2.転校生と初恋
初恋だった。 学園の重い扉が開いた瞬間、
そこに立っていた彼女を見た時、
俺——エドワードの心臓は高鳴り、視界が鮮やかに彩られた。
「え~皆さんに転校生を紹介します。隣国からいらしたマリア・ローズ様です」
ピンクゴールドの髪をなびかせ、はにかむように微笑む彼女は、
まさに俺の理想そのもの。本来の物語とやらがあるなら、
彼女こそが正ヒロインなのだろう。直感的にそう確信し、俺は確信した。
(これだ。彼女こそが、俺がオカメインコから逃れるための希望の光……!)
今の俺の婚約者候補は、パトリシア・フォン・ルチノー。
ルチノー公爵家の至宝にして、どう見ても、どこから見ても、
体重90g程度のオカメインコだ。
人語を操り、なぜか周囲からは『絶世の美女』と崇められているが、
鳥は鳥だ。前世の記憶を持つ俺としては、鳥と結婚するなど正気の沙汰ではない。
「初めまして、マリア・ローズと申します。皆様、よろしくお願いいたします」
鈴を転がすような美声。マリアが教壇で一礼する。
俺は立ち上がり、彼女をエスコートしようと一歩踏み出した。
「マリア殿、私はこの国の第一王子、エドワードだ。君のような美しい方が——」
だが、俺の言葉は最後まで続かなかった。
マリアの視線が、俺の肩を通り越し、さらにその後ろ……。
教室の特等席である、
ベルベットのクッションが敷かれた『金色の止まり木』に釘付けになったからだ。
そこには、パトリシアがいた。
オレンジ色のチークパッチを誇らしげに膨らませ、
換羽期を乗り越えたばかりの美しい冠羽をピンと立てた
『悪役令鳥』が、優雅にひまわりの種を齧っている。
「……っ!? ま、まあ……なんて、なんておいたわしくも気高いお姿……!」
マリアが震える声で呟いた。
俺に向けられたはずの感嘆の視線は、完全にパトリシアへと奪われていた。
※ ※ ※
正直に申し上げます。
マリアはこの世界が乙女ゲームだと気づいた時気づいていたのです。
「ああ、わたくはこのキラキラした王子様と恋に落ちるのだろう」と。
実際、エドワード様は大変な美形です。
金色の髪からは、なぜか最高級の麻の実
(※鳥の餌によく混ざっているアレです)のような、
芳醇で香ばしい、抗いがたいほど良い匂いがいたします。
……ですが、見てしまったのです。
王子の背後、後光を背負って止まり木に鎮座する、あのお方を。
(……えっ、嘘。何あの子、めちゃくちゃ可愛い……!!)
チークパッチは鮮やかなオレンジ色、羽並みはシルクのように滑らか。
そして何より、
あの『鳥類特有の、何を考えているか分からない虚無な瞳……!』
たまりません。
「パトリシア様、とおっしゃるんですね……。
なんて、なんておいたわしくも気高いお姿……!」
周囲を見ればクラスメイトの皆様も、
「今日もパトリシア様は神々しい」と拝んでいらっしゃいます。
普通なら「いやインコでしょ」と突っ込む場面ですが、
わたくしも転生者。この世界の『補正』には逆らいません。
むしろ全力で乗っからせていただきます。
(王子様とのロマンス? そんなもの、ふかふかの胸毛の前では無力です!)
わたくし、決めました。 この物語のヒロインとして、
攻略対象の王子様ではなく、あの麗しきパトリシア様をお慕い申し上げます。
あのお方は、この学園の……いえ、この世界の至宝に違いありません。
わたくし、あの方の『止まり木』になり、
一生ひまわりの種を献上し続ける、忠実な従者を目指すと誓います!
