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9.水槽の中の脳

 きみたちはアンドロイドの兵器によって半壊したビルから移動し、近くのビルに身を潜めることにした。ほぼ同じ作りの一室に移り、改めてお互いに自己紹介を交わす。


「燐っす」


 女の子座りをしていたアンドロイドは、真っ白な八重歯を覗かせる。仕草や口調も非常に人間らしい。電子的な輝きを放つ赤眼が、唯一彼女を機械だと認識できるパーツだった。着ているものもノースリーブのシャツにデニムのズボンなどあまりにも自然体過ぎて、きみはこの姿をよく見ていたらあの手袋を使う発想はなかったかもしれないと思った。

 燐は肩を竦めて苦笑いをする。


「あたし、見ての通り普通の女の子なんだけど、なんかきょう突然姦神先生に呼び出されたと思ったら、こんなことになっちゃってて。ホントついてないっす」


 はぁ、と小さくため息をつく燐の言葉に、きみは食いついた。


「姦神先生、って……きみ、知り合いかなにかなの?」

「あ、そうっすよ」


 燐は非常に軽い調子でうなずいた。聞かれてもいないのに、彼女は事情を語りだす。

 生まれてからすぐに製造者を失ってしまったこと。その後の戦いで大破してしまった際に、姦神に拾われたこと。それ以来、姦神が親代わりになっていてくれたこと。庇護の代償として、時折“活動”と称した不可解なテストを受けさせられていたこと、などなど。


「……まったく同じじゃないか、ぼくと……」


 きみはこれまで考えもしなかった。他の参加者たちがどういう立場でこの戦いに挑んでいるか、など。


「はぁー……14才の誕生日に、イイコトしてくれるって言ってたんだけどなあ。姦神先生は相変わらず、世知辛いや……」


 その言葉はきみに再び衝撃を与えた。


「14才って……やっぱり、ぼくたちと同い年なのか」

「あ、そーなんだ。へえ、奇遇っすなあ」


 偶然なわけがない。明らかに姦神が仕組んだ結果だろう。それが“フェア”だからだとかなんとか。彼女がいかにも言いそうなことだ。

 だが、きみはそんな事情など聞きたくはなかった。相手の素性など知ったところで、どうせ最後には殺し合う仲だ。だからきみは燐の女の子らしさに戸惑っていたのだ。

 たった二度のエンカウントで、貴重なスペア命の全てを使い果たしてしまったことも、きみにとっては抱えていた絶望に拍車をかけていた。


「……ホントに、どうしようか、さーちゃん」


 きみは話に参加せずにうずくまっていた左香を見やる。

 燐が警戒態勢を解いたこと。さらにアーティファクトの効果によって命じれば恐らくは何でも行なってくれることなど、左香にはかいつまんで説明をしていた。

 その時の左香は、二度も間近できみの死を目撃したショックからか、聞いているのか聞いてないのかよくわからないような顔をしていたが……

 どうして気づかなかったのか。


「さーちゃん……ちょっと、きみ、どうかしたの!?」


 きみは左香の額に手を当てる。熱い。ひどい熱だった。荒い息をついているのは緊張のせいではなかったのだ。


「あ、うん……こんなときに、ごめんなさい、きーちゃん……でも、おねーちゃんはへいきですから……いつものこと、ですから……」

「いつものことだったら、しばらくまともに動けなくなることだって知っているだろ。どうしてもっと早く……」


 言いかけて、きみは口をつぐむ。左香が耐えていたのは、これ以上きみの足手まといになりたくないと思っていたからだろう。左香が高熱を出したのも、きみが彼女に無理をさせたことが原因の一端なのだ。なぜこうなることぐらい予測出来なかったのか、きみは下唇を噛む。


「え、どーしたの? このコ、生体行動にエラーが出ているみたいすけど」


 燐が左香の顔を覗き込む。左香は焦点が定まらないような顔で、口元を緩ませた。


「え、へへ……わたしは、その、昔から身体が弱くって、ですね……でも、大丈夫です、もう慣れっこですから……ちょっと休めば、すぐよくなります……」


 きみは左香の手を握る。とても冷たかった。濡れた体のまま、しばらく外を歩き回っていたのだから。

 とりあえず、一刻も早く着替えさせなければならないだろう。それに、どこか安全で温かい場所で、落ち着いて休ませる必要がある。しかし、そんなところがどこにある?


