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5.ギュゲースの指輪(登場人物&アイテム)

 

 当時、きみと左香を出迎えたのは、上下ともに黒のスーツに身を包んだ女性だった。彼女は得も言われぬ清香を身にまといながら、きみたちに手を差し伸べてきた。


『わたしは姦神、仮の名は洵子、好きなほうで呼ぶと良いよ。これからきみを、日々観測する者の名だ』


 小学校の女子トイレの先にあったのは、物語の中のような秘密基地だった。

 きみたちの目の前に広がる部屋は、とても広く、それになんだか面白そうな宝物が溢れているように見えた。


『ここはきみたちの居場所だ。『毅右研究部』とわたしは名付けた。いつでも好きなときに、好きな時間にやってくるといい。といっても、ほとんどのそれは放課後になるだろうけどね』


 姦神はきみが今までに見た中では、もっとも親切で、美しい大人だった。


『ただし、きみはその代わり、ある役目を果たさなければならない。それはいわば、きみがここにいるための、そしてわたしがここにいるがゆえの宿命だ。さあ、選びとってくれたまえ』


 姦神が指を鳴らすと、部室の中の壁という壁が翻り、それぞれに無限のような数の白いパネルが現れた。きみは驚き、それでも子供特有の好奇心で一枚のパネルを選択する。記念すべき一枚目のパネルにはなにが書いてあったか。

 もう今のきみには思い出せない。


 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇

 

 

 光が止んだそのとき、きみは見知らぬ土地に倒れていた。

 薄暗い。太陽の光さえも届かないほどの鬱蒼としたジャングルだ。汗ばむ熱気が土の上から立ち上って来ている。きみは身を起こしてから、反射的に上履き裏の土を払い、そんなことをしても無駄だとすぐに気づいて恥ずかしくなった。


「……なんだよ、これ……」


 ここがどこなのかもわからない。右も左もわからない。ただ、ひとつだけ見慣れた少女が近くに転がっていて、それだけがきみの心に明確な立ち位置を作ってくれた。


「……さーちゃん」


 きみはその少女の柔らかな頬をつつく。すると彼女は、身じろぎをしてくれた。馬鹿馬鹿しい話だが、きみは確認をしたかったのだ。ちゃんと生きている。今は、まだ。

 きみが彼女に望むものは、それだけで十分だ。きみはきみの役目を果たすことにしよう。


「……さて、常識的に考えたら、薬品で眠らされている間にどこかに連れていかれた、ってところかな。とても日本のようには思えないけど」


 それこそ、今は現実逃避だ。

 辺りを見回すが、人はおろか虫の気配すらしない。密林の中にいるはずなのに、なぜだか無人のコンクリートジャングルに立っているような心細さがあった。

 きみたちふたりのすぐそばには、真っ白な袋が落ちていた。拾い上げる。拍子抜けするほどに軽い。なんとなく心配になりながら、口を開いて覗き込むと、中には、なにやらごちゃごちゃとしたものが詰め込まれていた。


「これだけ見たってわかんないな……説明書でもあれば……」


 あった。一番手前に三枚の紙が詰め込まれている。

 きみは、一枚目の説明書を眺める。“強い順リスト”と最初に書いてあった。シリアス度の低そうな丸文字で。蛍光ペンも多用されている。

 その内容もまた――悪ふざけとしか、きみには思えなかったようだ。




 ――参加者リスト――

  

超越者オーバーマン――上無初(45兆ヒューマンパワー)

 彼女は強いぞ! なんてたって生きる次元が人間とは違うんだ。核爆弾を直撃させても物質的なダメージは微塵も通らないからね、頑張って倒すんだよ!

 人間界にすっかり馴染んじゃった彼女は、今ではとっても人間に感情移入しちゃっている!  付け入る隙あるとしたらそこだけ! 彼女の優しさを逆手に取っちゃえ!

