第三十三話 水の迷宮−中層−
注意:戦闘描写があるのでどうしても避けられないR-15表現的な物があります。
降りてきた第二層には、第一層とはまた違った光景が広がっていた。紅に染まる海、夕焼けの色にきらめく水に囲まれた広い空間で、ところどころに天井と地面を繋ぐように水の柱が立っている。どこからか差し込む光は反射を繰り返し、暗いところは殆ど無い、地面は相変わらず岩でできているが、一層とくらべて緑の割合は少ない。
「ここも綺麗だなぁ……」
「すごいね……」
「私は上の方が好きかも、ちょっとこの赤みが怖い……」
ソフィとフランはそう言いつつも圧倒的な光景に心を奪われたような表情をしている。気持ちはわかる、こんな光景普通の生活をしてたら見ることは出来ない。これを見れただけでも旅に出た甲斐があったと言えるくらいだ。ロイエンがしみじみと同意しつつ
「ココは俺達が突破してきた中でも相当綺麗な迷宮だなァ」
と言った。
「やっぱりそうなんだ」
「やっぱり?」
「これよりきれいな場所だらけだなんて言われたら世界中巡らなきゃいけなくなる」
「ハハッ、そう思うのもしょうがねェ。どうだ?この機にお前らもトレジャーハンターになっちまえよ」
「魅力的な話だけどまずは旅の目的を果たしたらかな」
「なんだよ連れねェなァ」
そうはいいつつ不満そうではない、まぁ言ってみる程度なんだろう。
「さ、行こう」
ニエリが歩き出すのに付いて探索を開始した。
第二層を進むと入り口では見えなかった水の壁や、水のブロックがそこら中に配置してあった。どちらも単純に水であるみたいで、コップを突っ込んでみるとコップ一杯に水が入ったまま引きぬくことが出来た。抜いた水はどこからか補充したのか、減ったのが見えないのかは分からないが、再び綺麗なブロック上に戻った。
「どうなってんだろうなぁ……」
「これを外で再現できたらどこでもお風呂に入れそうだね」
そんなことをフランが言うので想像してみたが……いい……すごくいい!おいおい嬢ちゃん、アンタまるで人魚だよ!びゅーてぃほぅ!草木に隠された広場に佇む水の塊の中で泳ぐ少女たち……すこし恥ずかしそうにしながらもおいでよとこちらを手招きしながら……
「おーいカイー、何ぼーっとしてんの?」
気づけばルカが目の前で手を降っていた。
「あ、ああごめんちょっと想像力が暴走を」
「?……大丈夫?」
体は大丈夫だけど頭は大丈夫じゃないかもしれない。などということは出来ず、大丈夫大丈夫と繰り返しながら探索へと戻った。うーん、妄想は置いといてもこの水のブロックはいろんなことに使えそうだなぁ……再現出来るように練習してみようかな。
穴作って水のブロックを置けばプールにもなる、避暑には便利だし、砂漠も旅できちゃいそうだ。
「ん……?」
ニエリが耳を小さく動かしながら突然斜め上の方向を向いた。
「どうした?」
「……何かいる」
そう言いながら武器を出して警戒をするニエリ、それを見たロイエンも斧を取り出している。
「やっぱり雑魚もうろちょろしてるか、まァそうでねェとつまんねェよな!」
戦闘なんて無い方がいいに決まってるだろ……と少し呆れつつも、来るものはしょうが無いなと少し覚悟をしながら狼剣を取り出した。
「一応避けられる戦闘は避けよう」
そう提案するとロイエン以外は頷いて早足めに移動を始めた。ロイエンだけは不満そうだったが文句は言わずに同行する。どうせそのうち戦闘になるだろうと考えてもいそうだ、なんとなくだけど。警戒はしつつ進むと、分厚い水の壁で分けられた空間を見つけた。手を入れると入ったので、頑張ればそのまま通りぬけ出来そうな気がしないでも無いが……あんまり褒められた手段でもなさそうに見える。
とりあえず何かある、と見当をつけて壁に沿って入り口を探すと、ぽっかりと穴が空いている箇所があり、特に問題なく侵入することが出来た、が、先に入ったロイエンが何かを踏んだ時に鳴った音が妙に大きく、耳に響いたのが全員に嫌な予感をもたらした。
「あー、悪ィ」
そう謝るロイエンの耳はすこし伏せられていた、わかりやすくてちょっとかわいいと思ってしまった。
「……何かくる。」
