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勇者パーティのペットです

 温かい。


 僕の体は今優しいぬくもりに包まれている。柔らかな布地を通して伝わってくる優しい体温。それが僕の世界の全て。


 視界はぼやけている。僕の目は目の前の光景をうまく捉えることができない。おぼろげに映る色の違いと光量だけが僕の世界。


 けれど時折上から聞こえる穏やかな声と包まれる匂いで僕を抱いているのが誰かくらいは判断できていた。


 「次の街まで、あとどれくらいだ?」


 前方から聞こえたのは低い男性の声。パーティの中心にして勇者のレオンだ。


「地図が正しければ、あと半日ってところだろうな」


 それに答えたのは女性の声。凛とした印象を受ける。声がする場所からは足音と共に、金属が揺れる音も聞こえている。女騎士カタリナの纏う鎧の音だろう。


「アタシの魔力はまだ余裕あるよ。今日は大して魔物も出なかったしね。」


 別の女性の声。少しざっくばらんな口調。カタリナに比べて軽快な足取りの彼女は魔導士ノエルだ。


 パーティのやり取りを聞いていると、僕を抱いている腕が少し動く。


「ミーニャは大丈夫?疲れてない?」


 額を撫でられて、上から優しい声が響いた。


 ミーニャ。それが僕の今の名前だ。前世は人間の男だったが、今はパーティのペットとして聖女の腕に収まっている。


「ニャ」


 僕は掛けられた心配の声に小さく鳴いて返事をする。小さな猫の魔物である僕の声帯ではこれが限界だ。


「ふふ、元気そうですね」


 鳴き声を聞いて再び僕を撫でているのは聖女リリアナ。


「リリアナ、あまりその猫を甘やかすなよ」


 前方からは再びレオンの声。苦笑交じりに僕を抱くリリアナにかけられる。

 

「いいじゃないですか。この子、本当に賢いんですよ。」


 リリアナが僕を撫でるのを辞めずに答える。


「確かに。我々のパーティには現状索敵能力が欠けている。その猫はそれを補っていると言えるな」


 カタリナがリリアナに同調する。


 僕はみんなの会話を聞きながら、自分の現状について振り返る。


 前世の僕は男性だった。それがある日、目覚めたらこの世界にいた。死んだ記憶もないのに。視力が発達しておらず、当時は自分の姿すらわからないままに森を彷徨っていた。


 そして当然のように他の魔物に襲われかけていたところを、このパーティに助けられた。僕も魔物の一種だがリリアナが保護を提案してくれて他のメンバーからの反対も無かったので現在の形となった。どうやらこの世界でも子猫の見た目は正義らしい。芋虫とかに転生しなくて本当に良かった。


 それからどれくらいだっただろう。目もロクに見えず、猫らしく気ままに寝る僕の時間間隔はとても曖昧だ。


 自分の現状と幸運に想いを馳せていると、僕をだっこしている腕の揺れが止まった。


「少し休憩しよう。そろそろ日も高いし、ここで昼食をとる」


 レオンの声がして、周囲からは同調の声がした。



 





 

 昼食が終わって木漏れ日の中でうたたねをしていると、リリアナが僕を膝の上に乗せる。


「よしよし」


 優しい手つきで頭を撫でられる。


「癒されますねぇ。本当にかわいい」


 リリアナが僕を愛でていると、別の手が僕の頭に触れた。少し力強い。けれど丁寧な撫で方。


「……まぁ悪くないな」


 カタリナの声だ。リリアナと比べたら膂力ははるかに大きいはずだが、壊れ物を扱うように優しく撫でてくれている。


「アタシにも触らせてよ。……近所にいたのと違って大人しいヤツだねぇ」


 ノエルの声がして、今度は耳を軽く触られる。くすぐったい。


「ニャア」


 くすぐったさに悶えた僕が声を上げると三人が笑った。


 「しかし本当に賢いな。……たまにこちらの言っていることを理解してないか?」


 こちらに近づいてきたレオンが僕の背中を撫でながら呟く。

 

 「そうかもしれませんね」


 僕は四人に囲まれながらぼんやりと考えていた。


 前世の記憶はある。けれど四人がどんな姿をしているかもわからず、声や手のぬくもりだけが全てだ。


 それでもこの温かい優しさに包まれる環境は幸せだ。








 

「さて、そろそろ出発するか」


 レオンの声がして、僕は再びリリアナに持ち上げられて腕の中に収まった。


 街道を再び歩き始める。揺れる腕の中で僕は心地よさに目を閉じている。


 その時だった。


 ざわり、と背筋に冷たいものが走る感覚。嫌な予感。危険な気配。


「ニャア!ニャア!」


 僕は必死で声を上げた。


「……!周囲を警戒しろ!」


 僕の声を受けてレオンがみんなに警戒するよう呼びかける。


 戦闘の気配を受けてリリアナは僕を懐にしまったのだろう。温かいが暗い環境になる。


 ……これが現状で僕がパーティに提供できている愛玩動物以外の価値だ。非力で視力も発達していない魔物の僕は高い危険察知能力を有している。斥候のいないこのパーティでは唯一の索敵手段だ。


