第四話 冒険者コンビ!
ぐっすり寝ることができ、今更興奮してきたのか朝日が出てすぐなのにバッチリ目が覚めてしまった。昨日のうちにクエストの内容を聞いておけばよかった。お金を持っていないので装備を整えたり道具を買ってきたりは出来ないものの、対策を立ててから挑むことができたろうに。まぁ気にしてもしょうがない、ところでギルドの業務って何時から何時なんだろう?お役所勤務みたいなら9時5時? と、考えたところでソフィも起きてきた。
「おはようソフィ、今日は早いね?」
「おはよぉー。カイが元気だからでしょ……子供だなぁ……」
目が覚めてからは顔を洗ったり、近場を散歩したりして時間を潰していたのだが、やはり部屋やラボの出入りは無音というわけにもいかず、起こしてしまったようだ。
「ご……ごめん。なんかやる気に満ちあふれちゃて」
「いいよ。今日のクエスト、私も付いて行くけどいいよね?」
これは願ってもない申し出だった。おそらく戦闘系のクエストではないと踏んでいたものの、何かを取って来いと言われたら正確にそれを取ってくる自信は全くない。さらに時間制限が設けられていたりすると迷子になった時に冒険者になれないで終わりなんて事もあるかもしれないと考えると、クエスト的に問題がなければ出発前にお願いしようと思っていたところだ。
「いいの?すごく助かる。ありがとう!」
「私も冒険者登録は一人じゃなかったしね」
「そうなんだ、わりとそういうもんなのかな?」
「結構多いんじゃないかな、そもそも依頼もクエストも達成条件を満たすことが目的で、一人でやらなきゃいけないとかそういう限定があることは滅多にない……と思うよ」
あまり気にしていなかったがソフィも発芽の階級を持った冒険者だった。いわば先輩だ。
「今日はよろしくお願いします先輩!」
そう頭を下げると口ではやめてと言いながらもまんざらでもなさそうに笑っていた。
ソフィに聞いた所、サフラノの冒険者登録のクエストは一人違わずサフラノ銀鉱石の採取がメインだという話だった。採取に必要な道具はギルドが貸し出してくれるらしい。朝食もすませ、気合十分だ。ギルドに着くとフランがいた。
「おはようございます。フランさん」
「あ、カイさん、ソフィも。おはようございます」
「おはようフラン、それじゃあカイ、受注してきて」
そう言われて俺はカウンターへ向かった。カウンターにはふくよかなおばさんがいた。この人もギルドの受付業務担当……だよな。サフラノのギルドの業務員はみんな同じデザインの制服を着用している。薄緑のジャケットに銀色の花の刺繍が入っていてなかなか爽やかだ。ついでに言うならフランさんはそのジャケットに銀のラインの入った深緑のスカートで、これがなんとも落ち着いた可愛さを醸し出している。デザイナーは今度ボクと握手しよう。
「おはようございます。依頼ですか?受注ですか?」
「おはようございます。冒険者認定のクエストを受注しに来ました」
「はい、分かりました。それではギルドカードをお預かりします」
「お願いします」
その後、簡単なクエスト説明を受けた。場所はサフラノ近郊の森の中にある洞窟で、サフラノの街の中を走っている川沿いに下っていけばそのまま洞窟に着くそうだ。採掘用の片鶴嘴とリュックくらいの袋を借りた。時間制限は特に無いそうだ。銀鉱石を握りこぶし3個分も取ってくれば完了だそうで、終わったらギルドに直接納品することで完了となる。思っていたよりも簡単そうで助かった。それに俺個人としてはこういった採掘は嫌いじゃない、いやむしろ好きだ。日本にいた頃は綺麗な水晶や宝石、鉄鉱石の類は金さえあればコレクションしたいと思っていたので、この世界で採掘をして自分個人で入手できる鉱石があるのなら掘って回りたいくらいだ。
「終わった?」
受注が完了し、ソフィ達のところへ戻るとガールズトークもキリの良いところのようだった。説明を受けている間時折聞こえる楽しそうな笑い声に意識が向いていたが、多分説明を聞き逃してはいないはず……多分。
「うん、道具も借りてきたよ」
「じゃ、行こっか。それじゃあ行ってくるね、フラン」
「うん、ソフィもカイさんも気をつけて。いってらっしゃい」
昨日と同じ笑顔で見送られてソフィと歩き出した。
ギルドは街のほぼ中央に位置しており、そこから西の方に少し行くと川が見えた、ひとまずはここを下っていけばいいのか。しばらく歩くと街の端っこの方で川の中に柵がたっており、境界線を作っていた。ぱっと見たところゴミなどが引っかかっていることもなく、川を街の人たちが綺麗に扱っているんだなと感じる。街の外は平原が広がっており、ところどころに小さな丘や、コブみたいに盛り上がっている所があって低いところではあまり見通しが良くないが、吹き抜ける風が今まで感じたことがないくらい爽やかだった。川沿いの道は森に向かってある程度整備されているようで、歩きやすさのせいか気分はほとんどピクニックだった。
「あ、ポヨがいる」
突然ソフィが何かを指さしながら言った。ぽよ?
