第三話 冒険者登録
さて、散歩という名の町探検の始まりだ。
まずはこの街で一番大きい通りに出てみよう。ソフィの家はメインストリートから外れた路地の再奥にあった。この路地の入口を覚えておけばひとまず帰ることは出来るだろう。昨晩ソフィから聞いた話では、この街は『花の都サフラノ』人口7000人ほどが暮らしており、主に丘や森、川で採れる作物で生活をしている。冒険者達が移動する際の中継地点になりやすい位置にあるため、交易や休憩で立ち寄る人も多く、わりと栄えている上に過ごしやすい街なんだそうだ。サフラノというのはこの一帯に生息している花で、銀色の花を咲かせる美しい花なんだそうだ。サフラノの花畑は是非とも見に行ってみたいな。
2〜3分ほど歩いたところで開けた通りに出た。大きい通りには人通りが多く、いかにもファンタジーと言わんばかりに髪の色や服装が色とりどりだ。明らかに剣などの武器を持って歩いている人もいるし。顔が虎っぽい人もいるし尻尾のある人もいる。やっぱり異世界に来てしまったんだなと実感が湧いてくる。元の世界に戻れるのか、どうやって戻るのかも気にはなるが、この先どうやって生きていくかのほうが大切だ。思い出せないが親や兄弟、友達に生きていることだけでも伝えられれば、この世界で生涯を終えるのも悪くないとすら考えている……。
そうして田舎者よろしくキョロキョロと周りを見ながら歩いていると、ギルドと思わしき看板のある大きい建物を発見した。
「ギルド……ってあのギルドだよな。多分。」
もしかしてここでクエストを受注して生計を立てたりできるのではなかろうか?明らかに屈強な人間が出入りしているところに一人で入って大丈夫かと、多少の不安を抱えながらもまずは入って見ることにした。
ギルドの中は丸テーブルや椅子がたくさんあり、入口正面の奥にカウンターがあった。冒険者と思わしき人たちと受付のお姉さんが会話しているのが見える。モンスターをハンティングするゲームみたいだ……と考えながら奥に進もうとした。
「うぉ、あぶねぇな兄ちゃん」
とてもガタイのいいおじさんとぶつかりそうになってしまった。
「す、すいません!」
考え事をしながら歩き出すといつもこうだ、わかっているのに直らないのはもはや癖としか言いようがない。
「気をつけてくれよ。ん? 兄ちゃん見ねぇ顔だな。依頼でもしに来たか?」
「あ、いえ。依頼ではなく……なんでしょうね? 話を聞きにきました」
「話?話って何の?」
「ええと、俺にも出来る仕事ないかなって思って」
「ああ、そういうことか。今ならビスの実の採取とかあるんじゃないか? カウンターは見ての通りあそこだぞ」
ビスの実……カウンター……に行けば受注出来るのかな?
「どうしたんだ?」
「あ、いえ。初めてなので戸惑っちゃって」
「なんだ兄ちゃん初めてか。それなら最初に言ってくれよ」
おじさんは破顔し、俺に手を差し出しながらこう言った。
「俺がこのギルドのサブマスター。デニスだ。ようこそギルド・サフラノへ」
サブマスターだったのか。俺もよくよく主要人物っぽい人にぶつかってくもんだな。
「ありがとうございます。これからお世話になります」
「随分礼儀正しいな、さて、もしかしなくても何もわからないのか」
「そうですね。正直右も左もという感じです」
「よし、ちょうどいいな。 おーい、フラン!フラン!」
そう言ってデニスさんはカウンターから誰かを呼び寄せた。カウンターの奥から返事とともに小柄な女の子がやってきた。
「紹介しよう、このギルドの受付を担当しているフランだ。俺の可愛い娘でもある」
そう紹介された女の子は(コイツまたか……)と言わんばかりの顔でデニスさんを見た後、ハッとしてこちらを向いた。
「ようこそ、ギルド・サフラノへ。私は受付をしておりますフランです。以後お見知りおきを」
そう言って頭を下げた。俺もつられて頭がさがる。
「右も左もわからない新米ですが、これからお世話になります」
頭をあげると、フランさんはなぜかホッとした表情でこちらを見ていた。
「さて、フランはつい最近受付の仕事を始めたばかりでな。ギルドの登録作業や新米への説明は経験が少ない、そこでせっかくだから兄ちゃん相手に練習も兼ねて説明を頼もうと思ってな」
