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11.シモーヌに自由を

 二つ目の帳を越えた先は、森の中だった。亜熱帯エリアとは違い、今度はどこかで見たような木々が並んでいる。そのきみたちの目の前を、川が穏やかに流れていた。感じたことのある空気の味に、きみはここが自分たちの住んでいる世界だろうと確信した。

 光学迷彩の剥がれかかった左香に、きみは声をかける。


「調子はどう? さーちゃん」

「色んなことがいっぺんに起こりすぎて、もうおねーちゃんの頭ぐるぐるです……」

「まあそうだよね。さーちゃん小市民だもんね」


 いきなりこんなものに巻き込まれて、平気でいられるほうがおかしい。左香が起き上がるのに手を貸す。燐の服は彼女には小さいのか、胸の辺りもショートパンツもキツそうだった。

 左香は――さすがに今度は服を濡らしてはいなかったようだが――顔を伏せる。


「……きーちゃんは、毎日こんなすごいことをしていたんですね……」

「いやいや、そんなわけがないよ。姦神さんの出す問題は難易度に差がありすぎるんだ。昨日のは、ぼくの好みのタイプを教えてくれとか、そんなわけのわからないものだったし……」


 口に出した後で気づいた。左香は机の上の人形を見たではないか。もしやと思ったが、左香は「そうなんだ」とうなずいただけで、深く追求はしてこなかった。

 草むらをかきわけて、燐がやってきた。


「あ、いたいた。なんだかこれ、同じところを通っても、別のところに飛ばされちゃうこともあるみたいすね」

「そのようだね。そっちはどう? なにか身体に変調とかないの? ずいぶんやられていたみたいだけど」

「ばっちりばっちり。あんなのすぐに修復しちゃうよ。まあ、ただちょっとスースーするけどね」


 服がところどころ破れていて、肌が露出していた。それでもきみはあっけらかんとした燐の気楽さに幾分か救われているようだった。


「とりあえず移動しようか。境界の近くは、いつ敵が現れるかわからないし」

「さんせーっす」


 きみと燐は並んで歩き、少し後ろから左香がついてくる形となった。


「じゃあ道すがら、きみが戦っていた人たちについて教えてよ」

「ん。ひとりは大剣を使う女の子すね」

「異世界の勇者、か……どうにも、話が通じそうな雰囲気じゃなかったね」

「もうひとりは、なんか、雷を降らせることのできるやつだったよ。あの杖が発生装置かなにかだったのかなあ」

「杖か……」


 それを聞いて、きみは思い当たる。『魔術師』だ。

 草をかきわけながら、現状を分析する。第八位の『勇者』と第九位の『魔術師』が手を組んでいる。ふたりを同時に相手をするのは、第七位の『アンドロイド』にとっては難しいかもしれない。数値的な話だが、きみたちをかばいながらなら尚更だろう。


「順調に追い詰められているってことなのかな……」


 さらに上位の相手に挑むためには、今のままの戦力では不十分だ。できることなら、第一位の『超越者』初を見つけて仲間になってもらいたいものだったが。


「それができたら、なにも苦労はしないよな」


 現に、部室での初の態度は操られているかのようにうつろだったではないか。

 最初はきみは、一箇所にとどまっていれば自然と潰し合いをしてくれるのではないかと思っていたが、それは間違いだったのかもしれない。なぜなら、上位陣が手を組んでしまえば、もはやきみに対抗手段は残されていないからだ。

 自ら積極的に参加者を見つけて、燐の力とアーティファクトを組み合わせながら各個撃破を続けていったほうが、最終的には結果を手にできるのだろう。だが、それによって死を招く確率も飛躍的に上昇する。

 どちらも受け入れがたい。これだってジレンマだ。


「ジレンマはどこにだってあるんだな……」


 そのつぶやきを左香が受け止める。


「うん。合理的な判断じゃ解決できないことがあるから、だからそこにわたしたちが選ぶ意味があるんだと思います。多分……」

「……だから姦神さんが、そういう本を好きなのかもしれないな」


 自由意志の話だ。選択することに意義があると姦神は言うだろう。だがこの場合、生き残らなければなにもかも無駄だ。

 木々の間を抜けたときだった。きみはあまりにも自然に、少女の姿を発見した。


「……え?」


 燐がきみをかばうように、前に出る。銃撃を制止し、きみは少女の様子を観察した。二十メートルほど先、森の中でひとり、彼女は両手を広げてくるくると回っているのだった。こちらの姿は見えているだろうが、まるで気にしていないようだ。


「えーっと、毅右くん。あれ、なんだろ」

「いやぼくに聞かれてもな」


 はっきり言って不気味だ。左香ひとりが違う感想を抱いたようで。


「か、かわいいっ。が、外国の子でしょうか」


 どうしてテンションがあがるのか、きみには理解できなかった。

 少なくとも見た目は幼い少女だ。フリルや刺繍がたくさん縫いつけられた黒いワンピースはゴシックロリータとでも言うのだろうか。そんな華美な衣装がよく似合うシルバーブロンドの子だ。