そう言い、ニエリが遠くを指さした先には、まるで渡り鳥のように綺麗なV字のフォーメーションで泳いでくる何かが、確実にこちらへと向かって泳いで来ていた。
「いきなり襲い掛かってくる可能性もある、注意しろよ」
そう言いながら斧を構えなおす、心なしか嬉しそうなのはもう突っ込むまい。全員の用意ができてから程なくしてその何か達はこの空間へとたどり着いた。
天井から大きい水音と共に落下し、着地を決めてゆらりと立ち上がったのはいわゆるマーマンと呼ばれるような全身鱗の魚人だった、その手には三叉の槍が握られていて、その瞳はこちらを射殺さんばかりに見開かれていた。
「なるべく壁からは離れたほうがよさそうだな」
「……そうだね」
「来るぞォ!」
どう戦うかを考える暇もなく、先頭にいたマーマンが奇声を上げると7体のマーマンは槍を構えて突撃してきた。
突然襲い掛かられて若干面食らったものの、相手が魔物面した魔物であるため、戦う意識はすんなりと受け入れられていた。いつでも撃てるように魔力をイメージと練り合わせる直前の状態まで用意しておく。
「カイ、作戦は?」
「なるべく1対1で戦おう、敵は必ず正面に見て、挟まれないように気をつけるんだ!」
「了解!」
「あとは、命だいじに!」
「うん!」
それぞれがバラバラに分かれて走りだす、それに応じてマーマンもそれぞれを追いかけて別れる、リーダー各の奴は指示を出した場所から動いていないため、図らずも1対1は保てている。こちらに向けられた殺意に対抗しようと考えると、回りまで気を配ることができるかわからない。なるべくなら早めにカタをつけたい。
「ギャゥ!」
叫びながら槍を突出してくる、その速度は思ったより早く、躱すのがギリギリになってしまう。
「あっッぶね!」
少し屈んで突出された槍を躱し、狼剣を振り上げて槍を弾き、後ろに引いて距離をとる、弾かれた槍はすぐさま振り下ろされ、空振った後もしつこく突き出され俺を狙い続けた。突出しは運良く狼剣で防ぎ、さらに距離をとるとやっと攻撃にひとつの休みができる。その隙をついて魔力の使い道を決定し練りあげる。ついでに狼剣に魔力を流し、風の刃を撃てる準備も整えた。後手に回るとリーチの違いの分対応が遅れる。さっきのギリギリの回避だっていつまで続くかわからないことを考えると先手必勝だ。
「喰らえ!」
マーマンの後ろに仲間がいないことを確認しつつ風の刃を横薙ぎに飛ばす、マーマンは当然のように飛び越え、その勢いのまま飛びかかってくる。それを確認しつつさらに後ろに下がり、使い慣れた魔法を発動する。攻撃を躱されたマーマンが着地するその瞬間に地面に穴を開ける、そこに胸まで落ちたマーマンは驚いた声を上げる、地面に叩きつけられた槍の柄を踏みつけ、悪いな。とかすれた声で謝りつつ、その首を落とした。マーマンの体は小さく痙攣し、落ちた頭からは魔力の煙が上がる。首からは緑色の血がどくどくと溢れだしているのを直視してしまい、頭を殴られたような衝撃と、同時に吐き気が襲いかかってきた。
「ッシャオラァ!」
顔をあげるとロイエンが振り上げた斧でマーマンの腰から胸にかけて真っ二つにするのが見え、断末魔を追うと炎に包まれて地面を転がるマーマンが見え、その向こうの宙を舞うマーマンも見えた。宙を舞ったマーマンは地面を転がり、立ち上がったところに飛来した矢がその頭を綺麗に射抜いた。よく見れば頭に矢が二本ほど刺さったマーマンが崩れ落ちているし、ニエリの方には腕を切り落とされて槍を失ったマーマンが撤退を始めていた、それも飛来した矢によって地に伏した訳だが。
各個の力量を見誤ったマーマンのリーダーは、それぞれ20秒も保たず全滅させられた部下を見るとすぐさま魔力を練りだしていた、一人で逃げる選択肢は無いようだ。練り上げられた魔力はリーダーを包み、激しく奇声を上げるとその全身が鋭い氷の鎧で覆われた。
「あんなことも出来んのか……」
水分が凍っていく音を立てながら、全身を氷で覆ったリーダーは氷の騎士のような見た目となり、その氷は槍の先も凶悪なものへと変えていた。
槍を構えたリーダーはその鎧から除く瞳だけで殺意を感じる程に怒り狂っているのがわかる。
「ふっ!」