 

▽魔人――ベルフェゴア(七千億ヒューマンパワー)

 魔界の実力者だ! 魔王のひとりとして数えられている悪魔の中の悪魔だよ! 神には敵わないだろうけど、天使とはどっこいどっこいの力じゃないかな! 惑星ひとつなら難なく割るぞ!

 彼に襲われても、半径10キロ以内に近づいちゃキケンだよ! 敵意を向けられただけで、人間は蒸発しちゃうからね!

 

▽天使――安瀬倉ジゼル(六千億ヒューマンパワー)

 神の尖兵、ご存知天使だ! さすがの十字軍も彼女らの凶暴さには敵うまい! 天使みたいな人ってぶっちゃけただの悪口! しかしそのパワーは本物だよ、怖いね!

 中でも彼女は元スゴ腕の天使! その四枚の羽から生み出される神霊力は、魔王にだって引けを取らないよ! 普段はとってもエコだけど、戦闘形態に近づいたらやっぱり昇天するからね!

 

▽星生命体――冥王星(五億ヒューマンパワー)

 星にだって魂はあるんだよ! 矮惑星なんて格付けされちゃった彼女だけど、その力はまだまだ現役だよ! 勝手に人のこと評価する人間ってムカつくね! 元気にヤっちゃおう!

 人間ほどの知能はないし、家族は遠いし、言語は一切話せないけど、それでも女の子だもんね! 一旦重力波を解き放ったら、鏡面世界が崩壊しかねないほど太っちゃうから困っちゃう!

  

《可愛いちびキャラ姦神が、指揮者のような棒を振っているイラスト入り》

 ここから先は、誰も彼も似たようなレベルだぞ! 頑張ればひとりでも多く殺せるかも!

 

▽地球外生命体――スライム(七百万ヒューマンパワー)

 わたしの観察する宇宙には、ビックリするほど知的生命体が育ってないんだ! ショックだけど、彼が地球外の唯一の生物だから大事にしてあげてね! 異星間交流はきっと楽しいよ!

 念動力のようなもので体を動かすみたいだね、ある意味エスパーだ! 一切の打撃、斬撃、貫撃はノーダメージだけど、物理じゃなければ手があるかもね! 

 

▽魔物――ケルベロス(五十万ヒューマンパワー)

 魔界の尖兵、可愛いワンコだぞ! さすがに神の尖兵、天使に比べたら劣るけれども、人間相手には十分すぎる! たとえ軍隊一個師団を持ってきても必ず勝てるとは言えないぞ!

 三つの頭からはそれぞれ属性の違うブレスを吐き出すから、やっぱり脅威だね! でも、中央の頭が潰されたら蘇生できないっていう弱点があるぞ! 大好きなきみたちに、大ヒントだぞ!

 

▽電脳人――アンドロイド(三十万ヒューマンパワー)

 未来地球での一般人は、ちょっと人間とは違う進化を遂げたらしいぞ! プランクリアクターで稼動する彼女は、兵器を山盛りに積み込んでいるからすんごいキケンだぞ!

 銃弾を食らったら死んじゃうようなヤワな子は近づかないほうがいいかもね! 彼女は視界に入った全ての生物を問答無用でロックオンするぞ! うふふ、そういう設定にしといたからね!

 

▽獣人――異界の勇者(五万ヒューマンパワー)

 猫耳が愛らしい女の子? ノンノン、彼女はれっきとした勇者さ! 地球に似て非なる世界gkあgmん(日本語表記不可)で日々魔物を成敗する正義の味方なんだよ!

 振り回す巨大な大剣から生み出される断裂の刃は、斬れないものなんて何にもないって謳い文句さ! 生き残らなきゃ元の世界に帰れないから、死に物狂いで戦うつもりらしいよ!


▽エルフ――メルヘンファンタジーの魔術師(一万ヒューマンパワー)

 尖った耳が凛々しいイケメン? 違うよ、ゼンゼン違うよ! クマさんも毒蛾さんもお話しする牧歌的な世界からやってきたけど、とても平和的とは言いがたい!

