第十話 頑張って
その後、水が吹き出すのが止んだのが約1時間後だった。ソフィは魔力の限りを尽くして水を取り除こうとしたが、坑道を探索出来る程ではなく、ティーが呼吸魔法を使って水中を移動できるようにしても、保って30分……到底人を探せるような魔法ではない。時間が経ち、どんどん絶望の色が濃くなっていった。ソフィの魔力も回復薬も底をつき、立ち上がるのも苦しいような状況だった。
「ソフィ……一旦戻ろう?このままここにいても何も状況は変わらないわ」
ティーが声をかける。先ほど助けてくれと声をかけただけなのにその言葉はいたわりと悲しみが伝わってくるものだった。それだけにソフィもこれ以上の粘りが無駄であると納得せざるを得なかった。
全員でカスタのギルドに戻ってくる。ソフィは憔悴しきっていて、ティーや猫の亜人が肩を貸さなければまともに歩くことも出来ないほどだった。ギルドに着くと、カウンターからクエストの時に受付をしていたお兄さんがソフィの元へやってきた。
「ソフィさん、あなたにお渡しするものがあります」
ソフィはゆっくりと顔を上げた
「カスタの階級、飾り石認定の証であるイヤリングです。どうぞ」
そう言われて手渡されたトパーズのイヤリングは、透明で美しかった。
「ええと……カイさん……はどちらにいらっしゃいますか?カイさんの分もあるのですが」
そう彼が言った途端にソフィはまた俯いてしまった。もちろん返事もない。
「え、ええと……どうかしましたか?」
困り果てた彼にティーが近づいて事情を話した。
「実は……」
「ああ……そうでしたか……」
ひと通りの話を聞くと、彼は再びソフィの方を向き、こう言った。
「ソフィさん、それではカイさんの分のイヤリングもお渡ししておきます。必ずカイさんに渡してください。これは私からの依頼です」
ソフィが再び顔を上げる、その目には涙が浮かんでいて、その口は今にも彼が言ったことを否定せんと開きかかっていた。
「何をいっ」
「間違いなくカイさんは死んだと確認しましたか?」
「確認なんて出来なかった……」
「なら生きているでしょう、私達ギルドでは死亡を確認された冒険者以外は生存しているとみなしますし、そう思っています」
「だって……坑道は水で埋まったのよ……」
「カイさんはソフィさんに助けを呼ばせるときに、一人で戦う。と言っていたのですか?」
「……カイはサフラノ方面に逃げるって、でも」
「ソフィさんはカイさんを信じていないのですか?コンビを組んでいるのに」
「ッ……」
言わんとしていることは分かる、励まそうとしてくれているのも分かる、でも心に突き刺さった絶望感がそれを素直に受け止めることを拒否していた。唇を噛み何も言い返すことが出来ない。
「……ふぅ。すみませんソフィさん、あまり人を励ますのに慣れていなくて」
彼は素直にそう言い、こう続けた
「それでも私はまだカイさんが生きていると信じています。おそらくですが何らかの原因で水が大量発生しても、サフラノ側の方がカスタよりも低い方にあります。カイさんが流されたとしたらサフラノ側から出てくると思いますよ?カスタで絶望するのはまだ早いのでは無いでしょうか?」
「確かに……」
そう相槌を打ったのはティーだ。
「そうだよソフィ、まだ諦めるのは早いんじゃない?」
「うん……」
ソフィはゆっくりと立ち上がり、お兄さんを向いて頭を下げた。
「ありがとうございます。私、カイを信じて探し出します。この依頼、お受けします」
そう言って頭を上げ、二つのイヤリングを握りしめた。
「立ち直ってくれて嬉しいです。カスタのアクセサリーがトパーズなのには理由があってですね、トパーズには探しものへ、あなたのためになるものへ導きの力をくれる。という言い伝えがあるのです、グランラックを訪れる冒険者はそのほとんどが宝石や鉱石を求めていますが、きっと探しものと言うのは石だけでは無いはずです」
「……はい」
「ソフィさんがカイさんを探す、その力になってくれると思います。諦めないで頑張ってください」
「はい!ありがとうございます!」
だんだんと元気を取り戻したソフィは今回カイの捜索を手伝ってくれた全員にお礼を言ってギルドを後にした。ティーと青年剣士のコンビはそれを追って出て行く。