ルカが容赦なく矢を放つ、しかしリーダーが左腕を振るうと顔を狙った矢があっさりと弾かれてしまう、矢は相当な速度で襲いかかったというのに、難なく対応するだけの実力があることを思い知らされた。
「おーおー、やるじゃねェか……そうでなくちゃよォ!」
あれを見てもそう言えるロイエンは流石だと思える。あの氷の鎧の強度がわからない以上、下手に斬りかかって弾かれでもしたら次の瞬間には串刺しなんじゃないのか……そう思うとはじめの一歩も踏み出せない。
ロイエンが突如駆け出し、リーダーへと襲いかかる。圧倒的な重量をもって振り下ろされた斧は、あっさりと槍に受け止められた。
「おいおいおい、マジかよッ!」
一発、二発と剣戟を行う度に、火花の代わりに削れた氷の粒が舞う、今この場面でなければそれも美しい光景だったんだろう。数戟のやりとりの後、どちらともなく距離を取る。
「コイツ、強ェ!嬢ちゃん達はあんまり近づくなよ!」
ロイエンが叫ぶ、ここまでの攻撃を捌く技量は俺達には無い、特にフランなんかリーチを考えても不利なんてもんじゃない。
「魔法と弓で援護する!フランは周囲の警戒をしながらなにか気づいたら教えてくれ!」
指示を出すと肯定の声が帰ってくる、続いてロイエンとニエリに声をかける。
「俺達はサポートに回る!巻き込まないようにするから距離を開けるときは広めにしてくれ!」
「おうッ!」
「行くぞ!」
言いながら練った魔力でリーダーの足元を崩す、と瞬時にそれに気づいたのか一歩飛び退き穴を回避した、魔法を感知することも出来るのか、あまり穴はアテに出来なさそうだ。飛び退いた後間髪入れずに穴を飛び越え、鎧の重さなど無いに等しいと感じさせる速度でロイエンへと迫った。
「はァッ!」
振り下ろされた槍を打ち上げで止め、突き出された槍を身を捩り回避する、その回転にまかせて斧を横薙ぎにするが、それに合わせて打ち出された拳で止められた。
「ギェイ!」
予め決められていたかと思うほど無駄のない動きでロイエンに蹴りを入れる。ガードも出来ずに直撃し、ロイエンはふっとばされた。距離が開いたのを見逃さず魔法を放つ。
「『紅蓮の炎』」
ソフィが放った炎は一直線にリーダーへと向かっていく、それに気づき飛び退るがまるで目でも付いているかのように逃げるリーダーを追いかけて炎は走る、苛立ちを含んだような声を上げて氷の槍を叩きつけると炎はかき消されてしまった。
「効かないっ!」
ソフィが悔しげに再び魔力を練りだすのを見てリーダーがソフィへと駈け出した。
「ヤバい!」
こんな時に大火力の魔法は使い道に困る。仲間に近づかれたらうかつに炎槍なんて撃てやしない。急遽練っていた魔力を止めて他の用途をイメージする。アイツに近づかれたら困る、アイツの攻撃が届くと困る、何だ?防御すればいいのか?防御なら何を使う?イメージが固まらない、何かヒントはないか、そう思って記憶を辿る。そうしている間にもどんどん距離を詰められていく。
「『フローティング・ドレス』」
ソフィの魔力が体を覆ったのが見えた、魔法の効果で動きやすくし、攻撃に備えるつもりのようだが、それだけでは心もとないのが分かっているのか、すぐさまリーダーから離れるように駈け出した。
「ソフィ!こっちだ!俺の後ろに!」
そう叫ぶとソフィは一瞬頷いてこちらへと駈け出した、リーダーも追って進路をこちらへと変える。その間もルカの矢はリーダーへと襲いかかってはいるのだが、氷の鎧に阻まれ、叩き落とされ、殆ど効果が無いに等しい。
「カイ!」
ソフィが背に隠れる、隠れつつも魔力を練っているのが視界に端に映った。
「ソフィ!何か防御魔法ないか!」
「岩の盾でいい!?」
一秒が長く感じるほどにリーダーの接近を恐ろしく感じていた、自然と言葉が大きく早口になる。
「サンキュー!」
「えっ、う、うん」
使って欲しいんだと思ったんだろう、ソフィが戸惑ってしまったが今は説明している暇はない。イメージが固まっていく。
「岩の盾借りるぞッ!」
そう叫んで魔力を地面に叩きつける。もう10mほどまで迫ってきていたリーダーの目前に突然大岩の壁が生えた。
「グルァゥ!」
氷の槍と大岩がぶつかる甲高い音が鳴り響く、砕いて通ろうとしたんだろう。チャンスだ