そういうことか、俺は実験台か?とも一瞬思ったが、登録作業や説明は新米以外は受けないだろう。むしろ俺で務まるなら喜んで新米役を務めさせていただこう。実際新米どころかこの世界の事を何も知らないのだからうかつなことを質問しないかの方がよっぽど心配なのだが。
「えっと、そういうことらしいので、いろいろ教えて下さい。フランさん」
「はいっ。なんでも聞いてください!」
元気よく答えられてしまった。すごくいい笑顔ですごく好感が持てるのだが現状一番困る一言だな……。どうしよう、とりあえず冒険者登録について聞けばいいか。
「じゃあギルドと冒険者登録についてもろもろ教えていただけますか?」
「はいっ。まずはギルドで行なっている業務から説明しますね、こちらへどうぞ」
そう言ってフランさんはカウンターの方へ歩いて行った。
「じゃあ兄ちゃん、俺は仕事があるから後はフランに聞いてくれ。バンバン活躍してギルドの主力になってくれるのを期待してるぜ」
「はい、ありがとうございます」
「それと、フランが可愛すぎるのは事実だが手を出すんじゃないぞ!」
親バカ全開なサブマスターは最後にそう言い残すと出ていった。振り返るとフランさんはやっぱりジト目でデニスさんを見送っていた。素敵なジト目だったので記憶に保存してしまったのは秘密だ。
さて、気を取り直してギルドについての説明を受けよう。
「まずギルドで行なっている業務ですが、主要なもので言えば依頼の受注管理と報酬などの支払い代行。冒険者向けの道具の販売や、素材の買取。後は新人の冒険者登録ですね」
うん、いかにもギルドの業務って感じだ。
「マテリア?」
「マテリアとは魔物の討伐や世界の至る所から採れる鉱石や薬草など、加工によって道具になるものや貴重なもの全般を指してそう呼ばれています。」
ああ、やっぱりいるんだ……魔物。うっかり襲われて死亡ENDって事だけは避けたいもんだね。
「わかりました。次は冒険者登録について聞いてもいいですか?」
「はい、冒険者登録については少し長くなりますがよろしいですか?」
「お願いします!」
「では説明しますね。冒険者登録は全国各地にあるギルドのどこでも行うことができます。ここはサフラノのギルドですね。登録を行うと、冒険者一人につき1枚のギルドカードが発行されます」
頷きながら話を聞く、元の世界ではそれなりにRPGなどのゲームも好きだったので、話がわかりやすいのは楽でいい。
「ギルドカードにはランク、階級、レベルと冒険者の強さの度合いが記録されていきます。それぞれの説明に入りますね」
「ランクは登録時点ではFで、そこから順番にE、D、C、B、A、AAと7段階で昇格していきます。このランクは全ギルドで共通の認識として扱われましゅ。ランクは高何度の依頼や、国やギルドなどからの直接の依頼を達成することで昇格が認定されることがあります。」
途中噛んだな……。緊張してるんだろうな。思わずニヤけてしまったが聞かなかったことにしてあげよう。
「他のギルドに行ったときはランクを名乗ればある程度の把握がしやすいと言うわけですね」
「その通りです。ランクについて質問はありますか?」
「大丈夫です」
「では次に階級です。階級はギルドごとに区別されており、ギルドの管轄内における貢献の度合いで認定されます。これが認定されることで、ギルドの管轄での発言力や、ギルドに協力している店での割引など、いわば活動のしやすさに関係してきます。いかに認められているかの度合いと言ってもいいでしょう」
「なるほど」
「階級について質問はありますか?」
「サフラノの階級にはどんなものが?」
「サフラノでは5つの段階に分けて昇格制にしています。登録時点では『発芽』。そこから昇格すると順に『緑葉』『深緑』『銀花』『大輪』と上がっていきます。現状サフラノ管轄内では『大輪』が最高の階級になります。」
さすが花の都、階級もそれに則って付けられるんだな。結構カッコイイじゃないか。
「階級が認められるとギルドカードにシンボルが表示されますし、ギルドの発行でアクセサリーが配布されます。サフラノでは階級に応じたブレスレットを配布しています。私がつけているのが緑葉のブレスレットになります」
そう言ってフランさんは左腕を差し出してきた。銀でできたツタのようなブレスレットにエメラルドのような宝石で緑の葉が付けられている。これは心がときめくぞ……!