「ポヨって何ぽよ?」
「ポヨってポヨぽよ?」
何を言ってるんだお前らはとツッコミが入らないのが若干寂しい。ポヨと呼ばれた生き物(?)は丘の上をポヨポヨと跳ねながらうろうろしている。スライム……ではないんだけど丸っこくてなんか可愛いかもしれない。
「ポヨは一応魔物かな。子供でも倒せるし、試しに戦ってきてみたら?」
「ははぁ、あの可愛いのが魔物ねぇ。いや、無益な殺生はごにょごにょ」
決して怖いとかそういうのではないが、やっぱり見た目そこそこ可愛い謎の生き物にいきなり襲い掛かるなんてケダモノにはなりたくない。害獣とかならまぁ……戦わないでもないけど。
「怖がってないでいっといでよ。経験って大事だよ?」
そう言いながら小石を拾って投げよったでこの子、ナイスコントロール……ああ、ポヨがこっち向いたな……
初めての戦闘はマスコット感のあるケモノと相場が決まってるよね。俺もその例に漏れないって訳か……意外とテンプレ展開って異世界だからこそテンプレなのかもしれないな……とか考えながらとりあえず素手でポヨの相手をすることにした。流石にこのぷりちーなケモノをいきなり鶴嘴で攻撃とかちょっとエグいです。
ポヨポヨという跳ねる音が聞こえてくるような跳ね具合だ。ペットに一匹欲しいような……と考えていると2mぐらいの距離だろうか、そこから思ったより早い速度で飛びかかってきた。それまでの跳ね具合からは想像出来ない速度で飛びかかってきたので、とっさに顔を両腕でガードすると綺麗に腹に体当たりがキマった。
「ぐふぉ」
勢いに押されて後ろに転がる。衝撃としては小さな子供がお相撲さんごっこで突っ込んでくるくらいだろうか、ポヨ自体が柔らかいので死んだりする事はないし、ダメージもほとんど無いが思ったよりドスっとくるあの感じだ。仰向けに倒れた俺の腹の上でポヨが飛び跳ねる。着地すると肺から空気が絞り出される、思ってたよりも攻撃的なマスコットだなコノヤロウ。流石にやられっぱなしというわけにはいかない、飛び上がった時に拳を繰り出して体の上から退場願う。ポヨは大きさとしては丸いクッション程度で、ジャンプ力はおそらく俺の胸辺りまで飛べるかなという所と見た。子供でも勝てるというからには耐久力は低いだろう……。殴ってどかしたポヨは少し転がってからまたこっちへとやってきた。二度目の攻撃はドッジボールの容量でかわす。へへん、これでもドッジボールでは必ず最後まで避け続けるから、友達がなるべく先に倒そうと色々画策するようになったほどの回避力がある! と自負している。(まぁ小学校の頃の話だが)それはともかく、回避は成功した。着地したポヨはまた少し転がってから方向を変え、こちらを向いて突進をしてくる。狙い目は回避してからこちらを振り向くまでだ。タイミングを読んで、躱す!今度も成功だ。このままポヨが飛んでいった方向に走りだし、振り返る前に大きく振りかぶった脚に全力を込めて蹴り飛ばした。
思い切り蹴飛ばしたポヨは結構な距離を飛んで草原に落ちた。よく見えなかったがポヨが落ちたところから薄い緑の煙のようなものが少しだけ上がった気がした。
「けっこう力強いんだねー。あんなに可愛いの蹴飛ばすなんてカイこわーい」
誰のせいだ誰の!そう抗議の意味を込めて振り返るとあさっての方向を向いて知らないふりをしていた。このおちゃめさんめ……今度仕返ししてやる。
「どうだった?魔物との初戦闘は」
「なんて言うか、殺される!とは思わないんだけども自分を狙って攻撃してくる生き物って前の世界ではいなかったから不思議な気分かな」
「へぇ、前も聞いたけどやっぱり平和なんだね。こっちでは魔物もいるし、野生の動物だって凶暴なのもいるから気をつけないとね」
「ん?魔物と動物って違うの?」
人間以外はみんなモンスターだと思っていたけど、何か明確な区別でもあるんだろうか?