「おい、マリア殿。……マリア殿?」
俺の声は空しく教室の天井を滑っていった。
理想のヒロイン、マリア・ローズの瞳は、俺など微塵も映していない。
彼女の熱い視線の先には、
殻をまき散らしながら『ひまわりの種』を無心に貪る一羽のオカメインコ。
俺の婚約者、パトリシアだ。
(……おかしい。何かが致命的に狂っている)
俺は前世の知識を総動員して考えた。
本来、転校生ヒロインは王子である俺と恋に落ち、
嫉妬に狂う悪役令嬢パトリシアにいじめられ、
それを俺が救う……というのが定石のはずだ。 だが、現実はどうだ。
「パトリシア様、その冠羽の揺らめき……
なんと気高く、そして愛らしいのでしょう!」
マリアがうっとりと手を合わせ、パトリシアの止まり木へ一歩、
また一歩と詰め寄っていく。
パトリシアは『カチカチ』と威嚇気味にくちばしを鳴らし、尊大に言い放った。
「馴れ馴れしいわね、新入り。わたくしに近づきたければ、
もっと上質な種を持ってきなさい。……あら、エドワード。
ぼさっとしていないで、わたくしの背中を掻きなさいな。
そこよ、もっと左」
パトリシアが俺の肩に飛び移り、当然のような顔で首を差し出す。
俺は釈然としない思いを抱えつつも、
慣れた手つきでそのふわふわの首筋を指先で解した。
悔しいが、この脂粉の混じった独特の『お日様の匂い』は、
嗅いでいると不思議と心が落ち着くのだ。
(くそっ、やっぱり可愛いなパトリシア……じゃなくて!)
俺はハッと正気を取り戻し、マリアの方を向いた。
今こそ、王子の威厳を見せて彼女の関心を引き戻す時だ。
「マリア殿。パトリシアは少々……いや、かなり個性的でね。
彼女の横暴な振る舞いには、皆苦労しているんだ。
君のような淑女が、こんな鳥……いや、彼女に振り回される必要はない。
放課後、口直しに街で一番の鶏肉料理でもどうかな?」
自信満々に誘った。俺の好物だし、最高に美味い店を知っている。
だが、マリアは悲鳴のような声を上げた。
「……鶏肉料理!? なんて恐ろしいことを!
パトリシア様の前で、鳥を食すなどと……!
王子様、あなたには人の心がないの!?」
「えっ、いや、パトリシアはオカメインコで、鶏とは別——」
「同じ鳥類です! ああ、パトリシア様、お可哀想に!
こんな野蛮な男の指で掻かれるなんて、
屈辱以外の何物でもありませんね。さあ、私の元へ!」
マリアはそう言うと、懐からおもむろに小袋を取り出した。
「ご覧あそばせ。隣国から取り寄せた、
最高級の『殻なし・大粒ひまわりの種』です!」
その瞬間、パトリシアの瞳がカッと見開かれた。
「なっ……! それはルチノー家でも滅多に手に入らない特注品じゃない!」
パトリシアは俺の肩を強く蹴って飛び立ち、
マリアの差し出した手のひらへダイブした。
「気に入ったわマリア! お前、話がわかるじゃない!
エドワード、お前の指はもういいわ。
わたくしは今日からマリアを一番の側近として認めてあげる!」
「パ、パトリシア様ぁ! ありがとうございます、一生ついて参ります!」
「待ってくれ!なんでそんな物を持っている!
まぁそれはいい……
それよりもなんでそんなにすぐ心酔できる!?」
「これですか? わたくしの国では、
ひまわりの種を香ばしく炒ってお菓子にするのが流行っております。
私もこれが大好物で、
いつでも食べられるよう常に懐に忍ばせております。」
「もちろん、パトリシア様にお裾分けする分は、
味付けなど一切していない、
素材の甘みを極限まで引き出した素焼きの最高級品です。
どうぞ存分に召し上がってくださいませ!」
「気が利くじゃない。……サクサク。……ん!
これ、噛むほどに良質な油分とナッツのようなコクが広がるわね。
止まらないわ(ピヨピヨピヨピヨ……)」
「(くっそぉ~、ぴよぴよしやがってぁ~。可愛いな!)」
王子はそう思いながらも、
本来なら俺との会話で盛り上がるはずの初対面が、
完全に『至高の餌付けタイム』と化しているに驚愕した。
しかも、パトリシアが俺にすら見せたことのない
『うっとり顔』でマリアの手のひらに身を委ねているのだ。




