第6話 左遷先は、地図の端だった
正式な辞令は、翌朝には届いた。
封蝋の割れた羊皮紙を一瞥しただけで、内容は理解できた。文字を追う必要すらない。王城の文書は、こういうときほど無駄に丁寧だ。
――北方旧鉱山領、管理責任者に任ずる。
通称、死に領地。
アレクシス・フォン・グランツは、静かに息を吐いた。
「やはり、そこですか」
呟きは、誰に向けたものでもない。
北方旧鉱山領。かつては王国有数の収益地だったが、主鉱脈の枯渇とともに急速に衰退した土地だ。再開発計画は何度も立ち上がっては潰れ、今では補助金を注ぎ込むだけの負債領地として扱われている。
地図の端に、小さく記されるだけの場所。
誰も行きたがらず、誰も期待しない。
――だからこそ。
アレクシスは辞令を畳み、机の上に置いた。
王城を発つ準備は、驚くほどあっさりと終わった。私物は少ない。必要なのは、衣類と、最低限の書類だけだ。
廊下で顔を合わせた貴族の中には、露骨に同情する者もいた。
「気の毒に……」
「せめて、もう少しましな領地なら」
また、隠しきれない安堵を浮かべる者もいる。
「これで王都も静かになるな」
「地味な男には、相応の場所だ」
アレクシスは、いちいち反応しなかった。
彼らの言葉は、事実の一側面でしかない。だが、その“事実”の解釈が、致命的に浅いことを、今はまだ誰も知らない。
城門を出ると、用意された馬車が一台、待っていた。
質素な造りだが、整備は行き届いている。最低限の体面だけは保たれているあたり、王都の処置としては妥当だろう。
御者が一礼する。
「北方旧鉱山領まで、七日ほどかかります」
「問題ありません」
馬車が動き出す。
王城の尖塔が、少しずつ遠ざかっていく。振り返る者はいない。見送りもない。
それでいい。
王都は、すでに自分の設計対象ではなくなった。
道中、アレクシスは窓の外を眺めながら、頭の中で情報を整理していた。
人口推移。
過去の鉱山収益。
治安報告。
周辺領との関係。
どれも、断片的な情報しか残っていない。王都にいる間、あえて深く踏み込まなかった領地だ。関与すれば、必ず引き受けることになると分かっていたから。
――今度は、逃げられないな。
だが、不思議と重苦しさはなかった。
四日目。
景色が変わり始める。整備された街道は途切れ、道幅は狭く、舗装も荒くなる。人影は減り、すれ違うのは荷を積んだ商人か、無言の兵士だけだ。
六日目。
馬車は、かつての関所跡を通過した。崩れかけた石壁に、風が吹き抜けている。ここから先が、北方旧鉱山領だ。
そして七日目。
目的地の町が見えてきた。
――いや。
町だった“跡”と言うべきかもしれない。
石造りの建物は所々が崩れ、空き家が目立つ。市場はあるが、人の数は少なく、活気とは程遠い。道端には、荷をまとめて立ち去ろうとする住民の姿も見えた。
馬車が止まる。
迎えの役人が一人、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「管理責任者殿ですね……ようこそ、お越しくださいました」
深々と頭を下げるが、その声には疲労が滲んでいる。
アレクシスは馬車を降り、周囲を見渡した。
倉庫の扉は壊れかけ、警備兵の数も足りていない。人々の表情は硬く、未来への期待が感じられなかった。
――思っていたより、深刻だ。
だが、それは想定の範囲内だった。
アレクシスは一歩前に出る。
「状況の説明をお願いします。できるだけ、正確に」
役人は一瞬、驚いたような顔をした。多くの貴族は、まず不満を口にする。だが、目の前の男は違った。
「は、はい。ですが……」
「遠慮はいりません」
アレクシスは、町の中心に立ち、静かに告げた。
「まずは――食料と、秩序です」
それは、王都を離れる前に口にした言葉と同じだった。
だが、今度は違う。
ここでは、それがすべての始まりになる。
地図の端から、設計は始まる。
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