第二十四話 旅立ち
翌朝、通路を歩いているとルカとネルが話しているのが聞こえた。
「……そっか、うん、ルカは……」
「……ごめん」
「謝ることじゃないよ、むしろルカが活き活きと生きていけるんならそうするべきなんじゃないかな」
なんだろう、話の空気からしてちょっと入っていける雰囲気じゃないな。ちょっとだけ聞こえた部分で想像するに俺達と旅に出る話……だよな。娘さんを奪っていく不逞の輩……ううむ、こんなに早くやってくるとは、異世界侮りがたし。などと考えているとルカがこっちに歩き出したので何故か分からないが隠れるように部屋に入ってしまった。
入った部屋は誰かの使っていた部屋みたいだ、壁に剣がかけられている。これは……模造刀だろうか、パッと見た感じのつくりが真剣っぽくない。詳しい知識がないからなんとも言えないけれど、こちらの世界の剣はどちらかと言えばモンスターの堅い皮や鱗を斬ると言うよりは潰して千切るような物が多い。鋭利な日本刀のような武器はあまりないようだった。
部屋をざっと見渡してみると、そこらに小さなゴミが転がっていた、ちょっとズボラな感じが見て取れる、こういうのを見ると掃除したくなるが勝手にするのは拙いし、流石にどこぞのRPGの主人公よろしく他人の部屋から「◯◯を手に入れた!」なんて事をする気もないので、この部屋を出ることにした。部屋から出ると、もうルカもネルも居なくなっていた。何故かほっとして食堂へと向かった。
食堂に入ると朝食の用意をしていたはずのソフィがいない。っていうか誰もいない。食事は……途中で火を止めてあるみたいだ。何かあったんだろうか、そう思って食堂を出ようとすると丁度フランが飛び込んできた。
「あ、フラン」
「いた!ケインさんたち目が覚めたよ!」
突然の報告に驚きながらも急いで部屋へ向かった。
扉を開けると全員が揃っていた、ネルは上体を起こしたケインの腹に顔をうずめて泣いていた。恋人……なんだっけ、ともかく目覚めてよかった。
「カイ……悪いな、迷惑をかけた」
「ああ、いい・・・いや良くは無いか。それはまず置いといて、起きても大丈夫なのか?」
「ああ、かなり長いこと眠ってたみたいだしな」
「それならいいか、アインは?」
「俺も、大丈夫だ。すまなかった」
二人して謝ってくる、別に二人を責めたいわけじゃないがまず謝られると何も言えなくなりそうだ。
「細かい経緯とかは後から聞くとして、二人共まずは着替えたりして、皆でご飯食べよう?」
ソフィからの提案に全員が同意し、ひとまず解散になった。
食事を終えて、片付けも終わって話を聞く準備が整った。一体何が起こったのか……ケインが口を開いた。
「俺達はシースの計画に乗り、ノーリスさんの復讐の手伝いをすることにしたんだ。最初誰も乗り気じゃなかったんだけど……いつを堺にだったかそれが当たり前のような雰囲気になっていた。そしてそれをおかしいと思わなくなっていたんだ」
それも何らかの魔術的なものなんだろうか……
「怖いね……」
フランが言う、全くだ。集団心理とかそう言う単純なものでもないんだろうな。
どのくらい経っただろうか、実際にどんなことをしてきたのかの話を聞いた。貴族の家に魔石を仕掛けたことの他にも、武器の調達、貴族のポリー車を襲ったこと。その他にも子供達の鍛錬などなど、それはもう色々と準備をしていたようだ。
「そこまでさせて復讐させたかったのか……?シースの考えも目的も全然わからん」
一応戦いの時に言っていた、怒りの感情を貰う……とかなんとか言うのが目的の一つではあるんだろうけど、それが何につながるのかが全然わからない。感情をエネルギーにでもするのか、それとも生贄か、悪魔召喚か何かでもするのか? いずれにせよろくなことではないと思うが……シースの居所がわからない分には突き止めようがない。消え去る前には、もう会うこともないだろう。みたいな事を言っていたと記憶している。それが本心なら向こうから接触してくることはないだろう。
「ねぇ……」
今まで黙っていたルカが口を開いた。全員の視線がルカに集まる。ルカはケイン達を見て言った。
