原作知識を活かしてみよう
進化してから2週間ほどが経った。
今日も僕はカタリナの肩に乗せられて街道を歩いている。
「……次はノーラだな。明日には到着したいな」
前を歩くレオンが地図を確認しながら呟いた。
ノーラ。
その街の名前を聞いて、僕の中で何かが引っかかった。聞き覚えがある気がする。きっと原作で何かあったんだろうけど。
「ノーラか。あの街は装備の質がいいって聞くね」
ノエルが興味深そうに言う。
「補給もしたいですね。薬草の在庫も怪しくなってきました」
リリアナが穏やかに言った。
ノーラ、ノーラ……。
僕は頭の中でその名前を繰り返していた。どこかで聞いた気がする。原作の知識だろうか。
その時だった。
ざわり、と背筋に冷たいものが走った。嫌な予感。危険な気配。
「ニャア!」
僕は声を上げた。
「警戒しろ!敵だ!」
レオンがすぐに反応する。みんなが身構える。
森の中から、ブンブンと羽音が響いてきた。
「……数が多いぞ!」
カタリナが剣を構えた。僕は彼女の肩から飛び降りて少し距離を取る。
森の奥から現れたのは、腕ほどの大きさの蜂の群れ。二十匹以上はいる。
「レイジビーか。厄介だな」
レオンが呟いた。
「こーいうのはアタシの役目だね!」
ノエルが杖を構えて広範囲に炎の魔法を放つ。爆発音と共に大半の蜂が焼け落ちる。
残った蜂が四人に襲いかかる。カタリナが盾ではたき落とし、レオンが器用に剣で斬り払う。リリアナは後方で回復魔法の準備をしている。
僕は少し離れた場所から戦闘を見守っていた。レベル抑制のために経験値分配を避ける。この行動はもう定着しつつある。
戦闘は順調に進んでいた。蜂の数が減っていく。
あと少しで終わる。そう思った瞬間——。
「っ!」
リリアナが小さく声を上げた。
見ると、彼女の腕に一匹の蜂が針を刺していた。リリアナが手で払うと、蜂はそのまま地面に落ちて動かなくなる。
「リリアナ!」
「大丈夫です。痛いですが……レイジビーの刺し傷なら問題ありません」
リリアナは落ち着いた様子で答えた。
「最後の一匹だ!」
レオンが叫び、最後の蜂を斬り伏せた。
戦闘が終わる。
「……リリアナ、本当に大丈夫か?」
カタリナが心配そうに聞く。
「ええ。この毒は大したものではありません。簡易的な治療魔法で十分です」
そう言ってリリアナは自分の腕に治療魔法をかけた。淡い光が腕を包み、刺された痕が消える。
「よかった。念のため様子を見ておこう」
レオンが言った。
僕は少し離れた場所からその様子を見ていた。
レイジビーの刺し傷。大した毒じゃないらしい。リリアナも問題ないと言っているなら大丈夫だろう。
それよりも気になるのは、さっきの街の名前だ。
ノーラ。
その名前が頭から離れない。
「ミーニャ、最近戦ってる時どっか行ってない?」
ノエルが僕に気づいて言った。
「警戒してくれてるんじゃないか?」
レオンが笑って言う。
そうだと思っててくれるなら助かる。僕は小さく鳴いて返事をした。
「さて、もう少し歩いたら野営にしよう」
レオンの指示でパーティは再び歩き始めた。
野営地に到着したのは夕方だった。
カタリナが薪を集め、レオンが焚き火を起こす。ノエルとリリアナが食事の準備を始める。
リリアナの腕の刺し傷は問題なさそうだ。彼女は普段通りに動いている。
僕は焚き火の近くで丸くなりながら考え続けていた。
ノーラ。
その名前が引っかかる。もう喉まで出かかってるんだけどなぁ。
僕は前世の記憶を辿っていた。あの漫画の内容。断片的に思い出される場面。
勇者パーティの冒険。三人のヒロインの恋愛模様。そして——。
……そうだ。
僕の中で記憶が繋がった。
ノーラと前の街の間の森。この地域には特殊な薬草が生えている。
その薬草は高い治療効果を持つが、引き換えに服用者のレベルが下がる。
原作では依頼されて、この薬草を求めノーラ近辺の森に向かう場面があった。詳しくは覚えていないけれど、この地域に薬草があることは確かだ。
そして僕は薬草の見た目も覚えている。漫画に描かれていた特徴的な形。青白い葉に赤い斑点。
……これは使える。
レベルダウンの効果がある薬草。それを手に入れれば、僕の目的に利用できる。