「うん、違うよ。動物はオスとメスが子供を作って増えるんだけど、魔物はそういう増え方をしないんだ」
「分裂する……とか?」
「そういう種類もいるみたいだけどね。でも残念ハズレです、簡単に説明と詳しく説明どっちがいい?」
「ぜひ詳しくで!」
「おっけー。うんとね、私たちの世界には魔力があるの。魔力って言うのは何かっていうと、簡単に言うと生き物や物質が持ってるエネルギーのことなのね。で、そのエネルギーを消費して私たちは魔法とか魔術とかを使ってるってわけ」
「魔法と魔術も違うものなんだ」
「そ、それについてはまた今度教えてあげるね」
「ありがとう。よろしく先輩」
なんかソフィが先輩というか先生モードに入ってる気がする……なんだかんだ言ってノリだけじゃなくてそもそも世話焼きなタイプなのかもしれない。
「で、なんだっけ。そうそう魔力、魔力っていうのは生き物だけじゃなくて、私たちの生きてるこの世界のどこにでもあるの。水には水の魔力があるし、地面には地面の魔力が、草木には草木の魔力がある。そしてその魔力には流れがあるの、ここまではいい?」
「大丈夫」
「でね、魔力の流れのうち、地形の影響とか、何か不純なものとか、いろいろあるんだけども、そういうものの影響で流れないまま滞っちゃう魔力があるの、それが形になったのが魔物ってわけ」
「なるほどなるほど」
「もちろん魔力を固めただけでは生き物にはならないんだ。魔物になる要因がなんなのかはよくわかってないらしいんだけど、一般的には動物の死骸とか、強い思念とかそういうものにまとわりついて魔物なるんじゃないかって話だよ」
「勉強になります」
「更にいうと、その何かにまとわりつくのが何処の、何の魔力かにもよって生まれる魔物が違うみたいなんだよね。だから魔物だったら何処にでもいるわけじゃなくて、その土地特有の魔物が生息しているみたい。ポヨだけは何処にでもいるといえばいるんだけどね。以上!質問はありますか?」
「無いです!わかりやすい説明でした!」
「よろしい!それでは先に進みましょう!」
大体1時間もかからないくらいで森にさしかかり、森の入り口からは20分くらいで洞窟にたどり着いた。洞窟は川の流れがそのまま洞窟に流れ込んでいる。中はひんやりとしていて思ったより広かった。定期的にサフラノの人が管理しているらしく、等間隔で松明が設置されていた。本当に新人向けの親切な洞窟だこと……。中に入って少し進むと左に二つ、右に下り坂になっている分かれ道にたどり着いた。ソフィいわく何処へ言っても大丈夫らしい。俺はとりあえず左から攻めることにした、下り坂も気になるけどこのテの洞窟の一番奥は何かイベントが起こりそうなので、せめて装備を整えてから来たいと思ってしまったのだ。こんな初心者洞窟で何もイベントなんて起こりようがない気もするが。
左側のルートに入ると、一気に洞窟の幅が狭まった。それでも二人が並んで歩くには余裕がある程度の広さはある。こんな余裕のある洞窟なんて珍しく感じてしまう。このひんやりした空気、響く音、ときおり壁の隙間に光る何かの原石のようなもの、どれもときめいてしまう。そのまま少し進んだら若干開けたところに出た。そこには所々から銀色のとんがりが飛び出している、なんとも美しい光景だ……
「着いたね、これがサフラノ銀鉱石だよ」
「これが銀鉱石……綺麗だ。よーしパパガンガン掘っちゃうぞー!」
「誰がパパよ……」
ピッケルがうなる。銀鉱石の周囲の岩石はほどほどに固く、なかなかの重労働だったが、振れば振るほど手に入る銀鉱石に俺のテンションはうなぎのぼりだった。
結局ギルドから預かった袋にいっぱいになるまで銀鉱石を詰め込んでしまった。重すぎて持てない……。しょうがないので持てる量まで減らして持ち帰ることにした。
「頑張って掘ったのに……」
「しょうがないでしょ!持って帰れないんだから。だいたいカイ止めても止まらないんだもん」
「面目ねぇ、鉱石を手に入れると思うとテンション上がっちゃって……」
「好きなんだねぇ、鉱石」
「そりゃもう、機会があればいろんな炭鉱に掘りに出かけたいね!」
「ふぅん……」