 言葉は通じるけど、話は通じなさそうな子だね! 彼の放つ雷光線~☆は、正真正銘、本物の落雷だぞ。痛みを感じる間もないから、全てを諦めてみるのもひとつの選択かもね!


▽肉食動物――猛虎王(百ヒューマンパワー)

 がおー! がおがおー! ぐるるるる、がうがう!

 ご存知、ベンガルトラさん! ひときわ身体が大きくて、時代が時代ならカミサマ扱いされてそうな子さ! しかし弱いぞ、あまりにも! 所詮ただのケダモノなのか! 意地を見せられるのかっ!


▽人間(一ヒューマンパワー)

 カスだね!

 カスはカスらしく、ガタガタ震えているのがオススメ! なるべくアッサリ死ねたらいいね! きゃは!


 


 きみは説明書を手にしたまま、しばらくなにも言葉を発することが出来なかった。ただ、全身から生きていくための力が抜けるのを感じた。


「……だめだ、ここでくじけちゃ、だめだ……」


 自身に言い聞かせて、なんとか足に力を込める。まだ“活動”は始まったばかりだ。たったひとりも倒してはいない。

 苦悩している間に、左香は気がついていた。今はきみの手から借りた二枚の説明書を熱心に読み込んでいる。


「おかしいな、どうしてだろう……ぼくは姦神さんをよく知っているはずなのに、この胸から湧き上がる憤りはなんだろう……」

「きーちゃん、こっちはアイテムの解説書みたいですよ」


 左香の様子は普段通りだ。努めてそうしているのか、あるいはもう気にしていないのかは、きみには判別がつかない。罪悪感が胸の内に入り込む。

 それも含めて、きみは苦々しく思う。


「弱い順から、ぼくたち、虎、エルフ、獣人、アンドロイド、魔物、スライム、土星、悪魔、安瀬倉、初ちゃん……」


 きみはつぶやいて、さらに表情を歪ませる。


「エルフや獣人がどれくらい強いかわからないけれど、この解説書にはエルフは落雷を落として、獣人は大剣で斬れないものはない、って言われているね……」


 真面目に考察したきみは、なにもかも馬鹿馬鹿しくなってしまいそうだ。


「……参ったね、難易度【10】は伊達じゃないよ……これからのことは、うん、アイテムを見てから決めようか。ねえ、さーちゃん、そっちと交換してくれる?」

「あ、はい」


 きみは二枚の紙を開いた。すぐに違和感に気付く。


「あれ……この紙、右側が一枚破れていない?」

「え? あ、ホントですね……どうしたんでしょうか」


 それはアイテムの説明書の紙だった。だが、確かにアイテムの説明は八個全部書いてあるようだ。そこになんの意図があったのか気になりながらも、きみは目を通す。



  

 ――アイテムリスト――

 

○『神殺しの滅槍』エヴォリューション――レジェンダリー

 投げると必ず刺さる! 刺さると必ず死ぬ! つまり投げると必ず殺す槍さ!

 これはすごい、文句なしのアタリアイテム! やったね! きみたちは世界で一番運がいいね! 使いどころを十分に考えてね! お姉さんとの約束だぞ!

 ※ただし、相手を視界に入れている必要があるぞ☆

 

《可愛いちびキャラ姦神が、眼鏡のフレームを指で押さえているイラスト入り》

 以上レジェンダリーの当選おめでとう! しかしレア以下のアーティファクトは常に制限が伴うから、ちゃーんと説明書を読んで、用量用法を正しく守って使うんだよ!

 

○変身の種The Origin of Species――レア

 なんとこれを食べると、自分が殺した相手の能力を丸々使うことができるようになるんだ! 虎の威を借る狐ならぬ、屍の衣を借る人間、最低だね!

 ※ただし効果時間は二秒

 

○スティグラムの領域――アンコモン

 球状に広がる絶対無敵のバリアー! こういうの待ってたんでしょ? ははは、臆病者の毅右くんらしいね! ずっと家に引きこもっていればよかったのにね!

