第二十二話 怒りの炎
腕が人間のものに変化したことでモンスターが何者かが変化した(させられた?)ものだということがわかった。だがだからといって攻撃をやめたらこちらが殺される。
「どういうこと……?」
フランが混乱している、俺にも全然わからない。そうしている間にもモンスターはふたたび立ち上がる、腕を失っても戦意は消えていない。 モンスターは再び地面から石を召喚し、こちらへと投げてきた、しかし片腕を失ってバランスが取れないのか狙い通りに投げることが出来ていない上に威力が激減している。 投石が脅威にならなければ動かないモンスターなどルカの格好の的だ、次々と矢がその肩に、足に、腹に突き刺さっていく。そしてついにモンスターは崩れ落ちた。
「やった!倒した!?」
「まだ煙が上がってない!」
離れた所で湧く探索隊が喜ぶもルカが遮る。確かに煙が上がっていない、一般のモンスターとは違うようにも感じるが……
「あーあ、やられちゃったか……つまんねーなぁ」
「誰!?」
突然屋敷の入口が開いて中から人影が現れた。その体の周りには球形のバリアのようなものが貼られており、煙の影響を受けていないように見える。
「シース!!??無事だったの?」
ルカが喜びを含んだ声を上げる。
「んだよルカ、お前テルミカの花はどうした」
剣呑な語気でシースが尋ねる。いつもと様子が違う?
「手に入れたよ?」
「ふぅん……お前もつくづく運がねぇよなー」
「え?え?どういうこと?」
「優しい優しい仲間たちがルカはカイに任せようって話だったのに、まさかそれを無為にするなんてな」
何を言っているのか全然理解できず困惑の表情を浮かべるルカ、俺も何のことだか全然わからない。
「まぁいいや、全部教えてやるよ。オマケも美味しいしな」
そう言いながら懐から紫の水晶を取り出してシースは事の顛末を話し始めた。
「簡単に言えばこうだ、今回のこの事件を引き起こしたのは全部俺で、俺に騙された可哀想な男がそこでくたばりかけてる化物だよ」
「……どういうこと?」
ルカが困惑の表情のまま聞く
「お前、孤児院に行ったか?」
「誰もいなかった」
「そこら辺で死んでる奴の顔見なかったか?」
「……」
「そこまでわかってたら意味分かるだろ、こうなるように仕向けたのは俺だよ」
「どうして!?」
「まぁ待てよ、少なくともお前がここにいること以外は全て順調に進んだよ、そもそもノーリスに孤児院を始めるように勧めたのも俺だからな」
「お前はここでこんな惨劇を起こすために数年前から準備してきたってのか」
だいたい読めてきた、まさか……まさかそんな
「カイはなかなか頭が回るなァ、もうだいたい見当がついただろ?」
「どういうことなの!?全然わからないよ!!」
ルカが叫ぶ、それを聞いてシースは面倒くさそうに言い放った。
「ま、もうわかんねぇならそれでいいだろ。わかった所でこいつらは生き返りゃしねぇしな」
「……ッ」
「傑作だよなー、貴族をだまくらかすだけでこんな風になるんだぜ。ノーリスがここに攻め入る前に行った言葉わかるか?」
もう一言も発せないルカを鼻で笑って続けるシース
「悪魔どもに血の制裁を。 だってよ、笑っちまうよなぁ。今や自分が悪魔だもんなぁ」
自分が……悪魔……?まさか……
「カイは気づいたな、正解だよ。見ろよ、これで終幕だ」
そう言ってシースが指を鳴らすと倒れ伏していたモンスターの体が仄暗く光り、その本来の姿を取り戻していった。
「ノ……ノーリスさん」
「そんな!!!」
ノーリスさんに駆け寄るルカ、抱き起こすとノーリスさんは少しだけ意識をとりもどした。
「あーあー、切り落とされた腕も、体中に突き刺さった矢も痛そうだねぇ」
シースが煽る、やめろ
「黙れ!」
その先を言わせてはいけない、だが黙れと言われて黙るわけもなかった。
「お世話になったノーリスをそんな風にしちゃって、ルカって酷い奴だな」
ルカが震えている、その目からは涙がこぼれ落ちていた。ノーリスがゆっくりと手を上げてその涙を拭う。
「ルカ……すまな……かった、こんなはず……では……お前……は、泣くな、悪くない」
