甘い甘いお菓子
ただただイチャイチャしてるだけです。ハロウィンの二人の話。
「トリックオアトリート!」
28歳とは思えない無邪気さで、玖美花さんが右手を出す。もともと童顔だから、見た目はまるで高校生だ。普段はしっとりとした雰囲気を漂わせているのに、その影は今、ちらりとも見えない。日頃からくるくると変わる表情に僕は一々ときめき、振り回されているのに、このギャップはヤバい。
しかも何、この格好。
白いブラウスに紺色のジャケット、深緑のチェックの膝丈スカート。普段は下ろしただけの髪は今日は右耳の下で、シュシュで緩く纏められている。つまり、制服を着た高校生にしか見えない。しかも違和感がない。外を歩いても普通に高校生だと思われそうな感じがする。
「コスプレ…?」
今日はハロウィンだからコスプレしてるのか?
一瞬そう思ったが、玖美花さんならコスプレしてきたの、ってすぐに言いそうな気もする。
「?」
そんな内心を知ってか知らずか、彼女はこてんと首を傾げた。…いや、可愛いんだけどさ。その仕草が似合いすぎてて不覚にも脈拍が速くなったんだけど。
ギャップ萌え、という言葉が脳裏をちらつく。
「晋介君?どうしたの?」
不思議そうに見上げてくる、大きな目。
まぁ、いいか。深く考えるのは止めておこう。学生時代の玖美花さんを堪能できたのだから、それで良しとする。
「いや…玖美花さんが可愛いと思っただけ。で、お菓子ですよね?はい、これ」
僕はポケットからラッピングしたクッキーを取り出し、彼女の手のひらに乗せた。
彼女はじっとそのラッピングを見つめた後、ぱぁっと表情を明るくした。
「わぁ!ありがとう!これって、晋介君の手作りだよね?本当に作ってくれたんだね。嬉しい!」
小躍りしそうな勢いで彼女は喜ぶと、僕を見上げ朗らかに笑う。彼女が本当に喜んでいるのが伝わってきて、じんわりと胸が温かくなった。
僕はお菓子作りが得意だ。小さい頃から姉貴に付き合わされて作っていたから自然と巧くなった。今ではクッキー、ブラウニー、プリンにチーズケーキ、それ以外にもケーキの類は作れる。
その話を先日彼女にしたら、目をキラキラとさせて『食べたいです』オーラを出していたから、ハロウィンを狙って作ったのだ。予想通り、いや予想以上に喜ぶ彼女に僕は安堵した。彼女に限ってそんなことはないと思っていたが、他のプレゼントがいいとか言われたらどうしようかと不安だったのだ。
「ねぇ、食べていい?」
まるでお預けをされた子犬みたいに、彼女が訊いてくる。その姿が微笑ましくて、僕は笑うのを堪えて頷いた。
彼女は慎重にリボンをほどいた後、中からクッキーを取り出す。ハロウィンに合わせてカボチャのクッキーにしてあるから少しオレンジ色だ。
彼女はクッキーを半分に折り一方を口に入れた。
「美味しい!カボチャの甘みがしっかり残ってるし、サクサクだし。晋介君、美味しいよ!」
「良かった。カボチャのクッキーは初めて作ったから心配だったんだ」
「そうなの?すごく美味しいよ。ほら、」
彼女は折ったもう半分のクッキーを僕の口の前に持ってくる。
「一緒に食べよ?」
甘く微笑まれて、僕の体は熱くなる。確実に玖美花さんに他意はない。それは分かっているけど、クッキーより甘そうな艶やかな唇に、僕の視線と意識が集中する。
「じゃあ、」
僕は彼女の手からそのままクッキーを口で受け取りくわえると顔を近づけた。指先で彼女の唇を軽く開けると、僕の意図を察したのか彼女は頬を朱色に染めた。柔らかそうな耳まで赤い。
僕はクッキーを加えた唇を彼女のそれに近づけていく。それまで忙しなく目線を移動させていた彼女だが、唇にクッキーが触れると観念したのかそっとクッキーを食んだ。彼女の口にクッキーが入ったのを確認して、僕はクッキーを押し込みながら唇を合わせた。
甘い。
マシュマロみたいな感触と仄かに香るクッキーの匂いに頭がくらくらする。玖美花さんに触れてるだけで酔いそうだ。
雛が親鳥に餌をねだるように啄むと、口の中にクッキーが入ったままの彼女は困ったような目を向けてきた。それがなんだか嗜虐的な劣情を刺激する。
本当はまだ彼女の唇を味わっていたかったが、クッキーを食べることもできず、キスも避けられずに困惑する彼女が可哀想になり、僕は唇を離した。
「玖美花さんの唇、美味しかったです。ごちそうさま」
「…」
にっこりと笑うと、口をもごもごさせながら彼女はぷぅっと膨れっ面になった。どうやら怒っているというスタイルを取りたいみたいだが、ゆでダコになった顔では無理だろう。熟れたトマトのような頬に、僕は指を添える。
「クッキー、美味しかった?」
「……うん」
「良かった。ねぇ、僕にも。トリックオアトリート」
「え?」
僕の言葉にきょとんとする彼女。クッキーを咀嚼し終えた口が薄く開いている。
「だから、トリックオアトリート。お菓子くれないとイタズラしちゃいますよ?」
「!!今、イタズラしたじゃない!」
「あれはクッキーのお裾分けですよ」
しらっとして告げれば、彼女は下から僕を睨んできた。残念ながら全然怖くないし、寧ろ可愛いから効果は全くない。
僕はゆっくりと彼女の返答を待つ。どんな反応が来るのか想像するのは、プレゼントボックスの中身を当てる時のようにドキドキする。
しばらく何かを思案する素振りを見せていた彼女だが、何かに思い当たったのか勢いよく顔を上げ、満面の笑みを見せた。
「トリックオアトリートよね?はい!」
ジャケットのポケットから出てきたのは、チョコレート。一口サイズのそれは、コンビニのレジに置いてあったりして馴染みがあったりする。
「これ、秋季限定なの。今日、出荷の時に規格から外れたからってもらったんだけど…実はこれから出回る商品だからまだ売ってないんだよね」
どこか自慢げに話し、彼女は包装を取るとそれを僕の口に押しつけた。
「どうぞ召し上がれ。はい、あ〜ん」
僕は言われるままにチョコレートを頬張った。口の中にビターチョコのほろ苦さと、さつまいもの優しい甘みが広がっていく。
彼女は興味津々で僕の顔を見つめている。きっと味が気になって仕方ないのだろう。何せ、期間限定とか数量限定という言葉に弱い彼女だ。本当は自分で食べたかったに違いない。
「どう?」
蕩けそうな微笑みを見せながら、玖美花さんは尚も僕から視線を反らさない。その表情はどこか大人の余裕を匂わせている。
「美味しいです。玖美花さん」
そう言って、僕は彼女の後頭部に右手を置き、そして唇を押し当てた。びっくりして表情が崩れた彼女に満足をしつつ、僕はキスを深めていった。互いの吐息が混ざり合い、濃厚なものとなっていく。時折漏れる子犬の鳴き声みたいな彼女の声が、僕の脳を痺れさせた。
「愛してます」
息継ぎの合間に愛を告げ、僕はまた彼女の唇に噛みついた。