「……ねえ、燐。ここはきみの世界なんだよね」

「うん、そーだよ」


 確認した後に、きみは左香を休憩させられるような場所の条件を提示する。すると燐からは意外な返事があった。


「それなら燐の家に行こーよ。ここからすぐっすからさ。燐も、もうちょっと武装を整えたいなって思っていたところなんすよね」


 今は100%敵に回る危険性のない燐だ。害意も悪意もないだろう。燐はきみの支配下にあるのだから。彼女の申し出に従って、きみたちは移動を開始した。

 


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇


 

 きみが左香を背負い、燐は辺りを警戒しながら進路を確保する。ビル街から郊外に離れてゆく道だ。すぐ近くだと言っていた通り、目的地には歩いて十分もかからずに到着した。


「ここだよ」


 燐が指し示すのは、フェンスに囲まれた倉庫のようなプレハブ小屋だった。


「え、本当に?」


 と、きみが驚いたのも無理はない。そこは近未来とは思えないほど粗末な作りに見えたのだ。


「なんすか、その顔……狭いけど、生きていくには不自由ない部屋だよ」


 半眼の燐が扉に手を当てると、空気の抜ける音とともにドアが横に開いた。


「いや、うん……でもぼくの部屋よりはよっぽどマシだから、いいんじゃないかな」


 二部屋ある時点で、敗北しているようなものだときみは思った。中は乱雑だ。棚やラックにモノが溢れて、無造作に銃器や弾丸、電子機器が床にも放り投げられている。薄暗い中、踏まないように歩くのに苦心する。


「ひょっとして、未来では整理整頓って文化が途絶えていたりするのかな」

「ば、ばかにしてらっしゃいますかねえ?」

「いや、まあ。とりあえずさーちゃんを休ませてあげたいんだけど」

「ん、んー……ちょ、ちょっと待っててもらえますかね」


 きみは左香を背負い直す。彼女がかすれた声で「ごめんなさい……きーちゃん……」とつぶやいた。まるで夢の中でもうなされているようだ。

 燐は布で仕切られた隣の部屋を片付けながら、すねたような口調で。


「大体、燐んちに誰かを招いたのって、これが初めてなんだし……」

「そ、そうなんだ。友達とかいないの?」

「いないっすよそんなの。燐の仕事はこの街を外敵から守ることだけど、今となっては生存者もゼロ。何のためだか意味わからないし。はい、どうぞ」


 燐に招かれる。隣の部屋は寝室のようだ。あちこちにプラグが散乱し、メンテナンス用の機械がところ狭しと並んでいる。隅に追いやられたベッドは薄汚れていた。

 左香を横にすると、彼女はすぐに寝入ったようだ。燐の服を借りて着替えさせ――これには多少苦労した――布団をかぶせる。本当は薬のひとつでも用意できれば良かったのだが、燐はもちろんそんなものを持っていなかった。

 左香の制服を干してから、隣の部屋に戻る。燐は地べたに腰を下ろしてあぐらをかく。きみも彼女の向かいに座ることにした。燐はしきりに首を傾げる。


「うーん、どうしてなんだろ」

「……どうかしたの?」

「初対面のはずなんだけど、キミのことがトップマスターのハイガードが適応されているらしくて、変更できないんすよね。こんな機能、燐でも使ったことないのに」

「そ、そうなんだ」


 意味はよくわからなかったが、きっと【手袋】の効果なのだろう。しかしそのことを知らない燐は、不安そうだった。


「もしかしたら人間に会うのって初めてだから、燐の中に眠ってたトクベツなプログラムが作動しちゃったのかな。よくわかんないや」


 燐はこちらに背を向けて、戸棚を漁り出す。いくつかの鋼鉄の部品を取り、組み合わせ始めた。それは徐々に狙撃銃の形となってゆく。


「……きみ、ぼくたちを襲ったときにも銃持ってたよね」

「え、うん。ジェノサイドモードに設定されていたときっすね」

「ジェノサイド? 今は違うの?」

「今はハイガード設定ですってば。動くものに片っ端から銃弾を叩き込んだりしないすよ」


 皮肉のつもりはなかったにしろ、燐は少しも悪びれなかった。彼女にとっては、それはそういうものだから仕方がない、ということなのだろう。人間のきみとは価値観が違うのだ。

 燐は両手を顔の前に突き出す。すると次の瞬間、ジジジとハードディスクの読み込みのような音がしたと同時に、彼女の手の中には一組の拳銃があった。


「二丁拳銃“時雨”。燐の持っている武器の中では最低の出力だけど、どこからでも使えるからお気に入りなんだ。あとは対消滅光“天神”だけで、こっちは戦術級の威力があるけれど多用できないすからね。この先戦い抜くのはどっちも中途半端で」