 燐が困惑しながらつぶやく。


「てゆーか、燐の生体センサーにはなんにも反応しないんだけど……」

「じゃあまともな生き物じゃないんだろうね」

「いやいや、なにさらっと語ってるの。そんなの困るし。ロックオンもできないし」


 きみが前に出るのを見て、燐が短く「あっ」と叫んだ。だがきみは彼女に心当たりがあったからこそ、無用心に近づいたのだ。


「ちょ、ちょっときーちゃん」

「だ、大丈夫なの?」


 後ろからふたりの慌てた声が飛んでくる。だからきみは自分に与えられた情報の一分を燐に開示した。


「冥王星、だよ」


 燐は「は?」と聞き返してきた。論より証拠を見せつけるほうが早い。

 きみは地面に落ちていている石を拾い、少女に向かって軽く放り投げた。燐は“時雨”を構えながら動向を見守っていた。少女はそのまま回り続けている。しかし石の様子がおかしかった。彼女に触れた瞬間、小石がペットボトルのように潰れたのだ。


「とりあえず、まともな科学知識を持っているであろう燐には、ぼくの頭がおかしくなったと思ってほしくないんだけど……」


 そう前置きしてから、きみは燐に説明する。天体の擬人化であるものの、彼女は天体とほぼ同等の力を秘めていること。その超重力だが、普段は封じ込められていることなど。


「触らなければ、実害はないみたいだからさ」

「はあ。なんでもありっすね、もう……」

「そりゃそうさ。姦神さんの用意した舞台だもの」


 きみは左香をちらりと見た。左香は首を傾げる。だが、もう姉の目があろうと迷ってはいられない。


「燐の最大攻撃は、“天神”だったよね」


 その一言でピンと来たのか、燐は頷いてみせた。


「そうすね、止まっている相手になら、最大出力を発揮できると思うし」

「ならちゃちゃっとさ、ひとつ頼むよ」

「イエス、マスター。ちょっと下がっていてね」


 燐が背中から何本もの棒を生やす。その制御棒が徐々に輝いてゆき、根元から先端にかけて青みを増してゆく。空間からエネルギーを引き出しているのだろう。さらに数本の棒が伸びて、もはや燐の体は背中だけがハリネズミのようだった。きみは左香をかばい、距離を取る。

 あちらこちらで青白い火花が飛ぶ。その中心で燐は肩の装甲を開いて、両腕を腰に構えた。


「最大出力……300秒のチャージ完了……最高精度……最適効率……いくよ、“天神”!」


 燐が放った光はまっすぐに冥王星を貫く。そうして、濁流はあっという間に少女の小さな体を飲み込んだ。光は背中の棒からも放たれる、数条の光が重なり合い、膨れ上がる。次々と束ねられた光は、まるでオーロラのようにきらめいた。その一本一本が、ビルを吹き飛ばすほどの威力を持っているのだろう。信じられないほどの火力だ。これで第七位というのだから、きみは嫌になってしまいそうだ。

 間もなくして残光が晴れる。森の多くが消滅し、辺り一面が湯気の立ち上る荒地へと変わっていた。それでも、冥王星は平然として回っていたのだった。


 燐はその場に膝をついて、背中や肩に棒を差し戻してゆく。


「あーもう、しんどー。ムリムリ、もームリ、燐のパワーじゃここらが限界」

「星をひとつ砕くだけのつもりでやらなきゃいけないってことか……」

「くー、燐ってば攻撃特化タイプのはずなんだけど、それでもだめとはなー……」


 燐は少なからずショックを受けているようだ。

 ということは、だ。きみは考える。仮に自分と冥王星だけが生き残ってしまった場合、それはひょっとして“詰み”の形になってしまうのではないだろうか。少なくとも「死んでくれ」とお願いして、うなずいてくれる可能性もないだろう。

 だが、今は為す術もない。


「どうしようもないよね……無視して行くしかないか……」


 仲間になってくれたら頼もしい限りなのだが、ただただ回り続けている冥王星を見つめていると、果たして知能があるのかどうかも怪しいものだ。まさか彼女が姦神に育てられた惑星年齢14の少女というわけではあるまい――もしそうだったとしても、驚かずにいる自信があったが。

 先に進むと、そこは見覚えのある雑木林だった。確か、アパートの裏手にこんなところがあったはずだ。このままだときみは家に帰ることができるだろう。それでなにが変わるというわけでもないが。


