王都にて
長い列待ちを終えて王都の門をくぐる。
石造りの巨大な門を抜けると、街の喧騒が一気に押し寄せてきた。商人の呼び込み、馬車の車輪が石畳を叩く音。あちこちから人の声と匂いが入り混じり、森や街道とはまったく違う活気に満ちた空間が広がっていた。
僕はリリアナの腕の中で、その光景をぼんやりと眺めていた。初夏の日差しが暑くもなく寒くもなく心地よい。
「……久々の王都だな。想定以上に時間がかかったが」
レオンが前方を歩きながら呟く。
「結局ノームでは装備を整えられなかったからな。戦闘を避けていたから仕方あるまい」
カタリナが答える。元はノームで装備のメンテナンスや備品の補充を済ませる予定だったが、念のため呪いを受けた死にかけたリリアナの経過観察を行うべきだという話になって王都に戻ってきたのだ。
「でも無事に着けてよかったです。……ミーニャも疲れてませんか?」
リリアナが僕の頭を優しく撫でる。
「ニャ」
僕は小さく鳴いて返事をする。大丈夫だよという意味をこめて。
「まずは宿を探すか。前に泊まったところに空きがあればいいが」
レオンの言葉に全員が頷く。
石畳の街を進んでいくと、建物が立ち並ぶ通りに宿屋の看板が見えた。二階建ての木造で清潔そうな外観。パーティのみんなは慣れた様子で宿に入っていく。
そして——。
僕は内心で密かに計画を練っていた。
この王都には例の薬草に次ぐレベル抑制のための手段があるのだ。
もちろん原作の知識だ。……この王都には例にもれずスラム街が存在している。そしてそこには物語の後半で関わってくる薬師が存在しているのだが……。その店の裏には使い物にならない失敗作の廃棄場がある。
そしてその失敗作は二種類しかない。片方はなんの効果も示さない色のついた水と同様のモノ。僕が求めているのはもう片方。
それは取得する経験値に大幅な下降補正がかかるというシロモノ。薬師はこれの逆である強くなれる薬品の作成を目指しているので、本人にとっては完全なゴミだが……僕にとっては喉から手が出るほど欲しい。
部屋に荷物を置く。
2つの部屋を借りて、男女で分かれる形だ。僕は女性陣の部屋の隅でリリアナにぬいぐるみのように抱えられている。
「さて、各自の予定を確認しておくか」
男性側の部屋から顔を出したレオンが言った。
「俺は装備のメンテナンスに行く予定だ。剣は平気だが……他がどうにもな」
言い出したレオンが自らの予定を付け加える。ちなみに彼の持つ聖剣はメンテナンスなど不要だ。
「あ、それなら私も同行しよう。剣も鎧もこのままではな……」
カタリナの言葉にレオンが頷く。そしてカタリナの顔に、ほんの少しだけ嬉しそうな表情が浮かぶ。
「私も付いて——」
リリアナが言いかけた瞬間。
「リリアナ、お前は神殿に行かねばならないだろう」
カタリナが食い気味に指摘する。
「あ……そうでした」
リリアナが少ししょんぼりとした様子で頷く。きっとレオンと出かけたかったのだろうけど……彼女の経過観察は王都に舞い戻ってきた理由の1つだし仕方ない。
「アタシはちょっと用事があるから、一人で出かけることにするよ」
ノエルが小さく呟く。
カタリナが一瞬、驚いたように視線をノエルに向ける。
いつもならノエルもリリアナのようにレオンについていこうとするはずだ。それなのに今回は興味も示さず一人で出かけると言う。カタリナの目に疑問の色が浮かんでいたが、それを口にだすことは無かった。
「わかった。それじゃあリリアナは神殿、カタリナは俺と装備の修理、ノエルは用事、ミーニャは……王都なら安全だろうし宿で留守番でいいか?」
レオンの言葉に、僕は小さく鳴いて返事をする。
猫らしく興味なさげに返事したが内心では小躍りしていた。
一人になれる。
これはチャンスだ。
みんなが出かけて、僕だけが宿に残る。スラム街を探索して例の薬師の店を探す時間ができる。
「それじゃあ、行くかカタリナ」
