのである。
証明書は金庫の中で俺にはどうしようもなく、ただ言われるがままに俺は追い出された。
俺に残されたのはボロ切れの衣服のみ。
食べるものもなく、もはや明日をも知れぬ我が身である。
俺は店が並ぶ通りを、小銭でも落ちていないかとトボトボ歩く。
するとグゥと腹が鳴った。
――ひもじい。
魔王に、いや魔王様に泣きつくべきだろうか。
しかし、男神官や仲間についてなんの手がかりも見つけていないのに、助けを乞うというのはどうだろうか。
たった一ヶ月であれだけの金塊を使いきったのだ。
その言い分けはしようもないだろう。
やはり駄目だ。何の成果を出さずに、魔王様を頼るわけにはいかない。
それは、俺と魔王様の今後の関係に関わってくる。
「それにしても、やはり腹が減ったなぁ……」
俺はボソリと呟いた。
すると、フワワワワーンととてつもなくいい匂いが鼻を掠めた。
俺の美食センサーが物凄い勢いで反応する。
これはとてつもなく美味いものだ。
俺はその匂いにつられて、ふらふらとある建物に入っていった。
「こら、物乞いは店に入ってくるんじゃねえ!」
どうやら酒場のようだ。
しかし、俺の姿はボロボロで客とは思われず、一目で一文無しと看破されてしまった。
くそ、無銭飲食もできやしない。
俺は髭を生やしたスキンヘッドのおっさんに怒鳴られながら、いそいそと店を出ていく。
そこで扉の横に紙が貼られていたのに気がついた。
その紙にはこう書いてある。
【討伐依頼】北の山のゴールデン角兎
【報酬】黄金の角を持ってきた者に金貨百枚
こ、これは、まさに天のお導きではなかろうか。
俺は足を止めて、その張り紙を見つめた。
「ふん、一攫千金でも狙うつもりか? ボロきれしか身に付けていないお前になにができるってんだ。
悪いことは言わねえ、真っ当に働きな」
そんなことを言うおっさん。そして俺は、ドンッと体を押されて追い出される。
だが、俺の手にはこっそり握らされたパンがあった。
おっさん……ありがとう……。
なんだかこの世界に来て、初めて人の優しさに触れた気がした。
俺はパンをモシャモシャと食べながら北の山へと向かう。
この程度で俺の腹は満たされないが、それはおっさんの優しさが代わりに満たしてくれる。
俺は魔力で体を強化して走りに走った。
気分はまるでチーターだ。
「ママー、豚が物凄い勢いで走ってるよー」
「あら、ほんと。養豚場から逃げ出したのかしら」
なんと言っているかはわからないが、町の人間からは驚きの声が聞こえる。
そして俺は町を抜け、さらに田畑を通り過ぎ、北の山までひとっ走りしたのであった。
「あれが北の山か……」
木の生い茂った山を麓から眺めて、俺は呟いた。
いや、今発見したわけじゃなくて、町からずっと山は見えてたけどね。
しかし、ゴールデン角兎か。
黄金の角を持っている兎。
俺の杞憂はそれが魔物に該当するかどうかである。
まあ兎なんて名前がついてるし、大丈夫だろ。
「ん?」
その時だった。なにやら山の中から、緑色のぶよぶよとした気持ち悪いものが出てきたのである。
いわゆる定番のスライムという奴だろう。
スライムはぐにょぐにょと蠢きながらこちらに近寄ってくる。
どうやら俺を敵と判断したようだ。
「おいおい俺とやる気か? 俺はあの魔王様の親友だぜ?」
忠告である。相手はまごうことなき魔物。
下手に倒しては、俺が魔王様に怒られてしまう。
しかし、それにもかかわらず、スライムは俺の方へとやってくる。
これでは仕方ない。俺は一応の忠告をしたのだから、正当防衛だ。
「いいだろう、この身の程知らずめ。この俺があっさりと殺してやろう」
俺はスライムにそう告げると、右手を前に突き出した。
「塵と化せ! 聖魔氷炎覇彈砲ッッ!!」
俺が一晩かかって考え出した名前と共に、いつもの茶色い魔力砲が俺の両手から発射される。
その膨大ともいえるエネルギーはスライムを容易く飲み込み、彼方へと飛んでいった。
「ふっ、雑魚め」
勝利を確信した俺は、魔力砲を消すと背中を向ける。
背中を向けるのは、美意識の問題だ。
しかし――。
「ぐはっ!」
背中に凄まじい衝撃が走り、俺は揉んどりうってうつ伏せに倒れた。
「ぐっ、くっ!」
さらに倒れた俺の背中に向かってまた衝撃。
俺はたまらず、逃げるようにゴロゴロ横に転がった。
その際に俺は見る。
それは俺が倒したはずのスライムであった。
ばっ、馬鹿な……っ!
