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エピローグ

 「ミーニャ、紅茶が入りましたよ」


 後ろからリリアナの声がする。振り返ると、彼女が淹れたての紅茶を手に微笑んでいた。


「ありがと」


 紅茶を受け取って一口飲み、窓から外を見ると青空が広がっていた。


 僕は新しい家の居間で、柔らかな陽射しを浴びながらぼんやりと外を眺めている。



 

 魔王を倒してから数週間が経った。


 あの日、王都に凱旋した僕たちは、王宮で褒章授与式に臨んだ。魔王討伐の功績を讃えられ、それぞれが褒章を受け取る。レオンとカタリナは王族の護衛部隊の役職を与えられた。隊長がレオンで副隊長がカタリナらしい。立場を得ることを嫌ったノエルとリリアナは金銭での褒章を選んだ。ちなみに人型になったから、ついでに僕も少し受け取ることになった。断ったんだけど4人から役に立ってくれた仲間なのにと言われて固辞しきれなかった。


 ノエルはその金を持って冒険者に戻った。とはいえ、もはや浪費しなければ働く必要が無いので、過去程ギラギラした感じで活動しているわけじゃないみたいだけど。


 リリアナはこの家を購入して、僕と二人で住み始めた。特に話はしていなかったけれど、リリアナの家に連れていかれ、「ここがミーニャの部屋です」なんて言われて有無を言わさず一緒に住むことが決まってしまった。


 平和な日常。


 リリアナが自分の分の紅茶も用意してテーブルに着く。二人が向かい合って座る形となる。


 カップを口元に運び、改めてもう一口飲む。ほのかな甘みと香りが口の中に広がった。美味しい。……なんで僕が淹れるのとこんな違うんだろ。


 リリアナが僕を見てニコニコしている。自分の淹れた紅茶を飲む僕を嬉しそうに眺めている。満足げな表情を見せると、リリアナの笑顔がさらに広がった。


 穏やかな時間が流れる。


 不意にリリアナが立ち上がった。僕の後ろに回り込んでくる。


 そして——。


「よしよし」


 ネコ耳をくしくしと丁寧に撫でられる。


 人型でこうされるとちょっと恥ずかしい。猫の時は平気だったのに。でも嫌ではない。むしろ心地よい。


「んー……。」


 僕の顔が少し熱くなる。


「ふふ、可愛いです」


 リリアナが楽しそうに笑った。


 僕は紅茶を飲みながら、この穏やかな時間が続けばいいと思った。









 玄関のドアがノックされる音が響いた。


 リリアナが立ち上がって応対に向かう。僕は居間で待っている。


「あら、ノエル。お元気そうですね」


 リリアナの声が聞こえた。


「久しぶり……って程でもないか。ちょっと寄ってみたんだ」


 ノエルの声だ。僕は嬉しくなって居間から飛び出した。


「ノエル!」


 玄関に立つノエルに駆け寄る。


「よう、ミーニャ。元気そうじゃん。……リリアナのとこ嫌になったらアタシんとこ来てもいいからな?」


「ダメですっ」


 ノエルがからかい、憤慨するリリアナ。そして少しじゃれ合うとノエルが用件を切り出した。


「ミーニャ借りていい?連れていきたいトコあんだよね」


「うん、行く!」


 僕は即答する。


「気をつけてくださいね」


 リリアナが微笑んで見送ってくれた。


 ノエルと二人で王都の街を歩く。人通りの多い通りを抜けて、段々と雰囲気が変わっていく。


「色々落ち着いたし、ミラんとこでも行こうと思ってさ。……で、今のミーニャ見せたら面白そうじゃん?」


 ノエルが言った。


「ミラさん?」


「覚えてるだろ、アタシの幼馴染の薬師」


 僕が薬を手に入れるために助けた人だ。


「うん、覚えてる」


 二人でスラム街へ向かう。以前とは違って昼間なので、雰囲気は幾分か穏やかだ。万が一不埒な輩がいたところで、探知能力に長けた僕と、遠距離攻撃に特化したノエルに触れることすら叶わないだろう。