つつがなく採取を完了し、洞窟を後にした。来た道を戻り、サフラノに着いた頃には昼を過ぎた頃だった。
「お腹すいた……」
そう腹の虫と一緒に空腹を訴えたのはもちろん俺だ。
「先にご飯にしようか」
ソフィの提案で大衆食堂のようなところに入る。今日のおすすめランチを二人分頼んだ
「俺金持ってないよ……」
「大丈夫よ、そのくらいあるわよ」
「いや、女の子に支払いさせるとか完全にヒモですし……」
「じゃあカイだけお水でいい?私が食べるまで待っててよね」
「う……すいません、お世話になります」
「よろしい。ここのご飯美味しいんだから楽しみにしてて」
そう言うソフィはどことなく楽しそうだ。しかしどうにかして収入を得ないとヤバイな。こっちの世界での常識はどうか知らないけれど、やっぱり全部誰かに出してもらって毎食食うというのは性に合わない。せめて割り勘にしたいところだ。
「はいおまたせ。今日のおすすめランチはラビットソテーだよ」
威勢のいい、という表現がピッタリ来るようなお姉さんが両手にプレートを乗せてやってきた。
「おや、ソフィ。こちらのお兄さんは彼氏かい?」
「ち、違うわよ。冒険者登録中のカイ、えーと」
「カイです。ソフィにはいろいろあってお世話になってます」
「そうかいそうかい、仲良くするんだよ。アタシはマリー、この店のシェフさ。カイ、ソフィをよろしくね。そんでウチも同じくらいご贔屓にしておくれ」
「もう!まだ子供扱いして!」
「ははは、ランチがすごくいい匂いでたまらないですな!」
「いいねぇ!たくさん食べていきなよ!じゃあまたね!」
そう言って厨房へ戻っていった。元気の良い人だ、見た感じ20台後半くらいだろうか?
「もー、マリーはいっつもああなんだから」
そう言いながらも怒っている雰囲気は感じない、仲がいいんだろうな。
「姉妹みたいだな、ソフィとマリーさん」
「長い付き合いだからね。さ、食べよう」
「頂きます」
ラビットソテーはジューシーでもうめちゃくちゃ美味かった。ここは絶対にまた来ようと心に誓ったのだった。
腹も膨れたところでギルドへ向かう、これでクエストは完了だ。やっと俺も冒険者の端くれとして登録される訳だ……。ひとまずこの世界での身分証明が出来るようになるということも大きい。袋を背負い直し、ギルドの扉をくぐった。
「あ、おかえりなさい」
フランさんが出迎えてくれた。
「ただいまフラン」
「二人共お疲れ様でした、怪我とかはないですか?」
「うん、大丈夫。ポヨと戦ったけど得には何もなかったよ」
いわゆる社交辞令的なものだとしてもこういう気遣いの言葉は身にしみるね。フランさんマジ天使。
「早速報告しちゃおうよ」
おお、そうだそうだ。俺はうなづいてカウンターへ向かった。ソフィとフランさんもついてくる。
「クエストを完了しました。確認をお願いします」
「はい、お疲れ様でした、ギルドカードをお願いします」
そう言われてギルドカードを出し、朝のおばさんに渡した。銀鉱石の袋はカウンターに乗せてある。
「では銀鉱石の確認をしてきますので、このままお待ちください」
「お願いします」
ついにかー。いやー楽しみだなー
「おまたせしました。次のクエストの説明に入りますね」
へ?次? これで終わらないのか……そういえば昨日フランさんも「いくつかのクエスト」って言ってた気がする……ま、まぁいいか。不合格ってわけでもないし
「次はカイさんが採取した銀鉱石を、待ちの加工場に依頼してサフラノ銀にしてもらってきて頂きます」
「なるほど、了解です」
「こちらが加工に使うサフラノ銀です。採取して来られた分が多めだったのですが、余剰分はこちらで買い取りますか?それともカイさんが引き取られますか?」
「買取でお願いします!」
そうだった、ギルドではマテリアの買取もしてるって言ってたじゃないか。銀鉱石も立派にマテリアだよな、加工素材なんだし
「ではこちらが銀鉱石の買取価格の670カラーです」
カラー、こっちの通貨はカラーなのか。1カラー日本円にしていくらなんだろう……金銭感覚も磨かないといけないな。
「ありがとうございます。では行ってきます」
そう言ってカウンターを後にした。
「次は工房だって。ソフィ、案内お願いしてもいいかな?」
