第15話 逃げた民が、戻り始める
変化は、静かに、しかし確実に現れ始めた。
最初に気づいたのは、町の南門を守る見張りだった。
「……人が来ます」
昼下がり。街道の向こうから、二台の荷車がゆっくりと近づいてくる。乗っているのは、見覚えのある顔だった。
「……あれ、前に出ていった連中じゃないか」
町を離れ、二度と戻らないと思われていた人々。
門が開かれると、年配の男が一歩前に出た。
「……戻っても、いいか」
その問いは、許可ではなく、確認だった。
追い出されるのではないか。
もう居場所はないのではないか。
そうした不安が、声に滲んでいる。
知らせを受けたアレクシス・フォン・グランツは、門へ向かった。
「理由を聞かせてください」
責める調子ではなかった。
男は、少し戸惑ってから言う。
「……市場が、落ち着いたと聞いた」
「働けば、食えると」
それだけだった。
アレクシスは頷いた。
「働く意思があるなら、拒みません」
男の肩から、力が抜ける。
「ただし」
一拍置く。
「ここは、以前と同じ町ではありません」
規律があり、帳簿があり、例外はない。
それでもいいか、と。
男は、深く頭を下げた。
「……お願いします」
その日を境に、戻ってくる者が増え始めた。
一人、また一人。
噂が噂を呼ぶ。
「配給が安定した」
「仕事がある」
「盗まなくても、生きられる」
数字にも、変化が現れる。
リーゼロッテ・ハインツが、帳簿を指で叩いた。
「人口、微増です」
「予想より早いですね」
「ええ。しかも、労働人口が中心です」
若い者、職人、運送に慣れた者。
“使える人材”が戻ってきている。
マルティナ・ヴォルフも、現場から報告を上げた。
「夜間の巡回、楽になった。人手が増えた分、無理が減ってる」
「いい傾向です」
アレクシスは答える。
だが、表情は緩めなかった。
成功は、油断を生む。
そして、成功は――外に見える。
数日後。
役場に、一通の書状が届いた。
周辺領の貴族からだ。
『最近、貴領の市況が不自然に安定していると聞く』
『独自の税制を導入したとも』
丁寧な文面。
だが、行間にあるのは警戒だ。
リーゼロッテが言う。
「探りですね」
「ええ」
アレクシスは、書状を畳む。
「次は、牽制か……妨害です」
マルティナが、鼻で笑った。
「どっちにしろ、面倒だな」
「想定内です」
むしろ、遅いくらいだ。
夕暮れ。
町の外れで、戻ってきた家族が、空き家の掃除をしている。子供の笑い声が、久しぶりに響いた。
アレクシスは、その光景を遠くから見ていた。
――確かに、動いている。
この領地は、もう“死に領地”ではない。
だが。
生き返った土地は、必ず狙われる。
周辺領は、黙ってはいない。
王都も、いずれ気づく。
アレクシスは、静かに結論を出した。
「……次は、守りだな」
立て直す段階は、終わりつつある。
ここからは――
**奪われないための設計**が必要になる。
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