 見覚えのある建物が見えてきた。ミラの店兼自宅だ。


 ノエルがドアをノックする。


「はいはい、やってるよ……っとノエルか」


 店主の顔をしたミラがノエルの姿を認めると幼馴染の表情になる。それから僕を見て首を傾げた。


「で、そっちのは?」


「ミラ、この子がミーニャだよ」


 ノエルが説明すると、ミラの目が見開かれた。


「え、あの子!?猫だったろ!?……あ、いやでも魔物だったな……。ってことは進化か……。えぇ、こうなんの?」


 ミラが驚きながら近づいてくる。そして優しく僕の頬をムニムニと揉みこむ。


「わぁ、随分可愛くなったねぇ。元から愛らしかったけどさぁ」


 ミラが微笑む。僕は少し照れた。


「さ、中に入って」


 三人で家の中に入る。簡素だけど清潔な部屋。ミラがお茶を淹れてくれた。


「それで、旅はどうだったの?」


 ミラが尋ねる。


「まぁ、色々あったよ。なんとか魔王も倒した」


 ノエルが答えると、ミラが目を丸くした。


「聞いちゃいたけど、お前が英雄の1人ねぇ……。随分立派になったもんだ。」


「ミーニャも頑張ったんだよ。……なんならこの子がトドメを刺したんだ。それが無きゃ今頃私もお陀仏でさ——」


 ノエルが僕の肩を叩いて旅の話を続ける。


 三人でしばらく談笑する。魔王討伐の話、王都での褒章授与式の話。


 ふとミラが訊いてきた。


「そういや勇者はどうなった?……あれから進展はしたの?」


 空気が少し変わる。


 事情を知る僕とノエルは気まずげに目を合わせて苦笑した。


「……あー、それなぁ。やっぱ、はっきりさせたほうがいいよな。」


 ノエルがそう答えた。表情に複雑なものが浮かんでいる。


「よくわかんないけど……まぁ後悔しないようにな」


 事情を知らないミラも僕達の態度から何かを察したのか、曖昧なアドバイスに留めた。


 その後、話題を変えて少し話してから、ノエルと僕はミラの家を後にした。


 帰り道、ノエルは考え込んでいる様子だった。


「ノエル、大丈夫?」


 僕が声をかけると、ノエルは笑顔を作った。


「ああ、大丈夫。ちょっと考え事してただけ」


 レオンのこと、考えているんだろうか。……考えてるんだろうな。


 二人でリリアナの家に戻った。









 数日後、カタリナの邸宅に五人で集まることになった。


 カタリナの実家は立派な貴族の屋敷だ。広い食堂には豪華な料理が並んでいる。


「カタリナの家、立派だな」


 レオンが感心したように言う。


「まぁ歴史だけはある貴族の端くれだからな」


 カタリナが笑った。


「こう集まると旅を思い出すねぇ。あの頃は野宿も多かったけど」


 ノエルがしみじみと言う。


「本当ですね」


 リリアナも懐かしそうにしている。


「僕はずっと誰かの膝の上だったなぁ」


 そう言うと、皆が笑った。


「あの頃も楽しかったな」


 レオンも笑顔を見せる。


 五人で旅の思い出話に花を咲かせる。酒も入ってくる。


 そして——。


「うぅ……、んぅ……」


 レオンがテーブルに突っ伏した。


「あら、潰れちゃいましたね」


 リリアナがレオンの様子をみて呟く。


 「お、丁度いいねぇ。ちょっとレオン抜きで話したいことがあってね。時間いいかい?」


「……何が丁度いいだ。先程レオンに渡していた酒はお前の持ち込みだろう?」


 カタリナが呆れたようにノエルの仕込みを指摘する。


「まぁね」


 ノエルは悪びれずに答えた。


 そしてノエルがカタリナとリリアナの顔を見る。表情が真剣になった。


「で、だ。宙ぶらりんになってることがあるだろ」


 場の空気が少し緊張する。


「レオンとの関係について……そろそろちゃんと話し合わないとって思ってさ」


 ノエルの言葉に、カタリナが沈黙する。グラスを見つめている。


 しばらくしてカタリナが口を開いた。


「正直、思うところはある。……かなりな」


 カタリナが続ける。


「でも……未だ好きなんだ、私は」


 カタリナの顔が少し赤い。


 ノエルが頷く。


「アタシは……もう違う」


 カタリナとリリアナが驚いてノエルを見た。