「はいはい、んじゃあ早速いこうかー」
そうして二人でまた工房へ歩く、工房はそうギルドからそう遠くなく、4~5分も歩いたところにあった。
「こんにちはー、親方いますかー」
工房に入るなりそんな挨拶をするソフィ、工房は熱気が立ち込めていていろんな所から鉄を打つような音が聞こえてくる。いかにも、いかにもって感じだ。
「おっ、ソフィじゃん。久しぶり、何しに来たの?」
「げっ……」
ソフィの声に反応してカウンターに出てきたのは細身で金髪の青年だった。
「げっ……って何よ、相変わらずつれねぇなぁ。ん? 何アンタ、ソフィの彼氏?」
おいおいなんだよ不躾に、しかもすげぇ不機嫌そうに言われた。
「違うわよバカ。彼はカイ、冒険者登録クエストで案内が必要だから私が連れてきたの」
そう言うとチャラ男(仮)は笑顔になり
「なんだよ、それならいいよ。ニイちゃん新人ってことか、ウチはサフラノで一番の工房『剛烈』だ、そんで俺はフィン。よろしくな」
「俺はカイ、これから色々世話になると思う。こちらこそよろしく」
そう言うとフィンは握手を求めてきた。女絡みだと面倒臭いが、基本的には気のいいやつなのかもしれないな。
「なんだ客か? おお、ソフィじゃねぇか。なんだ、杖でも作りに来たか?」
「あ、親方」
次に奥から出てきたのが親方らしい、一言で言えばガチムチな感じの筋骨隆々系おっちゃんって感じだ。浅黒く焼けた肌と筋肉がマッチしすぎててちょっと怖い。
「ああ、親父。こっちのカイが冒険者に登録するんだとさ」
「おお、そうか。新人登録も久しぶりだな。俺はこの工房の長をやってる。ガイってもんだ、よろしくなボウズ」
どうやら親方とフィンは親子らしい、いつかフィンが後を着いだらこのチャラ男もガチムチになるんだろうか……
「お世話になります。よろしくお願いします」
早速銀鉱石の加工を依頼する。
「ちょっと待ってな、フィン、お前がやれ」
「しゃあねぇな」
そう言ってフィンは銀鉱石を持って奥に戻っていった。
銀鉱石の加工が終わるまで少し時間があくらしいので、親方に工房でできることについて聞くことにした。
「ウチの工房では、主に鉄や銀などの金属マテリアの加工を行なっている。加工にも段階があって、今日ボウズが持ってきたみたいな原石から、使える部分を抽出するのが1段階、抽出したものを加工して形を整えるのが2段階、複数のマテリアを組み合わせて別のものを作るのが3段階だな。マテリアを溶かし合わせたりして別のものにして使う場合もある」
合金とかもあるわけだ。そりゃ純銀の武器とかは長持ちもしないだろうな
「そんで、加工してつくり上げるものは主に武器や防具だが、依頼があれば生活用品だったり、細かい部品だったりも作っている。今回の加工は新人の餞ってことでタダにしといてやる。次からは適正なお代をいただくぜ」
「ありがとうございます!」
「ボウズは獲物、何を使うんだ?」
獲物……武器だろうか
「とりあえずは扱いやすいモノから手をつけていって、戦闘に慣れてきたらいろんな武器を試してみたいな、とは思ってます」
「なるほどな。器用貧乏にならないように精進するんだぞ」
「はい」
「ソフィは前の杖はどうだ、まだ現役か?」
ぼんやりしていたソフィが突然話を振られて驚いている
「あ、ああ。バッチリ現役ですよ!調子もいいですし、しばらくはあの杖使って行けます」
「そうか、そいつはいい」
そこからソフィと親方の世間話に移っていった。
それから程なくして、フィンが銀の輪を持って出てきた。
「おう、待たせたな。これでいいだろ親父」
「ああ、お前にしちゃ上出来だ」
そんなフィンにしては上出来の銀の輪を受け取って工房を後にした。着々とサフラノの中に知り合いが増えていくのが楽しくなってきた、皆人の良さが現れていて、なんとなく安心できる街だなぁと思う。
ギルドに着くとカウンターの隣のテーブルでギルドの人達が集まっていた。
「あ、おかえりなさいカイさん。ソフィ」
「ただいま、それじゃあカイ。報告の完了をあっちのテーブルでしてきて」
「テーブルで?カウンターじゃないのか?」
「いいからいいから」
