十二 一人だけ日本に帰る話
俺を包んでいた光が消えると、そこは教室であった。
しかし、俺達が召喚された当時の教室ではない。
そこでは、なにやら警察がなんやかんやしており、すぐ横にいた警察官は突然現れた俺にギョッとしていた。
これ一歩ずれてたら警察官の体にテレポートしてたんじゃねえの、と俺はちょいびびりである。
どうやら最初の召喚が男神官によるものだったせいか、俺は元の時間には戻れなかったみたいだ。
――そして、それからの俺の生活は筆舌に尽くし難いほど酷いものであった。
勿論の事、俺は警察署で事情聴取を受けさせられる。
俺は薄暗い取調室で、嘘偽りなく異世界に行っていたことを説明した。
異世界に召喚されましたなんていう気の狂ったかのような話ではあるが、警察官達は俺がいきなり現れるのを実際見ているのだ。
信じないわけにはいかないだろう。
しかし、その内容――話の細部を信じるかどうかは別だ。
俺がした詳しい話はこうである。
極悪人に召喚され、なぜかその極悪人は俺を殺せと皆に命令する。
皆は躊躇なく俺を殺そうとした。
俺は必死に抵抗し、皆の悪意を潜り抜け、ついにその極悪人に前に立つ。
だが、そこまでだった。
さしものこの俺も、三十人を越える敵相手に無傷とはいかず、無念にもそこで力尽きたのである。
すると、そんな俺に一本の糸が垂らされる。
何故かそれは、ここ日本へと繋がる救いの糸であると一目でわかった。
俺はその糸を登ろうと掴んだ。
そうしたら、他の奴等も地獄の餓鬼のように糸へと群がってくるではないか。
これでは糸が切れてしまう。
ではどうするのか。
俺は糸を手放した。
俺が助からなくても、皆が助かってくれるならそれでいい。
そう思ったから。
そして、それにいたく感動した神を名乗るお方が、俺を元の世界に還してくれたのであった、まる。
――と、俺は涙ながらに語った。
映画化間違いなしの超感動スペクタクルストーリーである。
だが、そんな俺を疑わしげに見つめる警察官。
間違いない。この目は、俺が他の人間を犠牲にして帰ってきたのだと疑っている目だ。
なぜ信じてもらえないのか。
いや、答えはわかっている。この見てくれのせいだろう。
俺は痩せたらかなりのイケメンになるだろうが、今はポッチャリ系だ。
身体的特徴で人の人格を決める奴がこの世にはたくさんいる。
目の前の警察官もその一人だったということだろう。
そして俺は連日同じ話をさせられ、その取り調べは日毎に激しさを増していった。
それだけではない、家に帰れば父母会の奴等が俺を連日連夜責め立てる。
それに伴い、家族からは白い目で見られ、ご飯のおかわりも五杯から三杯に減らされた。
毎日二百円貰っていたお小遣いも無しとなり、お菓子だって買えない有り様だ。
――俺は決意した。もう耐えられない。
「魔王様、魔王様」
ある日の夜、俺は自分の部屋で魔王を呼んだ。
『なんだ』
少し経つと聞こえてくる魔王の声。
帰り際に貰った黒い玉。その名も魔玉。
それは魔王の魔力とあの世界の魔素がふんだんに込められた玉である。
これにより、時空の壁を越えた魔王との通話が可能なのだ。
ちなみに今その玉は俺の体の中にあった。
もちろん股間に、ではない。
胸の辺りに確かに感じる魔力の存在。
警察官に所持品検査をされた時、魔玉はまるで意思を持つかのように自然と俺の胸の中に入っていったのである。
「私が間違っておりました。仲間達を助けようと思います」
『そうか、よくぞ決心したな』
俺の仲間を助けるという決意を聞いた魔王の声。
それは、どこか嬉しそうな声色であった。
『では移動させるが準備はいいか?』
「いえ、待ってください。明日また連絡した時にお願いします」
『わかった』
それから俺は一日をかけて準備をする。
まずは貯金箱のお金で、リュックサックにパンパンになるまでお菓子を買った。
次に手紙をしたためる。
そこにはマスコミのいきすぎた報道、警察官の厳しい取り調べ、クラスメイト父母の俺を犯人だとする声など、それらに対する恨み言を書き綴った。
そして最後に、消えてなくなりたいですと如何にもなことを書いて、それを各テレビ局、各新聞社、見も知らない人に送りつける。
さらにネットのそこら中のブログや掲示板に、手紙の写真を張り付けて任務完了だ。
俺がいなくなればさぞや面白いことになるだろう。
俺は決して復讐を忘れない男なのだ。
かくしてリュックを背負った俺は、手紙を出し終わったその足で公園のトイレに入り、この世から消えてなくなった。