「私……私……」
「いい……止めてく……れて、ありがとう」
そう言い残すとゆっくりと手が地に落ち、ノーリスは瞳を閉じた。
「なんだよ萎えるな、恨み事を残せよ」
シースが冷たく言い放つ、こいつ……
「シース!!!!!!」
ルカが立ち上がる、その表情は今まで見たことのないほどの怒りの感情に満ちた表情だった。
「いいね、その顔。まぁ悪いけどお前の相手をする気はねぇよ」
「ふざけるな!!!」
「ふざけてねぇよ、お前のその怒りだけ貰って行くわ。もう合うこともねぇだろうよ」
そう言うとシースの手元の紫の水晶が怪しく光り、紫の光が地面を走ってルカに当たり、直後に水晶へと戻っていった。
「シース!!待て!」
シースに向かって走り水晶へ向かって剣を振り下ろす、どう考えてもあの水晶は碌な物じゃない、可能なら破壊したほうがいい。そう思った。
「悪いな、じゃあな」
剣が水晶を捉えることはなく、シースが一瞬ブレたように見えた直後、そこにもうシースの姿は無かった。
「クソッ!!」
結局なにもわからなかった、おそらくノーリスさんをモンスターに変えたのはシースで、俺達はノーリスさんを討伐してしまったと言うことくらいだ。ルカは膝をついて泣いている、ソフィとフランは展開についていけず呆然としていた。
俺達四人は今、孤児院の一室にいる。その部屋のベッドではケインとアインが眠っている。隣の部屋にはネルがいるはずだ。あれから3日、傷ついた三人は医療班の治療を受けて一命を取り留めたが、まだ目覚めてはいない。扉が開いてルカが入ってくる。
「ルカ、ネルは起きた?」
「ううん、まだ……カイ……ごめんね?」
「ごめん……って何が?」
「よくわからないことに巻き込んじゃって……」
「またその話?だから気にしなくていいんだって、俺もそうだし、もうソフィもフランも仲間なんだからさ」
「うん……」
そうは言ってもルカは浮かない顔のままだ。何にしても三人のうち誰かが起きて話を聞かないことにはどうしようもない。お茶でも入れてくるか……
「ルカ、お茶入れてくるからここよろしくね」
「うん、いってらっしゃい」
そう言いつつもうなだれるルカの頭をすれ違いざまに撫でてから部屋を出る、扉が閉まる隙間から見えたルカは撫でられた頭に手をのせて少しだけ驚いていた。
お茶を淹れに食堂に入るとフランがいた。
「あ、カイ」
「あら、フラン。お茶でも淹れにきたの?」
「ううん、今日は私が夕飯の用意だから」
ああそうか、三人を交代で看ながら食事を交代で作っている。幸いにも4人全員がそれなりに料理が出来るので当番には困らない。壊滅的な料理を食べる機会は今のところ無い、あんまり遭遇したいものでもないが……
「カイは?」
「ああ、お茶入れにきたんだ」
「なるほどね……はい」
フランが台所からお茶の道具を出してくれる。
「ありがと」
床下の収納庫に貯めこんである水を取り出して火にかける、当然の事……なのかどうかは分からないが、少なくともこの孤児院で水を使うなら庭にある井戸から水を汲まなければならない。更に言えば滑車のタイプで縄の先に桶が付いているアレだ、魔法があれば技術の発達はあまり進まないのかも知れないな。 そんな事を考えていると湯が湧いたのでお茶を淹れる。
「フランもいる?お茶」
「うん、ありがとう」
4人分のお茶を入れる、ソフィはいるかわからないけど一応だ。
「ねぇ、カイ」
「んー?」
「ルカさん……大丈夫かな」
フランも心配なのだろう、ルカの経歴と言えば、戦争で両親をなくし、身寄りがなくなったところをここの孤児院で世話になり、そして家族同然の子供たちをも巻き込んでのこの事件だ。それに知らなかったし、原因がシースにあるとしてもノーリスさんに止めをさしたのはルカだというあの一言に何も感じなかったとは思えない。
「わからない……」
「だよね……」
「まずは三人の誰かが起きたら話を聞かないと……だな」
「そうだね」
噂をすればなんとやら、ほぼ同時にソフィが食堂へ入ってくる。
