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第三話 欠片は増える

――声は、まだ名前を持たない


単鳴灯は、その夜、夢を見なかった。

正確に言えば――

夢を見た記憶が、なかった。


目を覚ました瞬間、頭の奥がじんわりと痛む。

昨日のような焼ける感覚とは違う。

鈍く、重く、何かが「そこに居座っている」感じだった。


「……最悪」


独り言が、部屋に落ちる。

返事はない。

いつも通りだ。


カーテンの隙間から、朝の光が差し込んでいる。

眩しいほどじゃない。

ただ、確かにそこにある光。


灯は、しばらくそれを見つめていた。


昨日までなら、見なかった。

関係ないからだ。


でも今日は、目が離れなかった。


理由はわかっている。

わかりたくなかったけど。


手を開く。

何もない。


それでも、ある。


触れないのに、触れている。

存在しているのに、存在していない。


欠片。


「……増えてる、よな」


声に出した瞬間、

空気が、わずかに歪んだ。


――クク。


耳元じゃない。

頭の中でもない。

世界の裏側から、擦れるような音。


灯は、動かなかった。

逃げなかった。

昨日なら、確実にそうしていた。


「……誰だよ」


返事は、すぐには来なかった。


沈黙。

長い、長い五秒よりも長く感じる間。


――君が呼んだ。


声だった。

はっきりと、声だった。


男でも、女でもない。

感情が、輪郭を持つ前の音。


「呼んでねぇよ」


――呼んださ。

――“関係ない”って、切り捨てた瞬間に。


灯は、眉をひそめた。


「意味わかんねぇ」


――意味は、あとでいい。

――君は、もう知っている。


昨日。

五秒。

選び取った世界線。

殴った感触。

崩れる敵。


思い出すだけで、頭が痛む。


「……あれは、たまたまだ」


――違う。


即答だった。


――あれは、選択だ。

――そして、代償だ。


灯は、ベッドに座り込んだ。

膝が、まだ痛む。


「代償って……バカになるやつ?」


――それも、含まれる。


含まれる、という言い方が気に入らなかった。


「他にもあんのかよ」


沈黙。

そして、少しだけ――楽しそうな気配。


――たくさんある。

――だから、欠片は増える。


灯は、思わず笑った。

乾いた、短い笑いだった。


「クソ仕様じゃん」


――そうだね。


否定しない。


――でも、君はそれを捨てない。


断言。


灯は、答えなかった。

答えられなかった。


捨てる理由は、いくらでもある。

怖い。

痛い。

面倒だ。

関係ない。


でも。


捨てたら――

昨日の自分に戻る。


それが、ひどく遠く感じた。


「……おまえ、名前は?」


しばらくして、灯は聞いた。

なんとなく、だった。


また沈黙。


――まだ、ない。


「じゃあ、呼びづらいだろ」


――困らない。


「俺が困る」


その言葉に、

声は少しだけ、黙った。


――……。


――なら、いずれ。


灯は、それ以上聞かなかった。


カーテンの隙間から、光が揺れる。

朝は、ちゃんと来ていた。


来ないかもしれないと思っていた明日が、

平然と、そこにあった。


「……なぁ」


――なに?


「世界ってさ」


灯は、少し考えてから言った。


「そんなに、優しくないよな」


――知っている。


即答。


――だからこそ、面白い。


灯は、鼻で笑った。


「性格悪いな」


――否定しない。


その瞬間、

頭の奥の重さが、ほんの少しだけ軽くなった。


欠片は、まだそこにある。

声も、消えていない。


でも――

昨日より、確かに“近かった”。


単鳴灯は、まだ光らない。


だが、

世界は、彼を認識し始めていた。





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