「捉えた!」
もう一度魔力を叩きつけることで、前方の壁に次いで左右後方を囲うように岩が立ち上る。四方をがっちりと固め、これで駆け寄られることは無くなった。
「ソフィ!アイツにフローティングドレスかけられる?」
「え、うん。多分大丈夫」
「今すぐ頼む!」
「えっ、えっ。わ、わかった!」
突然の指示に戸惑いながらもソフィはフローティングドレスを岩壁の中へとかける。
「でもアイツが飛んで出てきちゃうよ!?」
それに返事をする余裕が無い、早く、早く魔力を練り上げないと間に合わない。
「キェァグルゥァァ!!!!」
苛立った奇声を上げて岩を飛び越すようにリーダーは高く高くジャンプした、が想像よりも遥かに高く飛んでしまったんだろう、空中でバランスを崩している。ソフィに離れるように言って魔力を開放した。
「くらえッ!『炎槍!!』」
空中なら回避行動も取れないはず、という目論見は見事に的中した。魔力を練る時間が短かったので亀に撃った時ほどではないものの、それでも7本の炎の槍がリーダーを次々と射抜いていく。花火と呼ぶにはただの炎すぎる感じもしないでもないが、次々と炸裂する炎が広がり、消えてゆく様は宙に咲いた華と呼ぶには十分だった。
炎槍を受けて地面に落ちたリーダーがよろよろと立ち上がると、流石の氷の鎧もそのほとんどが溶け落ち、所々は防具としての意味を成さない姿になっていた。それでも本体へと十分なダメージを与えてはいない。
「クソッ、どんだけだよ!」
再び魔力を練ろうと意識を逸らした瞬間、リーダーはその手に持った槍を大きく振りかぶった。
「危ない!」
そうニエリが叫んだが、気づくのが一瞬遅れた。大きく回避行動を取るのは難しい。と思ったのと同時に後ろからソフィに押し倒された。
「イヤァァァッ!」
振りかぶった槍を放つ間もなく、背後からフランが接近し、短刀に込めた魔力の衝撃を叩きつけた。完全に意識をこちら側へと向けていたリーダーは地面へと叩きつけられ、残っていた僅かな氷の鎧を砕け散らせながらバウンドして転がっていった。それでも立ち上がったリーダーを待っていたのは、ルカによる矢の一撃だった。防御をすることも出来ず、その胸に一本、続いて肩に、そして頭へと突き刺さった矢は、強敵だったマーマンのリーダーの命を奪い去った。
地に伏したリーダーの口から魔力の煙が上がり、辺りを見渡して他の敵の存在がいないことを確認すると。ようやく勝ったんだという実感が湧いてきた。緊張していた体に思い出したかのように疲れがどっと押し寄せ、膝立ちの状態から腰を下ろすとしばらくは立ち上がれなさそうだと思った。
「か……勝ったぁ……」
ソフィが胸を撫で下ろす、フランとルカもこちらへと歩いてきた。ロイエンは蹴られたところを抑えてはいるが命に別状はなさそうだ。
「ガチの戦闘ってこんなに厳しいのか……」
「お疲れ様」
ルカが声をかけてくる。
「ルカがとどめ刺してくれて助かったよ」
「ううん、フランが鎧を砕いてくれたから」
「もちろん、フランもありがとう」
「ううん、カイが鎧を溶かしてくれなかったら何も出来なかったよ」
「いや、俺だってソフィが手伝ってくれなきゃ魔法を当てるのは難しかったよ」
「お前ら本当に仲いいなオイ……」
ニエリとロイエンがやってくる。
「チームで戦ってるんだからお互い仕事した結果がこれなんだろ」
「いいチーム」
ロイエンとニエリが褒めてくれる。そう言われ、お互い顔を見合わせて俺達は少し笑った。ちょっと照れくさいが、それぞれの力を合わせて戦うことが出来た、ということが嬉しかった。
「しっかし強ェなァ……こんなんで次の階層は大丈夫なのか不安になるな」
ロイエンが珍しく弱気な発言をする。
「意外だな、強い相手にワクワクでもしてるのかと思った」
「そりゃしたけどよ、戦いを楽しむ時に他人の命を晒すわけにはいかねェよ」
意外と常識のある発言に面食らってしまった。
「とりあえず休憩だな。幸いここは見通しもいい、何か近づいてきたらすぐに分かる」
全員同意だ、とにかく回復しないことには次には進めない、さっきの奴がボスで、このダンジョンのクリアならいいんだけどな。
探索は続く。