「ネルさんが目を覚ましたよ、二人共来て」
5人目の分のお茶を入れてネルが寝ていた部屋へと移動した。
ドアを開けて入るとまだネルは横になっていたがしっかりと目を開けていた。
「ネル……気がついた?」
「ルカ……ごめんね」
声をかけるルカにまず謝るネル、三人は一体何を知っているのだろう。ひとまず全員にお茶を渡す、ネルには……ベッドサイドに置くだけにしておこう。
「んっ……」
ネルがゆっくり起き上がる、大分辛そうだ。
「起きても平気なの?」
「うん、ちょっと傷は痛むけど……二人には話さないと……」
ルカがネルの体を支えながら起こす。ネルの声は流石にかすれている、3日も寝ていたのだからしょうが無い。
「お茶もらうね」
そう言ったネルにフランがお茶を渡す。
「あ、ありがとう。えーと……」
「あ、私はフラン」
「私がソフィ、フランと私はカイの仲間よ、よろしくね」
「私はネルと申します、お世話になりました」
すこし頭を下げて例を言うネル、お茶を一口飲んで喉を潤した。
「ルカ……どこから話せばいいかな……」
「話してくれるの?」
「うん、こんな風になるとは思ってなかったからあんまりちゃんと話せないかもしれないし、ルカにとっては……あんまり聞きたくないことかもしれない」
「私は……聞く、聞かせて。でもその前に、ご飯とか、あと体の汚れとかも綺麗にしてからにしよう?」
「うん……ごめん、ごめんね」
一応再び確認はしたが、ケインとアインはまだ目を覚ましていない。ひとまずは俺とソフィ、フランで昼ごはんを用意し、ルカはネルの身支度をしに行った。
ネルを加えて食事を終え、片付けをしてフランが5人分のお茶を入れてテーブルに置いてくれた。
「じゃあ、聞かせてもらえる?」
「うん、少し長くなるけど……ドコから話したらいいのかな……」
ネルは部屋着に着替えているが袖口からは包帯が見え隠れしている、やはり数日起きることの出来ないダメージは確実にあったのだろう……
「何から聞けばいいのか私もわからないや……カイ、何か案ない?」
「俺!?」
こんな時にこんなタイミングムチャぶりが飛んでくるとは……えーと……えーと
「そういえば、ギルドで噂を聞いて俺達はあの屋敷まで行ったんだけどさ、孤児院のメンバーであそこに襲撃をかけたってのは本当なの?」
「うん、本当だよ」
「どうして?」
ルカが聞く、ひとまず取っ掛かりは作れたかな
「ええと……私が知ってるのは、ノーリスさんと、ケインとアイン、それに襲撃に参加した子供たちの家族の仇があの貴族だったって事と、その準備を始めたのが半年くらい前って事」
「半年前……」
「丁度シースが孤児院に来た頃……だね」
「シース……」
結局何者なんだろうか……
「私はケインに強力してたからあんまり詳しいことまではわからないんだけど、この計画の話をする時はノーリスさんの側にも、ケインの側にも必ずシースがいた気がする」
「シースが裏で糸を引いていたってのは間違いなさそうだなぁ……」
「それにしたってなんで子供たちまで巻き込んで突入なんて……そんな事を考えるような人じゃないのに」
ルカの考えは俺でももっともだと思う、少し話したくらいで何を知っていると言われたらそれまでだが、何かを秘めているような様子は見えなかった。
「計画の実行が近づくにつれてだんだんノーリスさんもケインもアインも……頻繁にイライラするようになっていった……」
何らかの催眠か意識の誘導を仕組まれていたのだろうか。正直魔法がアリの世界なんだしそういうことも簡単な気がするな
「それで、準備が整って乗り込んだのね?どうしてノーリスさんがあんなことに?」
ルカが聞く、一番謎なのはそこだ、人がモンスターになるって……
「多分……ケインとシースが屋敷に何かを仕掛けてたのが原因だと思う」
「何か?」
「うん、なんだかはわからないんだけど……あの貴族の部屋にね、ノーリスさんと私とケインとアインしかたどり着けなかったの、そこで貴族を追い詰めたと思ったら、部屋の扉から沢山の兵士が出てきて、逆に囲まれてしまったの」
頷いて続きを促す