 左香がふいにつぶやいた。


「おねーちゃん、ずっと考えてたんですけど」

「なんでしょうか、さーちゃん」

「この世界から脱出する手段って、なにかないんでしょうか」

「えっ?」


 それはきみの思考の外にある新たな選択だった。


「だって、このままじゃ」


 左香の視線はきみを見つめている。きみは本気で聞き返す。


「ぼく? なんでぼくが?」


 それを言うなら左香の身のほうがよっぽど心配だ。またいつ熱をぶり返すかもわからない。きみは少し思慮し、告げる。


「姦神さんの定めたルールを破ることはできない、と思う。なにがどうとか言うんじゃないけどさ。きっと不可能だよ。姦神さんだもん」

「燐も、そう思う。姦神先生は徹底してまっすから」


 先をゆく燐も同意してきた。しかし左香は「ううん」と首を振る。


「だってこの“活動”の目的は、“生き残ること”だったはずです。それだったら、なにか他の解法があってもいいんじゃないでしょうか……」


 それは新たな発想なのか、あるいは願望なのだろうか。


「でもそこに、最後のひとりになる、って条件が付け加えられるからね……」


 三人でこの場を脱出してしまえば、生き残ったものは三人だ。きみたちの現実で殺し合いをしなければならないことになる。そんなのは最低だ。今でも違うとは言い切れないが。


「とにかく、姦神さんに逆らったって、得することなんて一個もないよ」

「ウンウン……あの人、意外とワガママなところもありますし……」

「あ、そうだよね。強引だし、時々子どもっぽいよね。全て自分の思い通りにしなければ気が済まないような、さ」


 きみたちは諦めたように笑い合う。その様子を見つめていた左香の表情は、なぜだか悲しそうだった。きみと燐にとって、姦神の存在はあまりにも強大すぎた。姦神に関してのみ、きみの思考は柔軟さを失ってしまっていたのだ。

 仮に脱出できたとしても意味がない。そう思い込むきみに、さらに左香は首を振った。


「でも、その“最後のひとりになる”っていうことに、今じゃなきゃいけないとか、野蛮なことをしなきゃいけないとか、言われてないじゃないですか」

「……それ、どういうこと?」

「例えば、その、わたしと燐ちゃんときーちゃんが脱出して、それでゆっくりと寿命で死んでいって最後にひとり誰かが残ったとしても、それなら“クリアー”したってことになりませんか」

「えっ、そ、そんなのアリすか?」


 燐が瞬きを繰り返す。きみは黙考する。どうだろう。確かに、それはルールの穴を突いた巧い解釈のような気がする。


「……もしそれが姦神さんの思い描くシナリオを打開する手段なら、問題がふたつある」


 きみの頭脳がゆっくりと回転を始める。


「ひとつは、無事にこの世界から脱出するための方法だ。もしかしたらエリアのどこかが外界に繋がっているのかもしれないけど、そのことを調査するためには時間が必要だ。そしてもうひとつ、この世界には戦いが好きな人たちが多すぎる。……つまり、脱出ルートを探すために確保する時間のためにも、ぼくたちは“狩る側”の参加者を排除するか、あるいは逃げ回らなければならない」

「それって、つまり……」


 左香が眉を寄せて顔を歪めた。燐があっけらかんと口に出す。


「結局、逃げるためには戦わなきゃいけないってことすよねー」


 つまり同じことだ。やるべきことは変わらない。左香でなくても嫌になってしまう。

 森を抜けたきみたちは、ついに自分たちのアパートに到着した。一日も経っていないはずなのに妙に感慨深く感じてしまう。


「どうするさーちゃん。ちょっと寄っていく?」

「ううん。きーちゃんにお任せしますよ」

「そっか。なら、今は『勇者』に見つかる前に、なるべくもうひとつ境界を抜けておきたいから……」


 と、左香は突然血相を変える。


「あっ! ご、ごめんなさい! きーちゃん! 寄りたい、寄りたいです!」

「え? う、ううん、いいけど」


 顔を赤くした左香に袖を引っ張られて、きみは何度かうなずいた。

 アパートに着くと、燐が物珍しそうに辺りを観察していた。


「へえー、これが古代の人たちの暮らしなんだねー。新鮮ー」

「社会科見学じゃないんだからさ……」


 左香は慌ててタンスに駆けてゆく。勢い良く引き出しを開けると、彼女は安堵の深いため息をついた。


「よかった~……やっと、ぱんつが……」

「そういえばきみ、境界で汚してからずっとなにも――」


 下着を持ったままの両手で口を塞がれた。まるでパンツを詰め込まれているようだった。


「い、いくらきーちゃんでも、それ以上言っちゃだめです……! おねーちゃんの名誉に関わりますからね……!」


 きみは「名誉もなにもないじゃないか」というニュアンスの言葉を、ふがふがと言い返す。

 すぐに左香は着替えるからというわけで、きみは一旦部屋の外に出ることにした。「もーいーですよー」の声にドアを開く。

 チュニックに着替えた左香の姿はいつもと代わり映えしないが、なぜか燐までも彼女のお下がりのパーカーとショートスカートを履かされていたようだ。


「だって、ボロボロの服のままじゃかわいそうじゃないですか」

「こんな格好初めてすよ……それに“天神”使う時に、背中破れちゃうからもったいないって言ったんだけどね……」

「えへへ、とっても似合うよ、燐ちゃん」

「いやあ、いやあ……恐縮っすなあ……」


 後頭部に手を当ててはにかむ燐は、恥ずかしがっていたものの、どこか嬉しそうにも見えた。左香と燐が心を許したように笑い合う。それはこんな状況だからこそ尊い光景に見えたのだ。

 だから、きみは――


「ここから脱出、できればいいね」


 夢を見る。誰も傷つかず、みんなが納得できるような終わり方を。

 左香がうなずき、燐も「まあね」と頬をかく。

 直後、唐突に訪れた震動が、目覚めの時を知らせた。

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