進化を避けるために経験値を避けているけれど、それだけでは不安だ。もし手に入れられるなら、さらに確実な手段になる。
場所は……原作では具体的な場所までは描かれていなかった。でも"この地域にある"という知識だけでも十分だ。
探せば見つかるかもしれない。
「ミーニャ、ご飯ですよ」
リリアナが僕を呼んだ。
僕は焚き火の方へ向かい、差し出された食事を食べる。けれど頭の中は薬草のことでいっぱいだった。
夕食が終わり、パーティメンバーたちは休息の時間に入る。
「今日は俺が見張り番をやろう」
レオンがそう言って、焚き火の近くに座った。
「じゃあ、お言葉に甘えて休ませてもらおう」
カタリナが言い、リリアナとノエルも同意した。
三人はそれぞれ眠りにつく準備を始める。
僕も寝る振りをして目を閉じた。けれど眠る気はない。
レオンが焚き火の方を向いている。彼の視線は森の方を警戒している。
今なら抜け出せる。
僕はゆっくりと体を起こした。リリアナの寝息が聞こえる。カタリナもノエルも眠っている。
レオンの背中が見える。彼は森の方を見ていて、僕の方は向いていない。
今だ。
僕は音を立てないように野営地から離れた。足音を消して、慎重に。
焚き火の光が遠ざかる。森の闇が僕を包む。
振り返ると、野営地の明かりが小さく見えた。
レオンは気づいていないようだ。僕が寝ていたところは影になっているし、この先も問題ないだろう。
僕は森の中へと進んでいった。
自分のレベル抑制のために。未来を変えるために。
薬草を探しに。
森の中は暗かった。
月明かりがわずかに木々の隙間から差し込むだけ。けれど猫の視力に闇は問題にならない。地面をしっかりと踏みしめて進んでいく。
薬草の見た目は覚えている。青白い葉に赤い斑点。見つければすぐにわかる。
けれど問題は、どこにあるかわからないことだ。
原作では"この地域にある"としか描かれていなかった。具体的な場所は知らない。生息環境の手がかりもない。
僕は手当たり次第に探し始めた。
森の中を歩き回る。草むらを覗き込む。木の根元を調べる。
けれど見つからない。
時間だけが過ぎていく。
……もっと探さないと。
僕は探索範囲を広げて、危険そうな場所にも踏み込むことにした。
まずは崖の近く……足元が不安定だ。小石が転がり落ちる音が聞こえる。
慎重に進んでいく。けれど足を滑らせそうになる。ぎりぎりで踏みとどまって崖の下を覗き込む。深い。きっと落ちたら助からない。
次は茨の道。
鋭い棘が僕の毛皮を引っかけて痛い。
それでも進む。茨を掻き分けて奥へ。
毛皮が何箇所も引っかかり、傷がつく。血が滲む。
けれど薬草は見つからない。
洞窟の近く。
奥から獣の唸り声が聞こえる。危険な匂いがする。
近づくのは怖い。けれど薬草があるかもしれないから勇気をだして進んでいく。
入り口付近を慎重に探る。
唸り声が大きくなる。まずい。
僕は急いでその場を離れた。
体はボロボロになっていく。傷は増え、疲労が蓄積する。
それでも諦めたくない。三人に嫌われる未来を回避するために。
僕は探し続けた。
どれくらい時間が経っただろう。
もうわからない。ただひたすらに探し回る。
そして——。
崖の下の岩場。
月明かりがわずかに照らすその場所に、僕は見つけた。
遠いけど特徴的な見た目だからわかる。青白い葉に赤い斑点。
……例の薬草だ。
僕は慎重に崖を降りた。足を滑らせないように。
岩場に到着する。
目の前に薬草がある。
僕はそれを咥えてそっと引き抜いた。
……やった。
達成感が込み上げる。苦労して探した甲斐があった。
これで恐ろしい未来の回避に一歩近づいた。
僕は薬草を咥えたまま崖を登り始めた。
体はボロボロだけれど、気力が湧いてくる。
野営地に戻ろう。
僕は来た道を辿り始めた。
森の中を進む。
体は傷だらけで、疲れ果てている。けれど薬草を咥えている口の感触が、僕に力を与えてくれる。
遠くに光が見えた。
野営地の焚き火だ。
ようやく戻れる。
僕は安堵の息を吐いた。
傷だらけの体を引きずりながら、焚き火の光に向かって進む。
僕は薬草を大切に咥えたまま、野営地へと歩を進めた。
焚き火の光が近づいてくる。
もうすぐだ。
僕は希望を胸に、最後の力を振り絞って野営地へと向かった。