「でも兵士がすぐに襲い掛かってくることはなくて、ノーリスさんは恨みをぶつけるように貴族に怒鳴ったわ……」
ノーリスは剣を固く握りしめ、その切っ先を憎き男へ向けて叫んだ
「この悪魔め……我が血族の無念を知れ!」
「クッ……クックック……クハハハハハハハ」
「何を笑っている!貴様が私達、それに他いくつの命を貪り私腹を肥やしてきたか!忘れたとは言うまい!」
「忘れたなどとは申さぬよ、ああ、覚えているとも。貴様の娘のあの死ぬ間際の顔、貴様の嫁の千切れる感触、感動すら覚えたとも」
貴族はその瞬間を思い返し、快楽に浸るかのように身を震わせた。
「そしてノーリス、貴様が全てを失い絶望に足掻くさまを見るのが私の毎日の楽しみであったよ」
「貴様ァ……」
「何故だ!俺達の家族が、ノーリスさんの家族が一体お前に何をしたと言うんだ!」
ケインが叫ぶと周囲を取り囲む兵士が抜刀する、迂闊に飛び出せないように威嚇しているのだ、今にも飛びかかりそうだったケインは踏みとどまった。
「誰だかわからんが、そこの小僧も哀れな哀れな被害者か?良かったではないか、お前の命は助かったのだろう?」
「何を言っている……お前は何故俺達家族の命を奪ったのかと聞いているんだ!!答えろ!」
「黙れ、口の聞き方をわきまえろよ小僧。どうせ死ぬのだ、答えてやろう。なに、大したことではない」
振り返り窓際へと歩いて行く貴族の男、窓の縁を撫でると振り返ってこう言った。
「ノーリス家は私が気に食わなかったから、その他はオマケだ、何の恨みもないが遊ばせてもらった。これで満足したか?」
ケインは何を言われているのか一瞬理解ができなかった。何か命を奪うに足る争いが自分の知らないところで起こっているのだと思っていた。
「は……?ふ……ふざけるな!お前がただなんとなくで、ただそれだけで俺達の家族は死んだのか!?」
「そうだ、それだけだよ小僧」
ケインもアインも、ノーリスも怒りに身をふるわせている。ネルだけがこの場でこの貴族に家族を奪われたのではなく、戦争の被害で一人になったのだが、この男はここで倒しておかなければと思った。こんな異常者がヴァースの街でのうのうと暮らしていたなんて。
「で、今日はなんの御用かなノーリス」
「悪魔の命を奪いに来た、貴様は生きていてはいけない存在だ」
「出来るのか?この状況で?」
そう言うとノーリスと男の間にも数人の兵士が立ちふさがる。
「うおおおおおおおお!」
ノーリスが叫びながら兵士に斬りかかる、それが開戦の合図となった。 ケインとアインはネルを守るようにしながら兵士と戦っている、ネルは治癒の魔法を三人にかけるのが仕事だ。当然敵方もネルを真っ先に始末しようとする。
「くそっ……シースがいれば……」
アインが苦々しげに言う
「そういえば、シースは?」
ケインが一人兵士を切り捨てて言った
「分からない……いつの間にかいなかった、どこかでやられたのか……それか戦っているのか」
「いないならしょうが……無いッ!」
会話をしてる余裕があるのも冒険者として鍛錬を積んだおかげだ、やはりただの雇われ兵士ではあまり強くない者のほうが多い。ケインとアインが入口の方の5人を倒してノーリスに加勢しようと前を向いた時には、そちら側でも決着がつく頃だった。
「ノーリスさん!!」
ネルが治癒の魔法をノーリスにかける、三人が駆け寄ろうとするとノーリスが叫んだ。
「だめだ!来るな!」
三人が足を止めると貴族の男は鼻で笑い肩をすくめた。
「止めなければ仲良く逝けたのになァ……まぁいい」
ノーリスが突然膝をついた、よく見ると体に黒いもやのようなものが付着している。いったい何が……
「今からノーリスの最後を見せてやろう、やれ」
そう言って腕を上げる貴族の男、指示に従って兵士がその背中に剣を突き立てた。
「ノーリスさん!!」
「いやぁぁぁぁ!」
ノーリスの胸からは剣が飛び出し、絨毯を赤く染めた
「はははははははははは!」
死をあざ笑うように高く声を上げる男、ノーリスの意識が暗転するのと同時に屋敷に仕掛けてあった魔石が条件を満たし、その効果を発揮した。