 天神というのはきっと、ビルの上部を消し飛ばした光のことだ。


「だから、超長距離狙撃銃の“雷杭”と、追跡クラスター爆弾“蒼炎”を取りに戻ってきたってわけす。このふたつもあれば、ある程度の相手には対処できるだろーし」

「……なるほど」

「まあ“極王”を出すことができたら、そんな武装なんて全部意味ないっすけど、あれの召喚ロックキーは燐じゃ外せないからねー……」


 きみはよくわからないはずの説明を熱心に聞いていた。燐は怪訝そうだ。


「どーしたの? 人間さんには、そんなに珍しい?」

「いや、そうじゃなくて」


 きみは思案していた。限りなく無臭の殺意を秘めて。


「それって、ぼくにも扱えるかな」

「えっ、いや、どーだろ……反動はほとんどないから、撃てるは撃てると思うけど。生身のセンサーじゃスペック通りの性能を発揮できないすよ。射程とか命中率とか」


 きみは「それでもいい」とうなずく。

 今きみにとって最も必要なのは“殺傷能力”だ。手段がなければ選択もできない。燐はきみの申し出に少々戸惑っていたようだが、結局はきみの言葉に従うしかない。


「じゃー、そのー……“雷杭”と“蒼炎”の使い方、説明するからね。最初っから全部だから、けっこー時間かかると思うけど」

「どっちみち、さーちゃんはしばらく動けないから。お願いするよ、燐」

「ん……りょーかい」


 燐は片目をつむり、うなずいた。言葉の端々に歯切れの悪さが見え隠れするのは、アーティファクトの力で無理矢理に操っているからなのかもしれない。

 棚の下から金属製のラックを取り出す。中には様々なパーツが押し込まれていた。燐は手際よく組み立てながら、きみを上目遣いに見る。


「人に教えたことなんてないから、我慢してよ」

「まあ、言葉が足りない人と話すのは、結構慣れていると思うから」

「そう? じゃあまずブラッシュ・チェンバリングのBモード解除の方法から。バギーからドギーに変改するためには、手っ取り早いのは薬指を励起トリガーに引っ掛けておいて」

「いやちょっと待って」


 口を挟む。燐はきょとんとしていた。


「え? あ、ごめん。最初は左手も添えたほうがいーかも」

「そういうんじゃなくて。その、できればぼくにわかるように話してほしいんだけど……」

「? わかんないところあった?」


 この調子だから、思うようには進まなかった。


 恐らくはふたりの会話が通じているのも姦神がなんらかの手段を用いたのだろうが――それにしたって燐はきみが理解できるよう訳すことに苦労をしていたし、きみはきみで電脳火器の取り扱い方を軽く見ていた節は否めない。


 基本的な使用法や射撃態勢、狙いの付け方、エネルギー充填方法など、たったふたつの装備を運用するために覚えなければならないことは山ほどあり、その教習は数時間に及んだ。

 この空間ではなぜか、眠気や空腹を感じることがなかった。燐も同様に「リアクターの数値に変動がない」と同じような感想を漏らしていた。時折きみは左香の様子を伺いながらも、燐の指導を受け続けた。


 その最中、燐とこんな話もした。


「毅右、お姉さんと仲良いっすよね」

「ん。まあたったふたりの家族だからね。互いの感情はともかく、助け合わないと」


 燐は曖昧な表情で銃器を撫でる。


「燐、この歳まで同い年のコと会ったことがなかったっすから。一日でこんなにお喋りしたのも初めてだったし……なんか、ヘンな気分っす。へへっ」


 ごまかすように笑う燐の表情はどこか寂しそうで、きみはなぜだか胸が絞めつけられるような気がした。


「あ、や、なんかハズくなってきたんで、今のナシ、今のナシで」


 燐はきみから顔を隠すようにして、横髪を指でくるくると弄る。その仕草は、まるでクラスメイトの女子中学生のようだった。

 たったひとりこんなガラクタだらけの家に住み、何年も何年も孤独を味わってきた燐に、きみは自分を重ねてしまいそうになる。だが、同情したところで最後には敵味方と別れてしまうのだ。きみは姦神を恨む。この“活動”は、まるできみの心の強さを試しているようだった。


 さらにしばらく経過し、きみがようやく上辺の使い方を把握した頃だった。

 燐が弾けるようにして飛び起きた。きみは思わず身を固くする。だが、どうやら危機の種類が違ったようだ。

 燐が壁に手を触れると、水面に銀貨を落としたような波紋が広がった。燐が膜のような立体ビジョンを引き出すと、壁面は一面のモニターへと変わる。そこには夜のビル街が映し出されていた。


「わ、すごいな……さすが近未来っていうだけのことはあるね……」


 きみたちが燐に補足されたのは、この監視モニターのせいだったのだろう。

 燐はカメラを操作しつつ、目を皿のようにしてモニターを注視している。きみもそれに習う。すると、画面上になにやら火花のようなものが瞬いた気がした。


「……今のって」

「わかんない。でも、なにかがいるのは間違いないと思う……っす」


 ふたりの見ている前だ。今度はひとつのビルに亀裂が入った。まるで積み木が崩れてゆくように、ひとつの高層ビルがバラバラに割かれて、崩れ落ちてゆく。もうもうと粉塵が舞い上がり、モニターが黒煙で覆い尽くされた。


「なにかが戦っているのか……?」

「そんな気がするね。いくつか“黄瞳”を切り替えてみても姿は確認できなさそ。バレてるのかなあ。考えにくいんだけどなあ」


 36分割された画面のどこを見ても、人影は映っていなかった。

 燐は監視映像をシャットダウンさせると、“時雨”を持ち出し、入り口に向かう。


「ちょっと偵察してくるね。“雷杭”は置いていくからさ。毅右たちはここで待っててよ」

「えっと」

「じゃあまた。また会えると思うし。多分」


 燐は告げると、きみが引き止める間もなく足早に部屋を出た。


 同い年の女の子をひとり戦わせることに、きみは罪悪感を覚えるだろうか。きみはなるべく考えないようにしていた。燐はアーティファクトの代わりであり、ただの道具だ。きみは自分自身に言い聞かせる。そのスタンスを貫き通さねばならない。


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