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クリスマスはお酒に酔って(後)

酔っている人間は本当に恐ろしいと思う。酔いに任せて私は町村君にすべてを吐露していた。

「ずっと高校の先生になりたかったから、とかだったら私も納得できた。なのに、なのにさ!」

「…それ、ちゃんと彼氏と話しました?」

何杯目か分からないくらい飲んでいる私の思考は酷く鈍い。普段では有り得ないくらい酔っている。あと1、2杯で酩酊しそうな状態で質問されてもよく理解できない。

「何がよぉ…話なんか無いんだから!」

「吉居先輩…やっぱり酔ってますよね。顔には出ないし呂律も回ってるけど、なんか幼くなってます」

「幼くない!」

「可愛すぎますよ、先輩。ヤバいです」

一方の町村君もほろ酔い気分なのか、ほにゃりと笑った。その笑顔が晋介君に重なる。

「その顔、晋介君そっくり。可愛い…」

「あの、その潤んだ目を俺に向けないでください…一夜の過ちを犯しそうで怖いです。そしたら、俺…美千留に顔向けできない」

項垂れた町村君がぼやいている。一夜の過ちって、私と?有り得ないわぁ。

「だぁいじょうぶ、無い無い。私はアラサーなんだから!」

「全然フォローになってませんてば。吉居先輩は冗談抜きに可愛いんですから、…ってああ!もうダメです!それ以上は飲み過ぎ!!」

慌てて手を伸ばす町村君が視界の端に見えたが、私は目の前のカクテルを呷る。度数の高いそれは飲みやすくて一気にグラスを干した。

目がぐるぐる回る。雲の上にいるみたいに体がフワフワする。思考も靄がかかっていて何も考えられない。こんなに飲んだのいつ振りだろう。

「しんすけくん…あいたいよぅ…すきだもの、そばにいたいもん…」

心の声が溢れ出していく。

ひた隠しにしてきたのに勝手に零れ出す想いを、町村君はただ黙って受け止める。

ブラックアウトする瞬間、切なげに目を細める町村君が見えた。




体がゆらゆら揺れている。腕の中には温かい何かがある。それが心地よくて私は猫のようにその熱源に擦り寄った。服から柔軟剤の香りがする。

「…さん、起きました?」

少しがさついた声が優しく鼓膜を震わせる。

「ん…」

「まだ起きないか…」

心臓がぎゅっと締め付けられるくらい切なげな吐息。力強い何かが私の腿の後ろを持ち上げる。

私は緩やかに意識が浮上していくのを感じて、目をゆっくりと開ければ間近に形の良い耳朶が見えた。そういえばいつもより視界が高い。周りを見れば、自分が誰かにおぶられているのが分かった。しかもその誰かは、私が会いたくて仕方なかった人。

私がもぞもぞ動いたのが分かったのか、私を背負っている晋介君がちらと後ろを見た。

「あ、やっと起きた。玖美花さん、大丈夫ですか?」

「う、ん…なんで晋介君?」

なんで私、晋介君におんぶされてるんだろう。そもそも何で晋介君がいるの?

「玖美花さんの同僚の人が連絡くれたんですよ。玖美花さんが酔い潰れてるから迎えに来てほしいって」

急いで迎えに行ったら、おじさんだらけの居酒屋だし、玖美花さんは泥酔してて、その傍に長身で細身のイケメンとマッチョでワイルドなイケメンがいるし。色々驚きました。

楽しげに教えてくれた晋介君は、私を抱え直すとまたゆっくり歩き出す。

「玖美花さん、僕は貴女を理由に進路を決めた訳じゃないですよ。確かに決めるきっかけにも要因にもなりましたけど。

教員になろうと思ったのも、公務員だからという理由と、あとは僕自身が子供に物を教えたいと思ったからです。家庭教師や教育実習の経験で、教える楽しさを知ったから。だから選んだんです。もちろん、研究者としての道は魅力的だったし、進んでみたい気持ちもありました。それは否定しません。周りに止められたのも事実です。でも僕は僕の決定を後悔したことはないんですよ」

