第26話 見えすぎるという罪
軍需の再整理が始まってから、王都の空気は微妙に変わった。
帳簿が整い始めると、見えてくるものがある。
それは不足ではない。
偏りだ。
「……この倉庫だけ、供給量が異様に多い」
若い書記官が、震える声で言った。
番号は第三倉庫。
管理者は、オルデン侯爵家の縁者。
「緊急承認の回数も突出している」
しかも、記録が曖昧だ。
これまでなら、問題にならなかった。
例外だから。
慣例だから。
だが今は、数字が並ぶ。
数字は、言い訳を許さない。
その報告は、すぐに侯爵邸へ届いた。
「……予想より早いな」
ルーファス・オルデンは、淡々と書類を閉じる。
「責任は?」
「形式上は管理官ですが……実質的には」
「分かっている」
彼は立ち上がる。
「表向きは不手際だ」
「しかし、再整理は続きます」
「続けさせろ」
側近が、驚く。
「止めないのですか」
「止めれば、疑いは確定する」
むしろ――
「過剰な透明化は、不安を生む」
数字が整えば、誰が得をしていたか分かる。
それは、貴族全体への不信へと繋がる。
「焦るのは、我々ではない」
王太子の支持基盤は保守派だ。
透明化が進めば、支持が揺らぐ。
揺らげば、判断も揺らぐ。
数日後。
王宮の廊下で、囁きが広がり始めた。
「辺境の男が、中央を裁いている」
「貴族を敵に回している」
事実ではない。
だが、効果はある。
その噂は、カイルの耳にも届いた。
「……私が裁いているのではない」
彼は低く呟く。
だが、支持者の顔が曇るのは見える。
その夜。
セシリアは、アレクシスを呼び出した。
「敵が増えました」
「想定内です」
「想定内で済みますか」
問いは鋭い。
「あなたは、構造を整えた」
「はい」
「だが、構造に寄生していた者もいる」
その一言に、アレクシスは沈黙した。
寄生。
否定はできない。
「敵を作ることに、躊躇はありますか」
セシリアは続ける。
彼は少しだけ視線を落とした。
「躊躇はあります」
正直な答えだった。
「ですが」
「止めれば、元に戻る」
そう。
透明化は、痛みを伴う。
痛みが出れば、反発も出る。
セシリアは、静かに息を吐いた。
「兄上は、揺れています」
「分かっています」
「あなたが戻る道は、簡単ではありません」
それは警告ではなく、確認。
アレクシスは、ゆっくりと答えた。
「戻ることが目的ではありません」
「では?」
「機能することが目的です」
その答えに、セシリアは微笑んだ。
彼は権力を欲していない。
だからこそ、厄介だ。
翌日。
王太子は、軍需再整理の一部停止を命じた。
理由は「混乱回避」。
完全停止ではない。
だが、勢いは止まる。
小さな後退。
会議室で、その報告を聞いたアレクシスは、何も言わなかった。
マルティナが、低く呟く。
「止まったな」
「ええ」
リーゼロッテも、冷静に言う。
「予想より早い揺り戻しです」
アレクシスは、窓の外を見る。
制度は、動き始めた。
だが、中央は重い。
そして今――
見えすぎることが、罪になり始めていた。