気づくとどこか真っ暗な空間に浮いているような感覚があった。
無念、無念だ。 私は妻の、娘の、従者たちの無念を晴らすことが出来なかった。
あの悪魔を、貴族の男をこの手で殺してやりたかった。子供たちまで連れて、ともに敵を討とうと立ち上がったのに。
倒れた子供たちもいるのに。私は、こんな無様に死ぬのか、一太刀も浴びせずに。
ああ、無念だ。この怒りはどこへも行けずに消えるのか。いや、体が滅したとしても、この怒りをこのまま消せなどしない。
たとえ首だけになったとしてもあの男だけは殺さずにはおれぬ。
手を伸ばした。
真っ暗な空間だが、あの男に届く剣を、突き刺すべき体を、この怒りを表す力が欲しい。
何かが切れるような音がした。 何かが弾ける音もした。 何かが渦巻く音がした。
いつの間にやら目の前には怒りと呼ぶべき炎が燃えていた。
それをどうすべきか、ノーリスはすでにそんな事を考えることはなかった。
炎を受け入れたノーリスだったモノが目を開いた時、目の前にあったのは既に原型を留めぬ憎き敵の肉塊と、飛び散る血にまみれ、煙のくすぶる部屋の一角だった。私が討ちたいのはこんな肉の塊ではない、どこだ。どこへ行った?
混濁する意識が時折まどろみから目をさますように表層へと浮かぶも、すぐに炎に取り込まれ焼かれ、意識を失う。
何度か暴虐の限りを尽くそうとする体を止めようとしたが、その度に燃えるような苦痛と湧き上がる怒りに飲まれていた事を今や知るものはいない。
ノーリスが体を貫かれ、三人が呆然とその姿を見、それを男があざ笑う。
「ち……くしょう……」
ケインの手が震えている、そして剣を構え、男に向かって駆け出した。
「ケイン!!」
ネルが名を呼ぶも止まらない、振り下ろした刃は男の隣に立った兵士が受け止めた。側近ともなればそこいらの兵士とは自力も違うのだろう、全く押しきれる気配がない。逆に押し返されてしまい、剣を取り落としてしまった。そこに貴族の男が魔術を放つ。
「小僧もノーリスと同じように葬ってやろう」
男が魔術を放つと、ケインの体に黒い霧のようなものがかかり、それが触れた部分に力が入らなくなった。そして意識を全て無視してケインの体は膝をついた。その姿はまるで処刑を受ける者の最後の姿のようでネルは血の気が引いた。
「ケイン!!嫌っ!!」
急いでケインの状態を回復するための魔法の魔力を練るが、どう考えても間に合わない。状態異常は相手が何の状態異常にかかっているのかが分からないとかけられない事のほうが多い、関係なく回復できる魔法もあるらしいのだがそんなものが使えるのはよほど鍛錬を積んだ上級の治癒術師でないと不可能だ。
「クソッ!兄貴……ッ」
アインは入り口から入ってきた兵士の相手で手が埋まっている。
「残念だったな小僧」
兵士に止めを刺すように指示を出そうと手を上げた瞬間、部屋が暗闇に包まれた。
「なんだ!何故光が消える!」
部屋の中は一切の光が消えて何も見えない状態になった。 これでは敵も味方もわからないため迂闊に剣を振り回すわけには行かない。
「何だ……?」
暗闇の中でケインの後方から何かが千切れるような、何かが弾けるような、変な音が聞こえる。それに息を絞りだすような音も……その音が聞こえる位置は……先程剣を突き立てられたノーリスがいたあたりだ。暗闇に気を取られたのか若干魔術のかかりが薄くなる、足が自由になったので後ろに下がった。
だんだん視界が開けてきた、部屋に明かりが戻る。そして部屋の変化を確認したものから言葉を失っていった。
「なに……あれ……」
「……!?」
先程ノーリスが倒れた場所に、赤黒い肉体の化物が立っていた。
「何だ!?何事だ!」
貴族の男も驚いていた、側近が即座に剣を化物に振り下ろすが片手で止められてしまう。
「何ッ!?」
化物は太い尻尾を振り回して側近を跳ね飛ばした、壁にたたきつけられた側近はうなだれて動かなくなる。この場の誰もがその異様な姿に恐怖を感じ動けずにいた。
「化物め……」