そう背中を押されてテーブルに行く。フランに椅子を一つ勧められて座った。正面には老人が座っていた。
「キミが新人のカイ君かね」
「はい、私がカイです」
「ワシがこのギルドのマスターだ。気軽にマスターと呼んでくれ」
と言うことはフランのおじいちゃんに当たる人か、ギルドの人も勢ぞろいだ。
「さて、工房で作ってきた銀を預かろう」
そう言われ先ほどの銀の輪を受け取りに来たフランさんに手渡す。これでクエストは完了だ。
「うむ、確かに確認した。これにてギルド・サフラノの新人登録クエストを終了する。ギルドカードをフランに渡して、こっちへ来てくれ」
言われたとおりにカードをフランさんに渡し、マスターの横に移動した。
「左腕を出して」
左腕をマスターの前に差し出す。マスターは銀の輪を俺の腕に通し、ギルドの人から受け取った緑色の宝石をあてがって何かを唱えた。すると、銀の輪が光り出し、だんだんとその大きさを小さくしていき、俺の腕にぴったり合うほどの大きさになった時にその形を変えた。光が収まると、俺の腕には銀のブレスレットが装着されていた。ブレスレットの中央には3つのエメラルドグリーンの小さな宝石が収まっている。
「おめでとう、カイ君。キミの『発芽』の認定を完了した」
おお!このための銀採取のクエストだった訳だ。思ったよりも早く念願のブレスレットを手に入れたぞ!
「ありがとうございます!頑張ります!」
「気合十分じゃな。ゆっくりでいい、焦らずにサフラノの力になっていっておくれ」
マスターは優しくそう激励をしてくれた。それと同時にギルドの人たちに祝福の言葉ももらった。少々気恥ずかしいが、なんとも嬉しい。サフラノの人たちのためになるように依頼を頑張ってこなそう、そんな気分になった。
「それではワシからは以上だ。ギルドカードを忘れずに受け取ってから帰っておくれ」
そう言ってマスターはギルドの奥に戻っていった。そういえばギルドカードも預けているんだ。ギルドがまた元の業務体型に戻っていく。とりあえずはカウンターのフランの所へ行った。
「おめでとうございます。カイさん」
「ありがとうございます。ソフィのおかげでつつがなく完了出来ました」
「改めて、これからもよろしくおねがいしますね。カイさん」
「こちらこそ!」
「こちらがカイさんの正式なギルドカードです」
そう言って渡されたカードは、最初にもらった薄銀色のカードではなく、銀の下地に薄く緑をコーティングしたようなカードになっていた。カードの左上にはブレスレットにある宝石と同じマークがある。これが発芽のマークなのだろう。それにしても綺麗なカードだ。
「正式に登録されたことで、魔力によるコーティングが行われました。新しいカードになったことで出来るようになったことが幾つかありますので説明しますね」
「お願いします!」
「まず、ステータスの確認ができるようになりました。カードを指でこうなぞりながら、頭で『ステータス』とイメージ、もしくは唱えるだけで大丈夫です。やってみてください」
『ステータス』
名前:カイ 『発芽』
筋力48
体力40
知力72
精神68
魔力125/125
生命力152/180
おお、なんか出た。心なしか体力と知力が上がってる気がする。それに魔力と生命力の上限が表示されるようにもなってる。それにこの表示の仕方……なんかすごくRPGゲームのステータスウィンドウみたいだ
「表示されましたか?」
「はい、大丈夫です」
「このステータス表示は、基本的に『ステータス』を唱えた人が一番見やすい形で表示されるようになっています。なので人によって表示の形式は違うようですが、見る人によって数値が変わったりすることはないのでご安心下さい」
へぇ、だからこんなウィンドウなのか。これが標準だったら異世界じゃなくてゲームの中に入っちゃったのかと思うところだ。
「そしてこのカード、今は緑色ですが、これはサフラノ管轄区の魔力を感じ取ってこの色になっています。なので他の管轄区に移動すると、その場所の魔力に応じた色に変化します。階級の表示なども変化しますので、このカードがあれば何処のギルドでも活動ができます。まだ他のギルドでの活動はされていないので、階級表示などは移動した際に消えてしまいますが、またサフラノ管轄区に戻ってきたらちゃんと表示されますので、そちらもご安心ください」