ギルドがある程度落ち着きを取り戻した頃、弓士の青年はギルド受付の彼に話しかけた。
「何が、励ますのには慣れていなくて……だよ。本当に口が上手いなお前は」
「いやぁ、荒くれみたいなのをまともに相手するなら口はうまくならないといけないんだな」
「あのままあの女の子を口説くのかと思ってヒヤヒヤしてたぞ」
「そんなことはしない、奪うのは俺の趣味じゃないんでな」
「ホントよく言うぜ……昔冒険者の彼女口説いて死にかけたじゃねぇか」
「だから無駄に口説くのはやめたんだって。そんなことはさておき、久々に飯でも食いに行かないか?」
「ああ、行くか。 あの女の子、相方見つかるといいな」
「ああ、そうだな」
「アイツみたいにならないといいが」
「ああ……アイツ今何してんだろうな……」
カイが孤立した、そうソフィがギルドに飛び込んできた時から、二人はある人物を思い出していた……
追いついたティーと青年剣士に誘われ、今日は中の方で一泊し、明日の朝一番の便でサフラノへ戻ることにした。その夜食事をしながら話をした。
「バタバタしてて名乗れなかったが、俺はソーサー。こっちは知ってると思うが一緒に冒険者をしているティーだ」
「ソーサーさん……」
「ああ、さんは付けなくていい。そういうのあんまり好きじゃねぇんだ、気楽にいこうぜ」
そう言うとソーサーは果たすべきことは果たしたと言わんばかりに足を投げ出して脱力する。間髪入れずにティーの足による制裁が加えられた。
「いってーな!」
「自己紹介したらすぐに気を抜くのをやめろって何度言ったら分かるの!」
日常茶飯事なのだろう、ソフィはそれをまるで弟をしかる姉のようだと思いながら見ていた。
「全く……ソフィ、ついでと言ってはなんだけど私のこともティーって呼んでくれる?お互い冒険者なんだし目上でも下でもないから」
「うん、ありがとうティー」
「それでなんだけどね、ソフィはこれからどうする事にした?」
「カイを探しにサフラノに戻るよ」
「その後よ」
「その……後」
「わざわざこんなことを聞くのもアレなんだけど、もし……もしカイが見つからなかったら、あなたはどうするの?」
「見つかるまで探します」
「……」
「カイがサフラノでもなく、カスタでも無い何処かに流されたり、逃げ延びたりしているかもしれない。カイは死なないと約束しました、だから私はカイが死んだという証拠が見つかるまではカイを探すし、冒険者も続けるつもり」
「よかった、ちゃんと立ち直れたのね。ソフィは強いね」
ティーはそう言いながら少し悲しそうな微笑みを浮かべている。
「相方と離れ離れになって心が折れる奴はいっぱいいるもんなぁ」
ソーサーが口を開く、もしかしたらこの二人にも生き別れになってしまった仲間がいるのだろうか……
「二人は……ずっと二人で冒険者をしているの?」
「ああ、私たちはそうね。まだ運良く命の危険には晒されたことがないわ」
「そっか、よかった」
「でもそういう人を沢山見てきた。私たちの故郷はヴァースでね、今は落ち着いたけど去年までは戦争してたから」
それを聞いてソフィが驚く。
「私もヴァースの生まれなの、奇遇だね」
「本当?何年前からサフラノに来たの?」
「私は4年前……かな」
「だと丁度戦争が始まった頃か……逃げてきたの?」
「ううん、家庭の事情で独り立ちしてね。それからすぐに戦争が始まった」
「そっか、巻き込まれなくてよかったね」
「そうだね、あの頃も……今もだけど、私は弱いから。戦争に巻き込まれたら死んでたかもしれない」
「私達もね、偶然が重なって今冒険者をやってるようなものだし、ホント……何が起こるかわからないね」
そこでティーが話を切り上げた、明日は朝一番でサフラノへ出発するから寝ようと。ソフィとティーは同じベッドで、ソーサーはソファーで眠った。
翌朝、ソフィはティーに起こされると二人は既に身支度を整えていた。
「おはようソフィ、さぁ身支度をして。行くよ?」
そう言われ寝ぼけた頭で身支度を整える、頭がスッキリしてきた頃に疑問が芽生えてティーに聞いた。
「二人も早いんだね」
「そりゃそうよ、ソフィと同じ便でサフラノに行くんだもの」
「え、そうだったの?」
