第14話 税を下げずに、反発を止める方法
現物納税と労役代替制の告知は、役場前の掲示板から始まった。
紙は一枚。
文章は簡潔。
――貨幣による税納を原則とする。
――ただし、貨幣を持たぬ者は、現物または労役による代替を認める。
読み終えた者たちの反応は、即座だった。
「……なんだ、これ」
「税は下がってないじゃないか」
ざわめきが広がる。
減税を期待していた者もいた。均等配給で不満を溜めていた分、その期待は大きい。
だが、アレクシス・フォン・グランツは、最初からその期待を切り捨てていた。
午後。
説明のために集められた住民たちを前に、彼は淡々と話し始めた。
「税額は変わりません」
その一言で、空気が一段荒れる。
「ふざけるな!」
「結局、同じじゃないか!」
怒号が飛ぶ。
アレクシスは、遮らずに待った。
そして、声が一巡したところで、続きを口にする。
「変わるのは、支払い方です」
リーゼロッテ・ハインツが一歩前に出て、板に図を書き始めた。
「今まで、税を払うためには、貨幣が必要でした」
簡単な円と矢印。
「そのために、皆さんは作物や製品を、安い値で手放してきた」
住民の表情が、少しずつ変わる。
「これからは、作物そのものを納めることができます」
「あるいは、道路補修や倉庫作業といった労役で代替できます」
「……それで、何が変わる?」
誰かが問う。
アレクシスが答えた。
「無理に売らなくてよくなります」
短い言葉だったが、効果は大きかった。
農民の一人が、ぽつりと言う。
「……あの時期、売らなくて済めば、助かった」
別の者が続く。
「税のために、買い叩かれた」
それは、この領地では誰もが経験してきたことだった。
だが、反発が消えたわけではない。
「結局、領主が得をするだけじゃないのか」
「現物をどう管理するんだ」
当然の疑問だ。
リーゼロッテが、帳簿を掲げる。
「管理方法は、すでに設計されています」
彼女の声は、よく通った。
「倉庫ごとに記録を統一し、誰が、何を、どれだけ納めたかを明示します」
「労役についても同様です。時間と内容を記録し、税額に換算します」
数字が、可視化される。
それは、信用の基盤だった。
「不正は?」
鋭い問い。
「即、記録に残ります」
アレクシスが答える。
「隠せません」
沈黙。
完全な納得ではない。だが、“理解”は生まれ始めていた。
数日後。
変化は、予想より早く現れた。
市場に、作物が戻り始めた。
値は、以前より安定している。
「……売らなくていい分、余裕ができた」
そう言う農民が増えた。
倉庫には、現物納税として集まった穀物が積み上がる。帳簿上では、それがそのまま“税収”として計上される。
貨幣は増えていない。
だが、**動いている。**
マルティナ・ヴォルフが、倉庫を見回りながら言った。
「治安も、落ち着いてきた」
「腹が満ちれば、人は余計なことを考えなくなります」
アレクシスは答える。
「それだけではない」
マルティナは続けた。
「“奪われている感覚”が減った」
それが、秩序を支える正体だった。
夕方。
役場に、周辺領からの商人が訪れた。
「……最近、この町、値が安定してるな」
それは、外から見ても分かる変化だった。
アレクシスは、リーゼロッテと視線を交わす。
第一段階は、成功だ。
だが。
成功は、必ず次の問題を呼ぶ。
この仕組みは、周囲から見れば“異質”だ。
理解されなければ、警戒される。
そして、警戒は――
やがて、干渉に変わる。
辺境領は、静かに息を吹き返しつつあった。
同時に、外からの視線も、確実に集まり始めていた。