レオンとカタリナが部屋を出る。立ち上がったレオンに付いていくカタリナの足取りは彼女の感情を反映してか跳ねるようだ。
「私も神殿に向かいますね。ミーニャ、いい子にしてるんですよ?」
リリアナが僕の頭を一撫でしてから出て行く。
「じゃ、アタシも行ってくるわ」
ノエルもそう言って部屋を出た。
部屋に残されたのは僕だけ。
静寂。
僕は窓から外を見る。街は相変わらず賑やかだ。
みんなが戻る前に行って、戻ってこよう。
僕はしばらく時間をおいて、みんなが戻ってこないのを確認してから部屋を抜け出した。
レオンとカタリナが装備屋に到着する。
店の前には剣や鎧が飾られている。職人の手によるものだろう、目につくところに飾られているだけあって、どれも精巧な作りだ。
「いらっしゃい。勇者様にカタリナ様、お久しぶりです」
店主が二人を迎える。
「装備のメンテナンスを頼みたい」
レオンが肩当て等の剣以外を見せる。
「私は全部だな。剣に盾……この鎧も頼みたい」
カタリナも答える。
「かしこまりました。少々お時間をいただきますが、よろしいですか?」
「ああ、構わない」
レオンが頷く。
「では仕上がりまで、少しお待ちください」
店主が奥へと消える。
「さて、時間が空いてしまったな。」
レオンがカタリナに尋ねる。
「……食事にでも行かないか?」
カタリナが少し照れたような表情で提案する。
「ああ、いいな。食堂にでも向かおうか」
レオンが笑って答える。
カタリナの表情が、ほんの少しだけ明るくなる。
レオンと二人きり。
今は他の二人がおらずレオンと二人きりの貴重な機会だ。ノエルの行動は少し気になったが、今はレオンとの時間を大切にしたい。
二人は装備屋を離れ、街の食堂へと向かった。
僕は宿の窓からこっそり外に出て、王都の街を歩いていた。
猫である僕は、人の足元を避けながら裏路地へと進んで、スラム街を探す。
街の雰囲気が徐々に変わっていく。あてもなく歩いていたけどどうやら当たりみたいだ。
賑やかだった商店街を抜けると、建物が古くなり道も狭くなっていく。人の目つきが険しくなり、ガラの悪い人間とチラホラすれ違う。
スラムと聞いて想像できる危険な場所だ。……まぁそこらへんを歩いてる猫にわざわざ危害を加えるようなヤツは多くないので大した問題はないけど。
裏路地を進んでいく。
道の両脇には古びた建物が並び、窓は割れているものも多い。ゴミが散乱し、匂いも悪い。猫の鼻にはちょっとキツいな。
そして——。
本格的にスラム街の中心に入る。
治安の悪さを目の当たりにする。僕が人のままだったら踵を返していそうだ。
しばらく彷徨っていたが角を曲がったところでついに薬屋の看板が見えた。古びた木の看板に、薬草のマークが描かれている。
朧気だけど漫画でもこんな光景だった気がする。
店の裏に回ってみると廃棄場らしき場所があった。古い木箱や瓶が積まれている。薬品の作成の行程で生まれるゴミらしきものが乱雑に置かれている。……けど肝心の廃棄薬品らしきものは見当たらない。
僕は廃棄場の近くに隠れる。建物の影に身を潜め、薬品が廃棄されるのを待つことにした。最悪見られても猫がいるだけだし。
……時間だけが経過していく。薬師の店に時折、出入りはあるけどただの客だろう。何かしら買ったり話したりして何事もなく店を出ていく。
まだ廃棄される様子はない。……日差しが少しずつ傾いてきた。午後になったのだろう。
僕は丸くなってじっと待ち続ける。
いつ廃棄されるかわからないが、待つしかない。
これでレベル抑制の新たな手段が手に入ると考えれば待つのも苦ではない。
廃棄場のそばで、僕は待ち続けた。
スラム街に落ちる影が長く伸びていく。
そして更に時間が経ち、そろそろ宿に戻ることを視野に入れていた頃、事態は動いた。ガラの悪い男たちが剣呑な雰囲気をまといながら店に入っていき、少しすると言い争うような声が聞こえたのだった。