「言ってなかったっけ?私達依頼でサフラノに届け物の途中なのよね」
「そうだったんだ……じゃあサフラノまでまた一緒?」
「……嫌?」
そう言いながら小首をかしげるティー、いちいち動作が可愛いなぁと思いつつも否定する。
「ううん、嬉しい。よろしくねティー」
「ふふ、よろしくねソフィ」
「早く行かねぇと遅れるんじゃねぇの?」
部屋の入口でソーサーが言う、ソフィは昨日よりも軽い足取りで部屋を出た。ポリーが引く荷車に乗って移動するのはサフラノに移住する時以来だ、そんな事を思いながら乗り込む。時間になり、サフラノへ向けて出発する。ソフィの頭の中では、どうやってカイを探そうか、フランにはなんて言おうか、これからどう冒険者を続けようか…… といろいろなことが巡っていたが、昨日のような絶望感はもうなく、前向きに考えることができていた。ティーやソーサー、ギルドのお兄さん…… 皆に感謝しながらソフィは荷車の揺れを感じていた。
「待っててね、カイ。絶対に見つけ出すから」
そう言ったソフィの耳と、胸元にはそれぞれイヤリングがあり、朝日を受けたそれはこれから先を導くように暖かく光り輝いていた。
カイの魔力は海を作り、その全てを押し流すように、出口を求めて坑道の中を駆け巡った。その水量たるや、洞窟を含めても全てが水で満たされるほどの量にまで膨れ上がり、当然カイもその流れに乗せられて流されていった。壁に体がたたきつけられ、飛び出した石がその肌を傷つけた。時間にしておよそ10分ほどの蹂躙を受けカイは運良く洞窟の外へと吐き出された。地面にたたきつけられ、その後もすぐ水に寄って押し流される、これでもまだ命を失わなかったのは単なる奇跡でしか無いと言えよう、それほどにまで酷い有様だった。カイが投げ出されたのはサフラノ側から入った洞窟よりも、もうすこし北側にある山と森の境界線にある場所からだ。そこは人が滅多に足を踏み入れる場所ではなく、獣も多いし魔物も多い所だった。獣は突然吹き出した大量の水に驚き、魔物はその膨れ上がった魔力の奔流に怯えたので、今しばらくはカイが襲われることはない。カイが完全に意識を失い、森に横たわっていると、どこからともなく現れ、カイに近づく人影があった。
「なんか予想と違ったなぁ、思ってたよりも全然弱っちいじゃん」
「ね、意外と期待はずれ?って言うか」
明らかに落胆の色を見せる少年に少女は答えた
「どうするコイツ」
「まだ生きてはいるみたいだし、とりあえず回復してどっか飛ばしてみようかなー」
「ふーん、物好きだなぁ」
「まぁでも時間かけたら強くなるかもじゃん?どうせ暇なんだしさ」
「ま、それもそうか。で?どこに飛ばすんだよ」
「んー。ヴァースとかでいいんじゃない?あそこいろいろあるし」
「ヴァースねぇ、あそこも面倒事ばっかりじゃね」
「だからいいんじゃん?」
「プッ……流石じゃん?」
そんな会話をしながらカイの外傷を回復し、生命力も回復させる少女。そしてそれを見ながら魔力を練り上げる少年、二人はただの一つもカイを心配すること無く、ヴァースに転移させるための準備を整えた。
「準備できたぜ、飛ばすか」
「次はもっと面白いことしてくれるといいねー」
無邪気に笑う少女がそう言いながらカイを指さすと、その体の下に巨大な陣が現れた。
「じゃ、次は頑張ってくれよな。****クン?」
この世界の誰も理解できなかった言葉を使い、カイの名前を呼んだ少年が魔力を開放すると、陣は紫色に光り輝きカイを飲み込んで消えた。二人も周囲の森に溶けて消えると、その場にはカイといっしょに流されたバトルピッケルだけが残された。
第一章 完
これにて序章部分を終了とします。
説明の多い序盤で、今現在必要だと思われる要素は一応説明を完了したと思います。
新しく出てくる要素ももちろんあるのですが、少なくとも今までよりは話しがまとまって進行するのでは無いかと思います(願望)
友人にタイトルがぱっとしないからあんまり人の目につかなさそうだねなどと言われてしまいましたが、今後タイトルを変える予定は特にありません。
もし今後物語を面白くしていければ、徐々に読んでくれるひとも増えるでしょう(願望)
ご意見、ご感想もお待ちしております(願望)