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第一話 世界はそんなに優しくない

ーー


世界は、そんなに優しくない。

少なくとも、

単鳴灯たんなる・ひかるはそう思っていた。

灯は、自分が主人公だと思ったことがない。

別に卑屈なわけじゃない。

期待していないだけだ。

朝は起きる。

歯を磨く。

靴ひもを結ぶ。

それだけで、精一杯だった。

特別な理由なんてない。

生きているから、やっている。

それだけだ。

「……なんで僕、こんなことしてるんだろ」

ふと、そう思うことはある。

でも、答えはいつも同じだった。

関係ない。

彼の世界は、その言葉でできていた。

関係あることだけが、彼を動かす。

関係ないことは、放っておけばいい。

それが、灯の合理だった。

学校でも、職場でも、家でも。

灯はずっと、そうやって生きてきた。

関係ない。

関係ない……

関係な……い。

だから、街が壊れても。

誰かが傷ついても。

灯は、遠くから眺めるだけだった。

胸が熱くなることもない。

冷たくなることもない。

虚空だけが、そこにあった。


その日も、灯は歩いていた。

ただ歩いているだけで、世界が壊れるわけじゃない。

壊れるのは、いつだって世界の方だ。

――そう、思っていた。

けれど、彼の足が止まった瞬間。

世界が、ほんの少しだけズレた。

音が遠のく。

人の動きが遅くなる。

風が、止まった気がした。

灯は、直感で理解した。

「……やばい」

違う。

それは感情じゃない。

脳が、“世界の異常”として認識しただけだった。

ただの危険じゃない。

もっと根源的な、ズレ。

灯は走った。

走るのが、彼にとっての最適解だった。

逃げる。

それが、彼の生き方だった。

だが――逃げ場は、あまりにも狭かった。

角を曲がった瞬間、足がもつれる。

鈍い痛みが走る。

逃げるための足が、裏切った。

「……くそ」

関係ないことに関わる理由なんて、ない。

そう思っていた。

でも、影は動いた。

距離が、縮む。

ただ破壊する者。

人の言葉を話し、

人の形をした、人ならざるもの。

灯は、立ち上がろうとした。

だが、足が言うことを聞かない。

――ここで終わる。

そう思った。

その瞬間、彼の中で、何かが切り替わった。

死にたくない。

それだけの感情が、

彼の脳を支配した。

希望でもない。

勇気でもない。

使命でもない。

ただの、生存欲求。

「……おわりたく、ない」

勝てる理由はない。

あるのは、“死にたくない”だけ。

次の瞬間。

灯は動いた。

いや――意識だけが、先に動いた。

体は動かない。

でも、意識は動ける。

五秒。

時間が、歪む。

無数の世界線の中から、

たった一つを選び取る感覚。

敵の前に立つ。

顔を見る。

   掴む。

      殴る。

「……なんだよ、これ」

相手が、目を見開く。

「ぐぁぁあ……なんだあぁ、おまえ……!」

殴る。

殴る。

殴る。

拳の先で、相手が崩れていく。

光の速さで。

脳が焼ける。

頬がヒリつく。

意識が、飛びそうになる。

そのとき、灯は理解した。

――これは、代償だ。

五秒間だけ、世界を選ぶ代償。

世界が、元に戻る。

灯は、その場に立ち尽くした。

そして、遠くから声が聞こえた。

「ククククク……ズルいじゃないか」

それは、世界の声じゃない。

誰かの声でもない。

薄気味悪い、絶望の声。

「でも――やっと見つけたぞ」

灯は、その声の正体も分からないまま、

ゆっくりと立ち上がった。

その手の中に、

いつの間にか――

重さはない

一つの欠片が、握られていた。









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