原作の結末
夕陽が街道を橙色に染めている。
僕はリリアナの腕に収まりながら、パーティのメンバーを眺めていた。先頭を歩くレオン。その隣で地図を確認しているカタリナ。少し後ろで杖を持つノエル。そして僕を抱いているリリアナ。
視力を得て初めて見た四人。その姿を見ながら僕はどうしてこうなっているかを思い返していた。
……僕は前世では男だった。ごく普通の人生を送っていた。死んだ記憶すらない。ただある日、目覚めたら異世界にいた。
そして僕は魔物に転生していた。視力が未発達で、周囲がほとんど見えなかった。ぼやけた光と色の違いを頼りに森の中を彷徨っていた。
空腹だった。不安だった。
何をすればいいかわからないままに、ただ森を歩き続けた。自分が何者なのかもわからないまま。
そして——。
あの日のことを思い出す。
森の中で大型の魔物に遭遇した時のことを。姿はぼんやりとしか見えなかったが、大きさと気配だけでもソレと僕は捕食者と被食者の関係にあるのは明らかだった。
逃げることもできなかった。どこに逃げればいいかもわからず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
絶体絶命だった。
その時、森の向こうから声が聞こえた。剣と魔法の音。戦闘の気配。少しして目の前の大きな影から爆音がして、うめくような声を発するのもわかった。
駆けつけたのはレオンのパーティだった。
彼らが魔物を倒してくれた。そして戦闘が終わった後、リリアナが僕を見つけた。
「あら……こんなところに子猫が」
リリアナが僕を拾い上げた。温かい腕に包まれる。
「この子……連れて行っちゃダメですか? 一人ぼっちで可哀想です」
リリアナの提案に、カタリナとノエルが賛成してくれた。
「……襲われてる最中だったか?運のいい猫だ。捨て置けば生き抜けまい。」
「可愛いし、いいんじゃない?」
レオンも同意してくれた。
「わかった。連れて行こう」
そうして僕はパーティの一員になった。リリアナが「ミーニャ」と名付けてくれた。ミーミーニャーニャーと鳴いているからと安直な理由だったが嬉しかった。
それから、パーティの一員として旅をしてきた。
助けられなければ、僕は死んでいた。四人に救われたんだ。
僕は今、リリアナの腕の中で四人の背中を見ながら、その時の安堵感を思い出していた。
「見えてきたぞ。あれが次の街だ」
レオンの声がして、僕は顔を上げた。街道の先に街の入口が見える。門と城壁。行き交う人々。
パーティは街に入った。レオンが宿屋を探し、リリアナが僕を抱いたまま歩く。カタリナとノエルが街の様子を観察している。
「あそこの宿にしよう」
レオンが指差した先に、看板の出た建物があった。
宿屋のカウンターでレオンがチェックインの手続きをする。鍵を受け取り、階段を上って部屋に入る。
パーティメンバーが荷物を置く。カタリナが鎧を外し、ノエルが杖を壁に立てかける。リリアナが僕を用意された毛布の上に下ろす。
「さて、夕食を取ってこよう」
レオンの言葉に全員が頷いた。
夕食を終えて部屋に戻ると、パーティメンバーは明日の予定を話し始めた。
僕は毛布の上で丸くなりながら、四人のやり取りを見ていた。
レオンが地図を広げている。カタリナが次の目的地について意見を述べている。ノエルが補給品のリストを確認している。リリアナが頷きながら聞いている。
僕は暇になったので、昼に気付いた前世の漫画の記憶を掘り返してみる。
タイトルは思い出せない。無料漫画アプリで適当に読んでいただけだったからそんなもんだ。けれど内容はある程度だけど覚えている。
ギャグ系のラブコメ漫画だった。勇者パーティが魔王討伐の旅をするという冒険譚がベースで、パーティのコメディ的なやり取りがメインだった。
リリアナが猫型の魔物を拾い、保護を提案する。パーティに加入した猫は、旅の途中でレベルアップして少し大きい猫型に進化する。
うむ。いまのところは原作の展開をなぞっているな……大体の状況が今の状況と一致している。
僕は更に記憶を深堀りしていく。……そうだ!確か原作のミーニャは物語の終盤で更に進化するんだ。たしか次は人型だ。ネコミミ付きの美少女になっていた。
そうか。僕はこのままいけば、また人に戻れるのか。いや、女の子だけど。
それでも嬉しいな。ニャーって返事じゃなくて他の四人ともちゃんと話してみたいし。
そこまで思い出したところで、その続きの記憶も蘇ってきた。
——あの漫画の結末が。
ついに魔王を撃破することに成功した勇者パーティ。
倒したことにより経験値的な何かが分配されたのか、ペットのミーニャが突如光り輝く。そして光の塊が人の大きさくらいに伸び、光がおさまるとそこにいたのはネコミミ美少女。
そして三人からのアプローチを優柔不断に躱し続けていた勇者は人になったミーニャに一目惚れして求婚してしまった。
勇者が進化したペットに告白する。
三人のヒロイン——カタリナ、リリアナ、ノエル——が全員敗北する。
愛されていたはずのペットが三人に罵倒されている場面を思い出す。
カタリナが「畜生」と呼ぶ。リリアナが「クソネコ」と呼ぶ。ノエルが「アバズレ」と呼ぶ。
そして勇者と飼い猫が結ばれて終わる。勇者を掻っ攫ったミーニャは他のヒロインに蛇蝎のごとく嫌われてしまう。
……そうだった。そういう結末だった。
僕は毛布の上で体を丸めたまま、背筋が凍るのを感じる。
今の状況は原作と一致している。リリアナに拾われた。パーティに加入した。進化した。
このままいけば、僕はさらに進化して人型になる。そしてレオンに告白される。
そしてミーニャは、僕は三人に嫌われてしまう。
今、優しく僕を撫でてくれている三人が。温かく僕を抱きしめてくれている三人が。僕を家族のように扱ってくれている三人が。
僕を憎むようになる。
僕の喉が詰まる。息が苦しい。
嫌だ。そんな未来は嫌だ。
「ミーニャ、こっちにおいで」
リリアナが僕を呼んで、膝の上に乗せた。優しく頭を撫でられる。
「よしよし」
カタリナが僕の頭を軽く撫でる。
「……柔らかい」
ノエルが僕の耳を触る。
「あざといねぇ」
三人の優しさが、今は怖い。
原作通りに進めば、この優しさは憎しみに変わる。この温もりは冷たくなる。この笑顔はゴミを見る目になる。
僕は三人に嫌われたくない。
絶対に嫌われたくない。
「さて、そろそろ寝よう。明日も早いからな」
レオンの言葉で、パーティメンバーが眠りの準備を始める。
僕はリリアナの部屋に運ばれて毛布の上で丸くなった。
部屋の明かりが消え、静寂が訪れる。
僕は目を閉じながら考えていた。
どうすれば未来を変えられるだろう。どうすれば三人に嫌われずに済むだろう。
まだ具体的な方法は見つかっていない。けれど、このままでは嫌だという強い意志だけは持っている。
僕は暗闇の中で、未来を変えるという決意をしつつ眠りに落ちた。