「どうして私は何も知らなかったの?どうして計画のどこにも私はいなかったの?」
「それは……」
ケインもアインも、ネルも何も言わない。言わないのか言えないのかは分からないが、誰も言葉を発しない時間が流れるほどルカが欲しい答えは出ないことを証明し続けていた。修羅場のような空気に押されて正確な時間は分からないが、数分の沈黙の末にルカは立ち上がり、もういい。と一言放って部屋を出て行った。
「ルカ……」
ソフィとフランが追いかける。俺も行こうかと思ったんだけど、この三人を残して行くのもそれはどうかと思ったので二人に任せることにした。それにしても、ルカが出て行ったというのに三人は追いかける素振りも見せず、椅子に貼り付けられたように座っていた。宙に浮いた腰を下ろして三人の方を向いて言った。
「あのさ……」
ソフィ達は廊下でルカに追いつき、一緒に中庭に移動した。中庭にあるベンチの端にルカが座り、二人は一言断って隣に座った。しばらくしてからルカがゆっくりと話し始めた。
「少しはさ、何か言ってくれると思ってたんだ……」
「うん」
フランがルカの手を取って話を聴く。
「カイには話したことがあるんだけどね、私ってここにあんまり馴染めていなかったみたいでさ、どうにもここの人と家族になって生きてきたって気がしなかったの。今までここの子供達の為に狩りをして食料を調達したりとか、ノーリスさんの頼みで採集に行ったりとかしてたし、夕食は一緒にとってたし、ここに寝泊まりもしてた……けど、けど。でもやっぱり何か違ったみたい」
ルカが空を見るように上を向く、その目尻には涙が溜まっていた。
フランが手を握り、ソフィが反対側からそっと寄り添う。その優しさを前に意地を貼り続けることが出来なかった。
「別にね、私も復讐に参加したかったわけじゃないの。私一人で皆を止められるとも思ってないの。でも……」
俯いたルカの目からはぼろぼろと涙がこぼれ、声が震え出す。
「なんだろう……さみしいよう……」
「ルカ……」
「私達がいるよ、ルカ」
フランがルカを抱きしめながら言う、一緒に行こうと言う話はしたが、こんな状態のルカを放って行くことなど出来るはずがない。ソフィもフランもルカをここから連れだそう、そう決心した。
「もうひとりにしないからね、ルカ」
ソフィもルカを抱きしめる、ルカは溢れだす涙が止まるまで二人に甘える事にした。
三人が出て行った後、ケインたちに真相を聞いてみた。
「あのさ、ルカになんで何も言ってあげなかったんだ?」
「それは……」
「うん、それは?」
「……わからないんだ」
わからない……わからないと来たか。うーん……なんと返していいかわからないな。
「それは何?特に理由はないけどルカは放っておこうみたいな?」
「違う、そうじゃない。シースが来て、作戦を実行に移す段階になったあたりから不思議とルカと話す機会が減って、いつの間にか計画のどこにもルカはいなかったんだ。でも意図的にそうしたわけじゃあない」
「どういうことだ……」
言ってる意味がわからない。まるで操られていましたみたいな……ああ、でも操られていたようなもんなのか。今までの情報を集めると孤児院全体に意識をおかしくさせる魔法のようなものがかかっていたとしてもおかしくはない。推測にすぎないけどシースの都合のいいように手を加えられていたのは可能性としては大いにある。
「私たちは別にルカが嫌いなわけじゃないの……でも実際にルカを一人にしちゃった、そんな私達が何を言ってあげたらいいのか……」
ネルが声を震わせてそう言ったかと思うと俯いて泣き出してしまった……。
「操られていたかもしれないから許してくれ、ってわけにも行かないよなそりゃ……」
「ルカには本当にすまないことをした」
ケインもアインも本当に申し訳無さそうな顔をしているのを見ると嘘とも思えない。この話はひとまず預かって、ルカが知りたがった頃に話す方がいいのかもしれないな……
「三人には悪いんだけどさ、俺達……俺とソフィとフランはルカを連れて旅に出ることにした」