「うおお、カッコイイ。すごく綺麗なデザインですね」
「でしょう!私も気に入ってます。本当はもっと上の階級に上がりたいんですけど、あまり簡単な話でもないので……」
一瞬一気にテンションが上がったな。アクセサリーとか好きなんだろうか。覚えておこう。
「また、このブレスレットには階級に応じて強力になるサフラノ地区の加護が付いています。」
「加護?」
「はい、一般に花の加護と呼ばれるもので、癒しの力と自然の力が宿っています」
「へぇ……これはどうしたらもらえるんでしょうか?」
「サフラノではFからEにランクが上がった時に昇進祝いも兼ねて発芽の認定を行なっています。がんばってくださいね!」
「はい!」
大分ブレスレットの話で盛り上がったところで冒険者の話に戻ることにした。確かに結構長い話になるな。
「冒険者のレベルの話に移りますね。レベルとは冒険者の強さの判定と、依頼の達成履歴によって算出されるもので、このレベルが足りないと危険度の高い依頼は受けることができません」
「なるほど、いのちだいじにってやつですね。レベルが高くなったら低レベルの依頼が受けられなくなることはありますか?」
「はい、命は大事ですよね。なんでもガンガンいけばいいってものでもありませんから……高レベルになった方が低レベルの依頼を受けることはめったに無いのですが、受けることは可能です。冒険者になりたての方向けのクエストもあるのですが、それには緊急性が皆無なので、一般の冒険者に依頼として開示されることはありません」
小ネタが通じたのかと思ってびっくりしたが偶然……だよな、偶然だろう。多分
「クエスト?依頼とは違うものですか?」
「クエストは基本的に依頼主が国やギルドで、依頼は市民や貴族などの個人からされるものになります。受ける側としては指定の達成条件を満たしていただければそれに応じた報酬が出る、という面では一緒なのであまり気にされることもないかと思います。」
「なるほど、レベルは他のギルドでも共通ですか?」
「レベルは各地のギルドで活動を開始するときにステータスとランクをもとに算出された値からのスタートになります。このレベル自体が強さの指標と言うわけではないので、地区を移動した時に弱くなったりすることはありませんし、上下するとしても受注条件に関わるほどの差は出ません」
「ランクとレベルで結構細かく分類されるんですね」
「長年続いてきた依頼とクエストの積み重ねによる指標ですからね。より細かくなることで大雑把な分類だった頃とは比べて格段に事故が起こることは減ったようです」
「事故?」
「例えばランクしかなかった頃は、Bランクになりたて冒険者がのBランクのベテラン相当の魔物討伐の依頼を受けて大怪我を追って帰って来たり、そのまま帰らぬ人となることも多々ありました」
「ああ、なるほど。確かにそういう意味で細かい区分は大切ですね」
「早く高難度の依頼を受けたい冒険者の方に文句を言われることも多いのですが、死んでしまっては元も子もないですから……」
失敗経験が薄かったり自信にあふれたりするとそうなるんだろうな……
「以上が冒険者の説明になります。わからないところはありましたか?」
「大丈夫です、フランさんの説明はわかりやすくて助かりました。それに説明経験があんまりないと言う割にはメモを見たりもしないですらすらと説明できてたように思いました。すごいですね!」
そう心から褒めるとフランさんは ふにゃっと破顔して嬉しそうにしていた。かわいい
ひと通りの説明を聞き終えたところで日が傾いてきたので、今日は冒険者の登録をしてソフィの家に戻ることにした。流石に掃除も終わって怒りも収まっているところだろうし。
「この流れで冒険者登録をしていきたいんですが」
「はい。わかりました。それではこの登録証に必要事項を書き込んでください。」
……やばい。そういえば俺本名が思い出せないんだっけ。自分でつけた偽名でも大丈夫なんだろうか?
