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第二章:この世界の魔術は低レベルすぎるわ。――三属性首席レイナの高飛車魔導録  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第八話:シエラの孤軍奮闘

 シエラが巣穴へ足を踏み入れた瞬間、外の光は細い一本の糸となって消えた。視界は闇に沈むが、彼女の歩みは揺るがない。闇属性の魔力が渦巻く気配を、肌で、呼吸で、骨で感じ取っていた。


(くそガキ……どこまで突っ込んでんだよ。焦りがひでぇ証拠だ)


 巣穴は奥に行くほど冷たく、湿り、魔力の乱れが強くなっていく。レイナの暴走寸前の魔力が空気を震わせており、その波動は誰が探しても分かるほど濃密だった。


 シエラが駆けると、最初の障害が現れた。通路を塞ぐように崩落した巨大な岩石の山。その隙間には油と粘土の混ざった泥がまとわりつき、風の流れを完全に殺している。


「やれやれ、嬢ちゃんはこんなんに引っかかったわけか」


 シエラは大剣に手をかけることなく、軽く息を吐いた。


「水属性《高圧水流ウォーターカッター》」


 次の瞬間、通路全体が鋭い水の悲鳴に貫かれた。青白く光る細い水流が岩の表面をなぞると、刃物のように岩が切り裂かれ、左右へ滑り落ちていく。油と粘土の泥もその水圧で一気に洗い流され、床は再び固い地面を取り戻した。


(風の加速を奪う罠なんざ、水で洗えば終わりだ。……こういう応用が、あいつにはまだ足りねぇ)


 通路を抜けると、前方の広間に淡く光る禍々しい闇が渦を巻いていた。


 広間の中心——そこに、レイナがいた。


 レイナの周囲には闇魔力が暴風のように渦巻き、天井の岩を震わせている。その中心で、レイナは粘着質の泥に足を奪われ、瞳孔を開ききって震えていた。


 闇の渦に近づくゴブリンは、恐怖に震えながらも本能と群れの命令で突撃を続けている。変異種のゴブリンが先頭に立ち、仲間たちに圧力を与えて前へ押し出していた。


(まずいな……こりゃ暴走寸前じゃ済まねぇぞ)


 レイナ自身は、魔力の流れを完全に見失っていた。

 魔術は“心”の乱れが即座に魔力の揺らぎへ変換される。前世のトラウマが呼び起こされ、精神は限界を超え、闇魔力は暴発寸前まで肥大していた。


「シエラ……さん……? いや、来ないで……来ないで……!」


 声は震え、恐怖に引きつっていた。


(侵入されたくねぇ、弱さを見られたくねぇって顔だ。だがな——今はそんなの関係ねぇ)


 シエラは一直線に踏み込んだ。


「水属性《極冷拡散フロストミスト》!」


 シエラを中心に細かな霧が広がった。霧は空気中の水を瞬時に冷却し、広間全体を凍えるほどの冷気で包み込む。


 闇魔力は熱に強いが、冷気には極端に弱い。温度差が大きいほど、闇の渦は膨張から収縮へと転じる。レイナの周囲の闇が一気に縮み、魔力の暴走を抑え込まれた。


 その瞬間、レイナは苦痛にうめき声を漏らした。


「ぁ……あ、あぁぁ……っ!」


「暴走止めた反動だ。気にすんな、嬢ちゃん」


 シエラは近づくゴブリンへ顔すら向けず、大剣を引き抜いた。


「水属性《激流のハイドロブラスト》!!」


 広間全体が水の咆哮に包まれた。巨壁のような水圧が全方位に放たれ、ゴブリンたちは抵抗する暇もなく弾き飛ばされた。骨の折れる音、壁に叩きつけられる鈍い音が連続し、広間は数息で静寂を取り戻した。


(……これがAランクの力。レイナが追い求めてる“完全無欠の強さ”の現実ってわけだ)


 闇の渦はほぼ散り、レイナは片膝をついたまま動けない。


「試験は中止だ、レイナ。あんたの負けだ」


 シエラは容赦なくレイナを抱え上げた。

 レイナは抵抗しようとしたが、魔力切れと精神的疲労で指一本動かない。


「は……離して……! 私、まだ……!」


「まだ、じゃねぇよ。お前は仲間を危険に晒した。それが全てだ」


 その言葉は鋭い刃のようにレイナの胸に突き刺さった。


(……私が……間違えた? そんなはず……!)


 シエラの肩に担がれたまま、レイナは広間を見た。

 そこに広がるのはゴブリンの死体と、冷え切った闇の残滓。


(私の魔術じゃ……ここまでたどり着けなかった……?)


 その“事実”を認めた瞬間、胸の奥で何かが崩れた。


ゴブリンが全て沈黙し、広間にようやく静寂が戻った――その瞬間だった。


 シエラが大剣を下ろした直後、

 レイナの背後、闇の渦がまだ微かに揺らぐ“最奥”に、気配が立った。


(……誰だ?)


 シエラが反射的に殺気を向ける。

 だが、そこに立っていたのはゴブリンではない。


 深紅のローブを身にまとい、顔をフードで隠した“人影”。


 背格好は人間に近い。

 だが、肌からわずかに漏れる魔力の波動――それは通常の魔物とは桁が違う。


(魔族……!? なんでこんな場所に……)


 シエラの全身が緊張で強張る。


 その影は、レイナとシエラの戦闘を見届けていたかのように、微動だにせず立っている。


 レイナも、朧げな視界の隅でそれを捉えた。


(……赤い……ローブ……? 誰……?)


 影は、何も言わなかった。


 その眼差しには、恐怖も敵意もない。ただ、獲物ではなく“標本”を見るような冷たさがあった。


 人間を観察するように。

 試すように。

 あるいは、興味すらなく――“そこにいるだけ”。


 そして次の瞬間。


 ひび割れた空気が静かに揺らぎ、


 影は輪郭を霧のように散らし、音も残さず消えた。


「……転移、か?」


 シエラの呟きだけが広間に落ちた。


 胸に残ったのは、恐怖でも敵意でもない。

 ただ、本能に刻まれる“理解不能”という冷たい印象。


 シエラは奥を睨み続けたが、何の気配も残っていなかった。


シエラは何事もなかったかのようにレイナへ向き直った。


 巣の出口へ戻ると、イオ、リリス、ガゼルの三人が待っていた。全員泥と血にまみれ、疲れていたが、シエラの腕に抱えられたレイナを見ると目を見開いた。


「レイナさん……! 生きて……!」


 リリスが駆け寄るが、レイナは横を向き、誰の目も見ようとしなかった。


(見ないで……見られたくない……!

 なんで私が“助けられた側”みたいに……!)


 シエラは淡々と命じる。


「三人でレイナを学院まで連れ帰れ。暴走の報告はあたしがする。残党処理は任せな」


「シエラさんは……?」


「責任があんのはこっちだ。あのガキ一人じゃ、まだ実戦に耐えられねぇ」


 短く言い残すと、シエラは巣穴の奥へ視線を向けた。その瞳の奥に宿るのは怒りでも失望でもなく——覚悟だった。


(さて……次は教師としての仕事だ。学園長に、全部話さなきゃならねぇ)


 レイナはシエラの横顔を見て、胸が締めつけられるような感覚を覚えた。


(嫌だ……認めたくない……。でも——)


 初めて味わう“敗北”と“救われた屈辱”が、心に鉛のように沈んだ。


 その痛みは、これからさらに大きな波となって彼女を襲う。


 なぜならこのあと、

 学園長の前で、レイナの進路さえ揺るがす“重い判断”が下される

 ことになるのだから。

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