 ※ただし効果時間は、一分+今までキスをしたことがある異性の人数×一分


○生者のカッターナイフ――アンコモン

 生き残ろうという意思が強ければ強いほど、力を増すアイテムだ! 曖昧な性能だね! 使用者が天使なら魔王も一刀両断できるけれど、きみ程度の動機じゃ紙を切るのが精一杯かな!

 ※なんと効果時間は無制限だ! 替刃もたっぷり! おめでとう!


○叩けば直るぞやったね手袋――コモン

 パソコンって急に重くなったり言うこと聞かなくなったりするから困るよね! そんなときに役立つこれ! 手袋を嵌めて思いっきり叩くと、きみの思うままに機械が動くようになるよ! 便利!

 ※今じゃ使われなくなったOSにも対応しているよ


○暗黒棒スラップスティック――コモン

 相手に死んで下さいとお願いし、「はい」と返事をもらってから刺すと、相手を殺すことができるナタ。懇切丁寧にすがりつけば、意外とヤらせてくれるかもね!

 ※刺す場所はどこでも構わないよ! 指先にかすってもダウンさ!

 

○スペア命ふたつ

 死んでもオーケー! あんまり痛みも感じない設定だよ!

 ※致命傷を受けたその瞬間に自動で使用されます

 

《これ以上あげられるものはなにもないから、財産を手に頑張ってね! 二時間程度は生き延びてくれると信じているよ!》

 



 姦神の暴走は置いておくとして、きみはアイテムの中のひとつに興味をそそられた。


「スペア命……?」


 なんでもありだ。まるでゲームのようではないか。文面通りに受け止めれば、二回まで死亡をキャンセルすることができるようだ。今はそれがなによりもありがたい。


「これだけのアイテムを詰め込んでくれるってことは、さすがの姦神さんも戦力が不公平だって思っててくれているってことだよな……」


 逆を言えば、アーティファクト群を備えてなお、難易度はMAXを維持しているのかもしれないが、今はそれをきみは考えないようにしていた。


「いくつかは、使用方法を確認しておくべきものがあるかな……」


 そう言うと袋の中に手を突っ込む。目当てのものをイメージすると、手はすぐに固いものを掴んだ。凶悪な穂先が取りつけられた長大な槍が、袋から頭を覗かせる。物理法則をねじ曲げて、2メートル超の投槍が中に収まっていたようだ。左香が妙な叫び声をあげて驚いていた。


「う、うひゃあ、なんですかそれ」

「すっごい威圧感だな……いやほら、さっききみも見てたと思うけど、投げると必ず当たって必ず相手を殺すって槍だよ」

「こわいですね……」

「そうだね。怖いよ」


 同意しながらも、きみはすぐにそれを使うときが来るのだろうという予感を覚えていた。

 銀色の刃が取りつけられた蒼い柄には、幾重にも模様が刻み込まれており、姦神の作ったものでなければ実用性のない美術品のようだった。

 だが、この戦いにおいて槍は最重要価値を持つ。視界に入った相手の生殺与奪の権を握ることができるのだから。


「例えばこの槍で安瀬倉を脅して、好きにすることができたら、安瀬倉以下の全ての相手を倒せるわけで……って、なにさ、さーちゃん」

「え、なにがですか?」

「今なんだか、すごい目してたよ」

「そ、そうですか?」


 慌てて、左香は自らの目元を揉みほぐす。

 その理由も、きみにはわかっているだろう。だがきみは、仕方ないじゃないか、と思う。この戦いで生き残ることができるのは、たったひとりだけなのだから。もうそういうことになってしまっているのだから。


「……あれ?」


 そこできみは、気づきかけた。もし12名の参加者のうち、たったひとりしか生還することができないというのなら……?

 ――だが次の瞬間、爆音によってきみの思考は遮られた。

 

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