「レオンは貴族になった。……だからその妻になるって考えるとどうにもね。それにまぁ、魔王倒した後のアレはちょっと、うん。100年の恋もなんたらってね」


 ノエルが少し眉をしかめつつも笑って振り返る。


「今でも仲間としては大切だよ。でも惚れた腫れたってのは無くなっちまった」


 カタリナが静かに受け止める。


「そうか……」


 二人がリリアナを見た。


 回答を求められていることを察したリリアナが少し考えてから口を開く。


「そもそもなんですが……私、そこまでレオンのこと好きなわけじゃないです。周りが私たちの関係を囃し立てて、教会も私とレオンにくっついてほしいみたいだったので、別にそうなるなら構わないとは思っていましたが」


 リリアナの声は穏やかだが、確固としている。


「え、じゃあなんであんなに積極的だったの?」


 ノエルが疑問を口にする。


「積極的……でしたかね?普通に接しているつもりだったのですけど」


 リリアナが否定する。確かによくよく考えるとレオンと妙に距離が近い時はあったけど、他の二人のようにレオンを巡って争うようなところは無かったかもしれない。……それに彼女の距離が近いのは元々なのだろう。人の姿になって最近それは良く理解している。


「……そっか」


 カタリナが理解したように頷いた。


「私だけなのか」


 カタリナが呟く。


「じゃあ丸く収まる感じかね」


 ノエルが微笑む。


「カタリナがレオンを好きなら、応援しますよ」


 リリアナも頷いた。


「でも……いいのか?」


 カタリナが戸惑う。


「アタシはもう吹っ切れたから」


 ノエルが笑う。


「私も大丈夫です」


 リリアナが微笑む。


「……ありがとう」


 カタリナの表情に安堵が浮かぶ。


 三人が微笑み合う。


 僕は三人の会話を聞いていた。


 原作のように誰かが傷つく展開にはならなかった。むしろ三人が互いを尊重し合っている。


 安心して、緊張が解けた僕は無意識に大きくあくびをした。


「ふわぁぁ」


 両手を前に伸ばして背中を丸める。


 その仕草が猫そのものだったことに気づいた時には遅かった。


 三人が僕を見ている。


 そして一斉に笑い出した。


「はは!」


「可愛い!」


「人になっても変わらないのね」


 三人の笑い声が食堂に響く。


 僕は恥ずかしくなって無意識に耳をぺたんと寝かせた。それがまた三人のツボに入ったようで、笑い声が大きくなる。


「んー……」


 レオンが寝たまま少し身じろぎした。それも三人が吹きだす。


 僕も三人につられて笑った。


 彼女等にとって、今でもパーティの仲間のミーニャで居られている。決して原作のように罵倒されるような存在ではない。


 ふと窓の外をみると星が輝いていた。


 






 

 王都に凱旋してから半年の月日が経った。


 レオンとカタリナだけど、案外上手くいっているらしい。そもそも元々同じ剣士で長く時を過ごすことが多かったこともあり魔王を撃破した後は、カタリナを選ぶつもりでいたらしい。けど進化した僕の見た目がストライク過ぎて思わずあんな行動に出てしまったというのは本人の談。


 ノエルは今でも緩く冒険者をしつつ気ままに暮らしている。近所に住んでいて定期的に会いに来るから、引退して近所の猫を可愛がるおばあちゃんみたいなんて頭によぎって、つい口に出したら耳とほっぺを好き放題にされてしまったので今後は気を付けようと思う。


 そして僕は今でもリリアナと暮らしている。猫の時と変わらないスキンシップをされるのは少し恥ずかしいけど、とても大事にされている。

 ……先日、猫を飼うと婚期が遠のく——なんて前世で聞いた言説を思い出して、大丈夫なのかと聞いたら余計なお世話と言われて、また好き放題にされてしまった。


 僕は口を滑らせることが多い気がする。……仕方ないじゃん。前までニャーしか言えなかったんだし。


 


 ——転生した子猫の魔物の行動は未来を変えた。猫自身と三人の関係ばかりか、なんの因果か勇者とヒロイン達の関係すら変えてしまった。


 それでも五人はそれぞれの幸福を掴み、歩んでいる。あり得た未来とは違い亀裂が入ること無く。

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