「あ、あの。ここだけの話なんですけど」
「はい?」
「俺、実は記憶がほとんど無くて、自分の正確な名前がわからないんですよね。偽名……というか自分でつけた名前とかでも大丈夫ですか?」
「そうなんですか……大変でしょうに……。名前は偽名でも大丈夫です。身分を隠されて冒険者登録する方や、元犯罪者なども名前を変えて冒険者登録することも前例としては多々ありますから」
あんまり可哀想に思われるのは居心地が悪くなるから言いたくなかったがしょうがない。とりあえず登録に差支えがないのは助かった。記入を……ハッ
「そういえば俺。文字も書けないんだった……」
「そうなんですか?よろしければ私が代筆しますよ。なんて名前で登録されますか?」
ありがたい……今度何かお礼をしなきゃいけない気分になってきたぞ。
「名前は、カイ。 カイでお願いします」
自分の名前を思い出そうとした時に、唯一脳内に浮かんできたイメージが海だったため。カイと名乗る事に決めたのだった。
自分の名前とは違うという意識があるが、そのうち慣れるだろう。ハンドルネームみたいなものだ。
「カイ……さんですね。次にレベルの元になるステータスの測定を行います。このプレートに両手をおいて、両手の先に意識を集中させて下さい」
言われたとおりに意識を集中していくと、指先からじんわりと暖かさが伝わってくるのと同時に血液がプレートにも循環するような不思議な感覚が伝わってきた。これも魔法なんだろうな……
「はい。終了しました。えーと……これがカイさんのステータスになります」
そう言って見せられたプレートには文字が羅列されている。なんとなくわかるところでは筋力48 体力39 知力69 精神 68 魔力125 生命力120 と書いてあるようだ。高いのか低いのか全くわからん
「これって数値としてはどんなもんなんでしょう?」
「えーと、筋力と体力は低め、知力と精神力、魔力は高めで、生命力が普通程度といったところでしょうか」
よかった、クズステータスだったらリセット!とか叫ぶとこだったかもしれない。
「魔法使いに向いてるということですかね?」
「現状ではそうなりますね。ただ努力次第でどのようにも強くなれると思います。ただ……」
「ただ?」
「ちょっと体力をつけたほうがよろしいかと……」
苦笑されてしまった。所詮部活動とかで毎日運動したりしなくなればモヤシっ子になってくのはしょうがないよね。うん。
「肝に銘じておきます……」
「それでは仮登録を行います」
「仮?」
え、これで終わらないの?
「はい、正式な登録はいくつかのクエストをこなした後でになります。冒険者の適性試験みたいなものですが、簡単なものばかりなので心配はないと思います。ただ時間的には明日以降をおすすめしますね」
これは予想外だった、記入して発行して終わりだと思ってたけどそううまくは行かないらしい……
「わかりました、また明日クエストを受けに来ますね」
「はいっ、お待ちしてますね」
そう言って笑顔でギルドカード(仮)を渡してくれた。使い方その他は明日また聞こう。もう外は赤く染まっている、迷子になる前に帰らねば。
わざわざ入り口まで見送ってくれたフランさんに手を振り、ギルドを後にした。ソフィの家に着くと既に夕飯を作って待っていてくれた。新世界での生活はスタートからいい方向に向かっているようでわくわくが抑えられない。ソフィに冒険者登録の話をすると、意外と行動派なんだねと言われながらも応援してくれた。明日は初めてのクエストだ、疲れを残さないように片付いた部屋で毛布を借りて床に寝転んだ、興奮はしていたが案外すんなり眠りについた。
さらに文章量を増やしてみました。
今後はこの程度の量が書け次第の投稿をしていきたいと考えています。
次回も多少のギルドカード説明がありますがご了承下さい。