そう言うとネルが涙目のまま顔をあげる
「そうか……」
ケインは納得したのかよくわからない返事を返す、これはフォローしたほうがいいかなと次の言葉を探す。
「もしかしたら今後一緒にいることでまた仲良くやれるのかもしれない。もし三人がルカを思いやった結果が今回の件にルカを参加させなかった理由だって言うなら俺達はルカを連れて行こうとは思わなかったんだけどな、でもそうじゃなかった」
三人が言葉に詰まる、まるで責め立てるような感じになってしまった。
「一緒にいた時間は短いかもしれないけど、俺とルカはもう仲間だ。仲間は置いていけない、無断で連れて行くわけにもいかないから断りを入れようと思ったんだけど……言葉選びが下手でごめん、別に責めたいわけじゃないんだ」
「いや、何も間違ってない」
アインが同意を示してくれる。
「きっとシースの魔法か何かで意識をおかしくさせられたんだろうとは俺も思う、別にそれでも孤児院の皆が悪いだなんて言わない。でもさっきの事も含めてルカは一人だった、俺達はルカを一人にしない、そして一緒に世界を見ようと思う」
そう言うと、三人はすこし目配せをしたあとこちらに向き直り、ケインが深々と頭を下げて、他の二人も頭を下げた。
「俺達が言うのもなにか違うのかもしれない、でも。 カイ、ルカをよろしく頼む」
「ああ、任された」
さて、話もついたことだしルカを迎えに行くか……。 廊下に出た後、やっぱり娘さんを攫いに来た男のようだなと思ってしまった。
三人は中庭にいた、俺が中庭に入ると三人とも気づいたようだった。ルカは袖で涙を拭うような動作をしてから立ち上がった。
「大丈夫?」
ルカに声をかけるとちょっと赤くなった目を伏せ、すこしはにかんでもう大丈夫と言った。
「さて……じゃあアレだね、そろそろ準備しないとな」
「準備……?」
「何の?ご飯?」
この意思の伝わらなさである。
「いつまでもここにいるわけにも行かないでしょ、旅に出ようぜ」
「ああ、なるほどね」
それから4人で連れ立って街へ買い物に出かけた、4人の持ち金を合わせて必要な物を買い込みに買い込んだ結果、2日分ほどの宿代を残してあとはすっからかんになった。だが数日は野宿でも生きていけるくらいの食料も得たし、必要とあれば狩りも出来る。孤児院へ戻り、準備が整った時点で昼過ぎ、出発するなら今か明日かってところか
「もう行っちゃうの?」
ネルが話しかけてきた。
「うん、今日が無理なら明日出るけど。急がなきゃいけないわけじゃないけど、ゆっくりしててもね」
「そっか、わかった」
そう言ってネルはどこかへ行ってしまった。自分の荷物を冒険者カバンに突っ込んだところで部屋を出る。女子組がいる部屋へ行くと、三人とも準備を終えて部屋の前で待っていた。
「お待たせ」
「ん、じゃあ行こうか」
最初の目的地はヴァースから北東にある森に、深めの鍾乳洞があるらしく、そこの奥にある湖に目的の物があるらしい。近場には村もあるそうなので、まずは村を目指しての移動になる。玄関を出ると、ケイン達三人が待っていた。
「ケイン」
「出発か……」
「ああ、世話になった」
「それは俺達のセリフだ、色々と迷惑をかけた」
「三人はこれからどうするんだ?」
「俺達は、ここを機転にギルドで仕事をして、困っている子供達をまた受け入れようと思う。自分たちの手で壊してしまった償いも込めて、またやり直そうと思うんだ」
「そうか、またヴァースに寄ったら顔を見せるよ」
「ああ、待ってる。それとルカ」
「……何?」
ちょっと声が低い、こわい
「言い訳はしない、すまなかった。俺達に言われても苛立つだけかもしれないけれど言わせてくれ……元気でな」
「またな」
「ルカ……これ」
ケインとアインの別れの挨拶と、ルカからは何かの包みが手渡された。
「これは?」
「えっと……後で開けてみて、ルカ。行ってらっしゃい」
ネルはそう言うとケインの横に戻った。
「じゃ、行こう」
「……うん」
そうして孤児院を後にした。街に出るまでに二回ほどルカが振り返っていたが、俺達は見ないふりをすることにした。