 そして緊張が少し続いたあとに、それは来た。


 森の奥から獣の唸り声。それも複数。


「グリーンウルフだ!……数は五体!」


 前衛を務めて最初に接敵したカタリナの声が響く。


 戦闘が始まる。


 剣が風を切る音、地面を蹴り、踏みしめる音が聞こえる。


「カタリナ!そいつは任せる!」


 レオンの指示が飛ぶ。


「ああ!」


 カタリナの足音が前へ。剣を振るう音が続く。


「ノエル!行けるか!」


「もちろん!」


 ノエルの返事と共に空気が熱を帯びるのを感じる。彼女の得意とする炎の魔法だろう。少しして爆発音が森に響く。


「回復します!」


 リリアナの声が上から響いて、カタリナからの礼も聞こえる。戦闘が始まれば何もできない僕はリリアナの懐で戦闘の音をきくばかりだ。


 カタリナが敵を防ぎつつ、斬り伏せる。ノエルの魔法が敵を消し飛ばす。レオンが指揮をとりつつも遊撃する。リリアナは主に傷を負うカタリナとレオンを適宜回復している。


 しばらく戦闘は続いた。獣の悲鳴。剣と爪のかち合う音。魔法の爆発。


 そして——


「レオン、そいつで最後だ!」


「わかってる!」


 レオンの雄たけびと共に最後の魔物の悲鳴が響き、途絶えた。


「……終わったな」


 レオンの声。


「全員、無事だな?」


「ああ」


「大丈夫です」


「問題ないね」


 三人が答える。


「リリアナ、ミーニャは?」


「はい、この子も無事で——って、ミーニャ!?」


 僕を懐から取り出したリリアナの声が驚きに変わる。


 わずかに機能している僕の目でもわかった。自分自身が光っている。


 そして先ほどまではリリアナの体温に包まれていて気付かなかったが、体が熱い。


「これって……!」


 リリアナが僕を地面にそっと置く。光が強くなり、視界が真っ白になる。


 体がきしんで作り変えられる感覚。骨が伸び、筋肉が増える。


 そして——。


 光が収まる。


「進化……したのか?」


 静寂の中、驚きに満ちた声をレオンが発した。








 

 僕は周囲を見回した。……前世以来の感覚だ。


 この世界に来て初めて、周囲の光景をこの目で捉える。

 森の緑。葉の隙間から見える空の色。地面の土。動物の視界は人間とは異なると聞いたことがあるが、僕は魔物だからだろうか。人間の時とほぼ同様の世界が広がっていた。


 そして四人の顔。


 金髪の青年——レオン。まさに勇者にふさわしい、精悍な顔立ち。


 銀髪の女性——カタリナ。騎士の鎧を纏い、立派な剣を手にしている。


 白いローブの女性——リリアナ。聖女らしい、やわらかな雰囲気。


 赤髪の女性——ノエル。黒いローブを来て、ゴテゴテとした杖を持っている。


 僕はパーティメンバーの顔を始めてこの目でみて感動を覚える。


 ……しかし同時に大きな既視感を感じていた。


 四人の姿。組み合わせ。そしてその名前。それは今までなんの役にも立っていなかった前世の記憶と結びついていた。

 

 そう、前世で読んだあの漫画——。


 たしかギャグ系のラブコメ。ありがちな勇者パーティの冒険譚。


 そこまでハマっていた訳じゃない。タイトルも覚えていないくらいだ。けれど内容は覚えている。


 ……ここは漫画の世界だったんだ。ただの異世界じゃなかった。

 

「ミーニャ、すごい!大きくなったね!」


 リリアナが少し重くなったことも気にせず僕を抱き上げて喜んだ。


「知識としては当然知っていたが……魔物の進化など初めてみたぞ」


 カタリナが僕の新しい姿を見て興味深げにしている。


「いいねぇ。かわいいままだ。……ムキムキにでもなったらどうしようかと」


 ノエルが僕の頬を擦りながら微笑む。……もしかしてここでお別れの未来のあったのだろうか。


「よくやったな。ミーニャ」


 レオンも僕の頭を撫でた。


 四人は朗らかに僕を撫でている。ペットの成長が喜ばしいのだろう。


 しかしそれとは裏腹に、僕の心には戸惑いが広がっていた。


 ここは——漫画の世界。


 つまり、この物語には続きがある。結末がある。


 原作はどんな展開だっただろう。どんな結末を迎えるんだったっけ。


 記憶を辿ろうとするが、前世でそこまで熱心に読んでいたわけでもない。断片的な場面は浮かぶが、まだはっきりとは思い出せない。


「さて、さっさと街に向かおう。ミーニャの進化も祝わないとな」


 レオンが笑って言った。


 パーティは再び歩き始める。僕も視力を得たので自分で歩こうとしたけれど、リリアナが僕を持ち上げたので大人しく抱かれるままになる。


 僕はやっと得た視界で周囲を観察した。森の木々。街道の先に続く道。そして四人の背中。


 この先、何が起こるのだろう。


 僕は温もりに包まれながら、不安と混乱を抱えたまま、次の街へと向かった。

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