驚愕。だが、それも一瞬のこと。
俺は寝転がったままの姿勢で、再びスライムに腕を突き出した。
「くたばれ! 邪龍昇天雷鳴暗黒覇ッッ!!」
俺が二日かかって考え出した必殺技名と共に、手から魔力の奔流が放たれ、それはスライムを飲み込んでいく。
今度こそやった。全く、恐ろしい敵だったぜ。
俺はホッと一息つき、よっこいしょと立ち上がろうとする。
だが、俺の目はあるものを捉えていた。
こちらへと凄まじい速度でやって来ているスライムである。
「ひぃ!」
俺は素早く立ち上がり、再び魔力砲を放った。
もはや、名前を叫ぶ余裕はない。
今度は両手、すなわち威力も二倍の魔力砲である。
そして、遥か向こうで魔力の波に飲み込まれるスライム。
「や、やったか!?」
しかし、である。俺は見た。
魔力の波からスライムが這い出てくるのを。
なんでっ!? これでは俺の魔力砲はまるで水の放射ではないかっ!?
待てよ、水の放射……?
俺は急いで頭の中にある魔法の使い方の本を開いた。
ふむふむ、魔力は何かに変換しないと力を発揮しない……!?
考えてみれば、勇者も溢れるほどの魔力を持っていたが剣しか使っていなかったし、男神官も氷の魔法を使っていた。
なるほど、ならば俺も魔力を変換して使えばいいだけである。
だが、時既に遅し。
気づけばスライムはもう眼前に来ており、そのぶよぶよの体から伸びた触手が俺の股間を打ち付けたのだ。
「あっ……あっ……!」
俺は股間を押さえながら、まず膝をつき、そして前へと倒れ込んだ。
その後はリンチのように殴られ蹴られ、である。
抵抗しようにも、股間のあまりの痛みに俺は魔力が練れない。
おまけに股間の痛みが引いてくるタイミングで、スライムはまた股間に一撃を加えてくる。
まさに絶体絶命であった。
「ぐっ! がはっ!」
このままでは殺されてしまう……っ!
俺は、口から大量の血ヘドを撒き散らす。
それは死が近いことを意味していた。
いつ消えるかもしれない命。
俺は死を恐怖する。だが、それにもかかわらず、心の奥底で燃え始める怒りの炎があった。
この俺が殺される……?
たかがスライムに……?
ふざけるなよ……っ!
日々いたぶられ続けてきた俺にとって、明らかな下等にまで攻撃を加えられることは、決して看過できないことだったのだ。
それゆえ、俺は覚悟をする。
魔力を練るなどという細かい制御など一切ない全力全開。
一度使えば、今以上に体がボロボロになるであろう全力全開
――それを出す覚悟を。
こうなったら、全力全開だ!
くたばれっっ!!
「うおわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!」
俺は全身から全ての魔力を解き放った。
それは凄まじいまでの威力を秘めて、半円の茶色いドームを形成する。
その中にあったものは蟻もダンゴムシもダニもミジンコも、悉くが死んだ。
もちろんスライムも。
そして俺はあまりの激痛に気を失ったのである。




