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最後の街で

 先日、王都に舞い戻って準備をして一ヵ月。旅もいよいよ終盤に差し掛かっていた。


 僕たちは魔王城にたどり着く前の、最後の街への道を進んでいる。空は晴れ渡り、真夏の日差しが強く照りつけている。


「ミーニャ、暑くない? 大丈夫?」


 リリアナが腕の中の僕の毛皮の感触を楽しみながら尋ねる。


「ニャア」


 僕は小さく鳴いて返事をする。


「ふふ、元気そうですね」


 リリアナの優しい手つきが心地よい。僕はこの温もりに身を委ねていた。


 その時、僕の見ている景色は突然落下したかのように下へとズレる。


「リリアナ、そろそろ疲れただろう。代わろう」


 そう言うとカタリナは有無を言わさず僕をひょいと持ち上げて、自分の腕に収めた。


「あら……」


 リリアナが少し残念そうな表情を浮かべる。


「ふむ。……しかし進化して以降、重さが変わらないな。成長はしないのか。……次の進化が楽しみだな」


 楽しみにしてもらってるところ悪いけど、僕はずっとこのままの予定だ。


「ちょっと待ちなよ。リリアナの前もお前が抱いてただろ?次はアタシじゃないか?」


 ノエルが割り込んできた。


「順番? そんなものは——」


「あるんだよ。さあ、ミーニャ。こっち来な」


 ノエルが僕を抱き上げる。カタリナが、む……と固まったが諦めたように歩きだす。


「……ノエル、お前というやつは」


「いいじゃん。アタシだって可愛がりたいんだから」


 ノエルは僕を抱きしめて頬擦りをしてくる。くすぐったい。


「あらあら、二人とも仲良くしてくださいね」


 リリアナが苦笑しながら言う。


 レオンは三人のやり取りを見て、苦笑していた。


「ミーニャは人気者だな」


 苦笑するレオン。一応僕たちはもうすぐ魔王と相対する訳だけど、なんとも緩い雰囲気である。









 一旦、木陰で休憩を取ることになった。


 昼過ぎの日差しは強く、みんな木の下で涼んでいる。僕もその隅で丸くなっていた。香箱座りをして、腹をくすぐる柔らかい草の感触を楽しんでいる。


 ……これまでの旅を振り返る。


 カタリナを救った時のこと。経験値分配を避けて距離を取ろうとしただけなのに、結果的にゴブリンの放った矢から彼女を助ける形になった。


 リリアナを救った時のこと。自分のレベルを下げたくて薬草を探していただけなのに、偶然彼女が呪いで苦しんでいて、薬草が彼女を救った。


 ノエルの幼馴染を救った時のこと。廃棄の薬品が欲しくてスラムに向かっただけなのに、薬師が襲われていて成り行きで助けた。


 結果として三人の好感度は原作以上だ。進化さえしなければ問題ない。むしろ良いことだ。


 僕はふと目の前の木を見上げた。高い枝が見える。


 僕は極端な前傾姿勢になり、バネのように体を弾ませて枝に飛び乗ろうと試みる。……しかし全く届かず、僕は重力に従い地面に着地する。


 原作のこの時期のミーニャなら、あの高さでも軽々と飛び乗れるほどの身体能力を有していたはずだ。戦闘にも補助的だが参加していた。


 僕は原作のミーニャより明らかに弱い。ここまでやってきた対策は意味を成していたようだ。


 魔王を倒してある程度の経験値分配を受けても、これだけ抑えられているなら進化することはないだろう。


 あとは魔王を倒すだけ。そうすれば原作と違う、みんなに嫌われない未来が待っている。


 僕は希望を胸に抱く。もうすぐだ。もうすぐ僕の望む未来が手に入る。









 パーティは魔王の居城への道中、最後の町の宿に到着した。


 夕食の時間。みんなでシチューを食べている。


 リリアナがレオンの隣の席を確保していた。カタリナの額に青筋が浮かぶ。ノエルはレオンの向かい側に座った。


「レオン、どうぞ」


 リリアナが無邪気にスプーンを差し出す。


「い、いや、自分で——」


「遠慮しないでいいんですよ?」