男は再び魔術で動きを高速するべく魔力を込めだした。が、それを見逃してはくれなかった。伸びた右腕に胸ぐらを一瞬で掴まれて持ち上げられる。
「ぐっ……やめろ、話せ化物!」
持ち上げられたまま蹴って抵抗するもののそんなもので逃れられるはずもない、ノーリスだったものは左腕を引いて男に攻撃をしようとした。
「ヒッ」
その瞬間、階下で爆発が起こり部屋が大きく揺れた。その衝撃で服が破けて男が逃げる、そしてケインのほうにやってきて言った。
「おい、小僧。アイツを倒せ!放っておけばお前も殺されるぞ!」
「何故俺がお前を助けなければならない」
「なんだ、金か?無事倒したらいくらでも払ってやる、早くやれ!」
その一言を聞いた瞬間にケインは虚しくなった。こんなクズに俺達の親は殺されたのか……こんな、こんなヤツに……
「おい!お前たちも早くそいつを殺せ!」
入り口にやってきた増援をけしかける男、数人が斬りかかるがそれがノーリスの怒りを買った。唸りを上げて武装した兵士の体をへし折り、貫き、尻尾で弾き飛ばした。そして再び男を捉えた。
「おい!助けろ!おい!!頼む!誰か!!」
こんなに無様な姿をさらされるとは、意味もなく命を弄んだ男には似合いの最後だ。
「じゃあな、俺達の家族にあの世で詫びろ」
そうケインが言ってネルたちの方を振り向く、二人は無事だ、よかった……三人で集まり無事を確認しあう。すると背後で肉が落ちる音がした。振り返ると八つ裂きにされた男だったものが床に散らばっていた。
「うっ……」
「見るな、逃げるぞ」
ケインが言う、二人は頷いて部屋を出る時、アインが何かに気づいて二人を突き飛ばした。
「アイン!?」
直後、アインがいた場所を机が通り過ぎ、壁にたたきつけられた机は激しく砕け散った。 それに巻き込まれたアインはぐったりしている。
「クソッ!完全にモンスターじゃねぇか!!」
「どうしてこんなことに……」
「ネル!そっちたのむ!逃げるぞ!」
二人でアインの肩を持って逃げる、逃げきれるかどうかはわからないが急ぐしか無い。階段まで来たが下から立ち上る煙で階段が使えない。
「どうしようケイン!」
「ベランダだ!飛び降りるしかない!」
そしてベランダに辿り着き、扉を開けて外に出ようとした時、ノーリスに見つかり襲われた。
「ネル!扉を頼む!俺が時間を稼ぐ!」
そう言ってノーリスに斬りかかるが剣は通らない、振り回される腕を躱すので精一杯だ。
「ケイン!開いたよ!」
「よし!」
逃げるためにノーリスに背を向けて駆け出したケインの背中を尻尾が襲った。弾き飛ばされたケインはネルとアインを巻き込んでベランダの下に落ちた。
「そこからは皆が知ってる通り……」
「なるほど……ノーリスさんは一度死んで……そっからモンスターになったのか」
だからルカも気にするな……とは言えないが、何にせよあの状態で助かる見込みは無かっただろう。
「そっか……でもどうしてモンスターになってしまったんだろう……」
「そのケインとシースで事前に仕掛けをしておいたものがそういうものだったんじゃないか?ネルは何を仕掛けたのか聞いてないの?」
「聞いてない、でもシースが用意した物を仕掛けに行く……っては言ってたから」
やはり全てはシースが仕組んだものと見て間違いは無さそうだ。怒りだけ貰って行く、そう言って水晶に何かを取り込んで消えたシース、ファンタジー的に考えても感情を取り込んで何をするかと考えればそのまま力に変えるか、もしくはなにか良くないものの材料と相場は決まっている。これで悪魔や魔獣の召喚とかだったりすると厄介、ってのはよくある話だ。かといって気をつけようもないのだけれど……
事の顛末についての話はここで終わりとなり、ネルは再び体を休めに戻った。
「これからどうする?」
フランが言う、ソフィとフランは完全に巻き込んだだけだから今後の後始末まで付き合わせるのは忍びない。
「んー、まずは資金稼ぎじゃないかなぁ……」
ソフィが言って思い出した、そういえば移動する金もないんだった……魔力を回復させる丸薬も尽きたし、それを補充しようと思えばまた金が……ん?
