第12話 盗賊を雇うという選択
最初に現れたのは、三人だった。
広場での告知から半日。役場の裏口に、顔を伏せた男たちが立っていた。年齢も体格もまちまちだが、共通しているのは、警戒と疲労が滲んだ目だった。
「……仕事の話だと聞いた」
一番年嵩の男が、低い声で言った。
アレクシス・フォン・グランツは、机越しに彼らを見た。名簿と簡単な経歴が、すでに用意されている。
「そうです」
淡々と答える。
「倉庫管理と、輸送補助。まずはそれだけです」
「罠じゃないだろうな」
「疑うのは自由です」
アレクシスは、紙を一枚差し出した。
「条件はここに書いてあります。読み、理解し、署名する。できないなら、今すぐ帰って構いません」
男たちは顔を見合わせ、黙って紙を読む。
内容は厳しかった。
・帳簿管理の義務
・連帯責任
・横流し即解雇
・再犯時は追放
「……これ、盗むよりきついな」
誰かが苦笑した。
「盗みは楽です」
アレクシスは言った。
「ですが、楽な道は、必ずどこかで詰まります」
しばらくの沈黙の後、年嵩の男が羽根ペンを取った。
「……やる」
一人、また一人と署名が増える。
その日のうちに、彼らは倉庫に回された。
マルティナ・ヴォルフは、腕を組んで様子を見ていた。警戒は解いていない。
「裏切ったら、即叩き出す」
「ええ」
アレクシスは頷いた。
「だからこそ、最初から全部見せています」
隠し事は、後で必ず裏切りに変わる。
翌日。
倉庫の様子が、目に見えて変わり始めた。
荷の位置が整理され、搬入と搬出の動線が引き直される。以前は曖昧だった数量管理が、帳簿に反映され始めた。
「……減ってない」
役人が、驚いた声を上げた。
「昨日より、在庫が正確です」
「当然です」
アレクシスは言った。
「盗まれていませんから」
噂は、早かった。
「倉庫が回り始めたらしい」
「盗みが止まったって?」
市場に、少しずつ人が戻る。
だが、反発が消えたわけではない。
「盗んでた連中が、給料もらってるって話だぞ」
「真面目にやってた俺たちは、何なんだ」
その声を、アレクシスは無視しなかった。
午後、役場に、数人の職人が押しかけてきた。
「説明しろ!」
アレクシスは、彼らを中に通した。
「不満は、もっともです」
先にそう言った。
「だから、次はあなた方の番です」
職人たちが、怪訝な顔をする。
「配給とは別に、仕事量に応じた報酬制度を作ります」
「……今さらか」
「今だから、です」
帳簿を広げる。
「物流が回り始めました。つまり、“余力”が生まれています」
数字は、嘘をつかない。
「働いた分が、見える形で返る。それを、今度は全員に広げます」
沈黙。
職人の一人が、ぽつりと言った。
「……それ、本当にやれるのか」
「やります」
即答だった。
夕方。
町に、小さな変化が広がっていた。
倉庫前の列は、以前より短い。怒号は減り、代わりに、様子を見る視線が増えた。
マルティナが、役場の外で言った。
「……予想より、うまくいってるな」
「“うまくいっているように見える”だけです」
アレクシスは訂正した。
「まだ、信用はされていません」
「だが、敵でもなくなった」
それは、大きな進歩だった。
夜。
アレクシスは、一人で帳簿を見直していた。
数字は、少しずつだが、確実に改善している。
――やはり、問題は“食料”ではない。
人の配置。
役割。
評価。
それらが噛み合えば、状況は動く。
アレクシスは、ペンを置いた。
「……次は、金だな」
呟きは、静かな部屋に溶けた。
食料と秩序は、かろうじて繋がった。
だが、この領地を本当に立て直すには、まだ足りない。
次に必要なのは――
**数字で示せる、持続可能な仕組みだった。**
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