「わかりました。便利ですね」
「おじい……マスターが仲間たちとこの方式のギルドカードを作り上げたんですよ」
「へぇ、すごい人なんだなぁ」
そう言うとフランは嬉しそうにはにかんだ。おじいちゃん大好きっ子のようだ。
「あとはこのカードには依頼の受注をした時に、依頼書の文面を読みこませることができます。読み込ませるのと、完了した際にカードからその文面を削除するのは私達ギルドの受付が行います。もし依頼の内容が思い出せなくなったりしたら、ギルドカードをさっきのようになぞりながら『依頼』と唱えれば見ることができます。依頼は現状最大で5件まで同時に受けることができます。これはランクがあがることで同時に受けることが出来る件数が上がっていきますので、覚えておくとよろしいでしょう」
「了解しました!」
「説明は以上です、なにか質問はありますか?」
「ギルド以外でこのカードを提示する必要がある場所ってありますか?」
「サフラノの中ではほぼないです。ただ、船に乗って移動する時や、他の国に出入りするときなどは身分の証明で提示を義務付けられているところもあります」
なるほど、完全に身分証明書だな
「もしこのカードをなくしてしまった場合どうなりますか?」
「再発行を行うことができますが、その際に必要な材料の銀や宝石などは自分で取ってきて頂くか、もしくはギルドから材料を買い取っていただくことになります。それに、ギルドでのクエスト受注履歴は個人につき15件までしかギルドでは管理していませんので、それ以前の受注はしていないこととして扱われてしまいます。カードには件数の制限なく受注履歴は保存されていきますので、無くすとギルドを移動した時にレベルの認定が正しく行えなくなることがあります。それに、サフラノのギルドではサフラノでの依頼しか履歴に残りませんので、他のギルドの受注履歴を15件分復元するにはそのギルドに足を運んでいただく必要があります」
うわぁ、めちゃくちゃ面倒くさいな……大切にして絶対無くさないようにしないと……
「わかりました。ありがとうございます」
「これでカイさんはサフラノの冒険者ですね!怪我とかのないよう、頑張ってください!」
「はい!」
全部の説明が終わり、ソフィの家に戻った時には日も暮れていた。まずすることといえば
「ソフィ!今までありがとう!」
そう言いながら今日手に入れたカラーを渡すことだった。
「え?何もう出ていくの?」
「そういう訳じゃないんだけど、ずっとご飯を食べさせてもらって、寝床も借りてたのに、代金も何も無くっていう状態がすごくこう……むず痒いというか歯痒いというか。嫌だったんだよね。」
「律儀だなぁ……別にお金が欲しくてカイを面倒見てたわけじゃないんだけど」
「それはそうかもしれないんだけど、これは俺のけじめだから。食い物だってタダじゃないんだから、逆にこうやってしっかりと代金を払うことで、なるべくソフィと対等な関係になりたいんだよね」
「そういう事なら受け取っておくね」
そう言ってソフィは袋から何枚かの硬貨を取り出した。この世界の通貨であるカラーは、ソフィに聞いた話を元に考えると1カラー10~20円程度だろう。ソフィに渡した文を差し引いて手持ちが550カラー。これである程度の生活用品を揃えなくては。明日は買い物だな。
「ところで、カイは冒険者になったわけだけどさ」
「うん、なったね」
「その……私と一緒に依頼を受けない?」
「え、いいの?」
「うん、というかホラ、今日もポヨに転がされてたし、まだまだ色々心配っていうか」
「あはは……そうだね。ソフィが一緒なら心強いな。こちらからお願いしたいくらいだよ、よろしく!ソフィ」
「うん、よろしく!カイ」
そして二人は握手を交わした。冒険者コンビの結成だ。結成祝いに昼に行った食堂『ベル』に二人で行き、マリーさんにコンビ結成の報告をした。昼より多めの夕食は今まで食べた中でも最高に美味しい食事だった。
想定してたよりもはるかに多くの説明回になってしまった……