 レオンが困惑しながらも受け入れる。


 その時、リリアナが気づいた。


「あ、レオン。口の横にシチューがついてます」


 リリアナがハンカチを取り出してレオンの口元に近づく。距離が近い。


 カタリナがリリアナの手首を掴んで制止した。


「リリアナ、少し落ち着け」


 カタリナがリリアナを睨む。リリアナは特に動じず平然としている。


「あら、何かありましたか?」


「……私が拭う」


 カタリナが自分のハンカチを取り出そうとした瞬間、ノエルが二人の間に手を入れてレオンの口元を自分の指で拭った。


 カタリナが驚いて固まる。


「な、ノエル!?」


「別に誰だっていいだろ?」


 出し抜いたノエルは笑みを浮かべている。


 レオンが困惑する。


「自分でできるって……」


 カタリナとノエルの間に緊張が走る。


「……お前、いつもと様子が違うぞ」


「別に。気のせいじゃない?」


 ノエルは視線を逸らす。場の空気が微妙に重くなった。


 リリアナだけが飄々としている。


「まあまあ、みんな仲良くしましょうよ」


 レオンが話題を変えようとする。


「そ、そうだな。明日はいよいよ魔王の居城だ。気を引き締めないと」


 僕は三人のやり取りを見ていた。


 魔王撃破のめどが立って、旅の終わりが近づいているからか、ヒロインレースも激化している。









 深夜。


 僕は眠ったふりをしている。起きていると誰かに構われてしまうのだ。嫌ではないのだが、一人で静かにしたい時もある。


 宿屋の部屋で、パーティの四人が集まっていた。ノエルが集めたようだ。


「……話がある」


 ノエルの声は普段の軽さがなく、切迫していた。


「どうした、ノエル」


 レオンが尋ねる。


「レオン、アンタに言いたいことがある」


 ノエルはレオンを真っ直ぐ見つめた。


「誰にするのか、もう決めて」


 その言葉に、場の空気が凍りついた。


 レオンが困惑する。


「ノエル、それは——」


「このままじゃダメなんだよ。魔王を倒した後もずっと旅を続ける訳じゃないだろ?」


 ノエルの声が震えていた。


「アタシたちはバラバラになるかもしれない。その前にアンタの答えが欲しい」


 レオンが三人の顔を順番に見た。


 カタリナは真剣な眼差しでレオンを見つめている。


 リリアナは普段と変わらぬ表情で待っている。


 ノエルは切迫した表情でレオンを見ている。


 レオンが言葉に詰まった。


「……俺は」


 ずっとわかっていた。三人が自分を想っていることは。時折、自分を取り合っている様子すらあった。だからいつか決着をつける必要があることも。


「魔王を倒したら、決める」


 レオンの声には迷いが滲んでいた。


「……それまでに、必ず答えを出す」


 ノエルが目を伏せる。


「……わかった」


 カタリナも同調し、リリアナも特に否定はしない。その方針で決まった。


 沈黙が部屋を支配する。


 僕は眠ったふりをしながら、彼らのやり取りを聞いていた。


 原作通りだ。漫画でもノエルが言い出していた。


 しかしこの先は未知の展開になる。僕が進化することはないのだから。









 早朝。


 パーティが出発の準備をする。昨日の街までの道中とは異なり、緊張感のある空気が流れていた。


 宿を出て、街道を進む。


 道の先、しばらく歩くと地平線の向こうに黒い城が見えてきた。


 魔王の居城。


 城からは禍々しい気配が漂っている。視界に入るだけで背筋が冷たくなる。


 カタリナが剣の柄を握り締めた。


 リリアナは穏やかな微笑を引っ込め、城を見つめる。


 ノエルはレオンの横顔を見つめている。


 レオンが真剣な表情で城を見据えた。


「行こうか」


 レオンが一言告げると再びパーティが歩き出す。


 僕も決意を胸に、魔王の居城へと向かった。

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