「晋介君…」

私はその首にぎゅっと抱き付く。「この前は僕の言葉が足りなくて、ごめん」

「ううん…私こそ最後までちゃんと話を聞かなくてごめんなさい。嫌いって言ったけど、本当は大好きなの。さよならなんてしたくないの」

まだ体内にアルコールが残っているのかもしれない。いつもより素直で、子供っぽい声色。

「玖美花さん、もう歩ける?」

「大丈夫だよ」

「なら下ろすよ。一緒に歩きたい」

晋介君は私を背中から下ろすと、私の手を引いて歩き出した。

月明かりと鮮やかなイルミネーションの光、そして互いの吐息。ちらほらと寄り添う恋人たちが目に入る。

「私ね、晋介君と会えなくなってすごく後悔したの。でもこれから先、私が原因で晋介君の可能性を潰したらと思うと怖くて、逃げた。それが一番良いと思ったから。そう自分で決めたのに、私がダメになってた。私が、晋介君のいない生活に耐えられなかった」

無理に仕事に没頭して。挙げ句には後輩に心配されるくらいやつれて。

見上げれば、穏やかな光を湛えた彼の瞳がある。少しだけど、目の下に隈もあるし顎のラインが前よりシャープになっていた。

「僕も、玖美花さんと会えなくなって辛かったです。フラれたって思ったら何も手につかなくて、何もかもがどうでもよくなってました。

それで改めて、自分が玖美花さんをどれだけ必要としているか、愛しているか気づかされました」

お互い様ですね。

晋介君はそう小さく笑う。

「本当は玖美花さんを悲しませたくないし、悩ませたくない。玖美花さんが僕のことを想ってくれるように、僕も玖美花さんを大切に想ってるから。

けれど、玖美花さんの隣を誰かに譲りたくない。僕は利己的なんですよ。どんな手段を取っても僕は貴女を手放したりしません。そんな男です」

自嘲的に唇を歪める彼の目は痛みを堪えるように眇められている。端正な横顔に映った苦渋が、声にできない心の叫びに見えて、私は無意識に絡めた指を引っ張った。目を丸くして足を止めた晋介君がこちらに顔を向ける。私は背伸びをしてその頬に空いている手を伸ばした。

冷気で熱を失くした彼の頬はニキビができて荒れている。普段は滑らかで綺麗な肌をしてるのに。どれだけ不摂生をしていたんだろう。それが私との関係によって、齎されたものだと想うと薄暗い喜びを感じてしまう。



「私も晋介君を手放す気はないから。誰よりも貴方を愛してる」



晋介君の頬を静かに伝い落ちる涙。それが指を濡らしていく。私はそっと拭い、指を彼の首の後ろへ移動させた。そのまま自分に引き寄せ、固く結ばれた唇に自分の唇を重ねた。



自分が満たされていく。



トクトクと早鐘を打つ鼓動が、ただ心地よくて。早いリズムの音を聞きながら、私は目を閉じた。






「私、プレゼント用意してないよ」

晋介君から一粒ダイヤの上品なネックレスをもらった後、私は彼にプレゼントを準備してないことを思い出した。

「良いですよ。最近、慌ただしかったですから」

「でも、私も何かあげたいの」

もらってばかりは嫌だと思う。初めてのクリスマス、何かあげたいと考えるのは普通だろう。

晋介君は暫く唸った後、にやりとした。…悪人みたいな笑みに見えたのは私の気のせい?

「じゃあ、玖美花さんをください」

「はい?」

「玖美花さんを感じたい。ダメですか?」

直球な問いに私の頬は沸騰したみたいに熱くなる。

ダメなわけ、ないじゃない。

私も晋介君を感じたい。

こくりと頷くと、彼は嬉しそうにはにかんだ。

「大切にします。…玖美花。愛してる」

初めて呼び捨てにされて赤面する私に、彼は晴れやかな表情を見せる。指を絡め直し、また歩き出す。向かう先は、彼の住むワンルーム。

いつしか空から雪が降ってきて、視界を白く染めていく。

「雪だ」

寄り添って見上げて。私たちは笑みを溢したのだった。

ベタだなぁと思いつつ書いてしまいました。なんだか晋介君のが年上に見えてしまう…。

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