「あ」
「どうしたの?何か思い出した?」
ソフィが聞いてきたので二人に魔手のことを詳しく話すことにした。今は手袋と袖で隠していたが二人には話しておくべきだろう。
「ヴァースで目覚めてから気づいたんだけど、俺の左手がこんなんになっててさ」
そう言いながら手袋を外して見せると二人は驚きで目を見開いた。
「何これ……」
「透けてる……」
「なんか黒の魔手とか言ってステータスが……」
そうしてステータスの異常、魔力の枯渇による体調の不良を起こしたことなどを話した。
「悪い事だけじゃないみたいだけど……すごいね」
そう言いながらソフィは魔手を握った。手を擦り付けるようにしてから手のひらを見る。
「別に汚れとかじゃないんだね」
そう言いながら開いたソフィの手のひらは綺麗だった。
「いやまぁ、ただの汚れでこんなことにはならないでしょ。多分」
「魔力とか大丈夫なの?さっきステータス見せてくれた時には残り121ってあったと思ったけど……」
フランが言う、本題はそこからだ。
「うん、でさ。教会のシスターに相談したら、友人がこんなレシピを教えてくれたんだって」
そう言って手紙を見せる。ソフィがそれを読むと唸った。
「こんな製法初めて見た……でも凄い、全然無駄がない」
「俺は全然わからないんだけど、でもコレを飲めば一般人ではあふれるくらい魔力が回復するって聞いてさ、特にやることがなくなったら作ってみようかなって」
「なるほどね、でもこの材料……ヴァースだけじゃ手に入らないから作るなら旅しないといけないね」
「あー、まぁそうだよな。しょうが無いか」
諦めのニュアンスで言うと思わぬところから追い風が吹く。
「旅、しようよ!」
フランだ、なんか目が輝いている。
「え?」
「旅したい!」
なんか一気に子供っぽくなったぞ、確かにフランは旅がしてみたいとは言ってた気もするがそんなに?
「いいんじゃないかな。私もカイが見つかったらすぐにサフラノに戻らなくちゃって言う訳じゃないし」
「ってことは……」
「うん、この薬を作るのが次の目標ってことで」
フランはやった!と小さくガッツポーズをしている。まぁ二人がそれでいいなら俺としては願ったり叶ったりだ
「となると、ルカさんがどうするか、だね」
今はネルを部屋に連れて行って、ついでにケインとアインの様子を見てくると言って席を外しているルカ、一緒に来てくれるのだろうか、それともここに残るのだろうか……
夕食を作り、それを食べた後にルカとネルには先程の話をした。魔力を回復させるための薬を作るために旅をしようと思っている、ルカが一緒に来るのか、それともここに残るのかは少し考えさせて欲しいと言っていた。正直な話、一緒に来て欲しいとは三人とも思っているが……どうなるかはわからない、説得して連れて行くにはまだ日が短い。
補足:シースが孤児院を始めるようにノーリスに勧めた事と、シースが孤児院にやってきた時期が違いますがそれも理由あってのことです。矛盾ではありませんがわかりづらい描写で申し訳ありません
少し忙しくなるので投稿のペースを落とします。
なるべく合間を縫って書いてはいますが……申し訳ありません。




