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第二章:この世界の魔術は低レベルすぎるわ。――三属性首席レイナの高飛車魔導録  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第五話:模擬戦、レイナ対シエラ

 翌朝。王立アルケイン魔導学院の特設模擬戦場は、朝霧を吸い込んでひんやりとした空気に満ちていた。石畳の中央には円形の魔法陣が刻まれ、その周囲には教師や上級生がずらりと並ぶ。

 観客席の一角では、イオ、リリス、ガゼルの三人が緊張した面持ちでステージを見つめていた。


 その中心に、レイナ・フォン・エーデルシュタインは静かに立つ。

 昨夜の審査で「協調性の欠如」を理由に実戦試験同行を拒まれた屈辱が、まだ胸の内でくすぶっていた。


(だったら証明するしかない。私の力が、誰の評価よりも正しいってことを)


 本日、特別に組まれた模擬戦。その相手は――。


「今回の実戦試験同行者、Aランク冒険者シエラだ。」


 学園長の紹介に、生徒たちがざわめく。

 シエラは背丈ほどの大剣を背負い、金髪を無造作に束ねた女戦士だった。陽気に笑いながらも、ただ立っているだけで周囲の空気を圧する、経験に裏打ちされた風格があった。


「とりあえず全員の力量が知りてえ。一人ずつなんて言わねえ、全員でかかってきな」


その言葉が、訓練場の空気を一瞬で凍らせた。イオとリリスは息を飲み、ガゼルは反射的にレイナの前に出ようとして、レイナの制止の視線を受けて動きを止める。場を満たすのは、Aランク冒険者シエラの、底知れない魔力の圧力だけだった。


「待ちなさい」


「ほぉ、あんたが噂の三属性嬢ちゃんか。いい目してるじゃねえか」


 シエラが片手を上げると、レイナは一歩前に出る。


「まずは……私と勝負しなさい」


 その声は淡々としていたが、内側には焦燥が渦巻いていた。

 この勝負に勝てば、教師たちの「拒絶」はただの誤解であり、嫉妬に過ぎなかったと証明できる。

 負ければ――。


(認められない。負けるなんて……“弱さ”なんて……)


 前世の暗闇が、脳裏に小さくちらつく。


「いいねえ。気に入った」

 シエラは大剣を地面に突き立て、両手を広げてみせた。

「武器は使わねぇ。魔術だけで相手してやるよ。さぁ来な、天才のお手並み拝見といこうじゃねえか」


 その余裕を見た瞬間、レイナの胸に熱い怒りが立ち上がった。


「始め!」


 合図と同時に、レイナの魔力が炸裂した。


「風属性《高速旋回ウィンドアクセル》!」


 足元の風が一気に圧縮され、レイナの姿が残像のように消える。

 高速移動でシエラの周囲を旋回しながら、レイナは即座に闇魔術を展開した。


「闇属性《影縛鎖シャドウバインド》!」


 シエラの影がせり上がり、足を捕らえようと絡みつく。

 ――が。


 影が触れた瞬間、淡く崩れ散った。


(なに……? 影の定着が乱されてる!?)


 シエラの足元だけ、闇が薄く、滑るように広がらない。


「どうした? その程度じゃあ、あたしの足は止まらねぇぞ」


 挑発ではなく、純粋な事実として言っていた。


「なら……!」


 レイナは焦燥を押し殺し、次の魔術を重ねる。


「火属性《空中砲撃フレアバースト》!!」


 十、二十、三十。

 圧縮された火球が空中に生まれ、一斉にシエラへと降り注ぐ。


 爆音が連続し、模擬戦場の空気が震える。

 観客席の生徒たちは思わず身をすくめ、教師たちですら目を見張るほどの火力と連射速度。


(これで……これで終わり!)


 レイナは歯を食いしばる。


(私は強い。誰よりも努力してきた。あの暗闇に戻らないために。完璧じゃなきゃ、私は――私が……!)


 魔力の放出が過剰になり、風と火の爆音が戦場を埋め尽くした。


 だが――。


「終わり、ねえ」


 不意に、その声が背後から聞こえた。


 レイナは全身の血が冷えるのを感じた。

 振り返ると、シエラはいつの間にかレイナの背後に立っていた。鎧に煤一つついていない。


「知識も応用も足りねえ。派手に暴れるだけじゃ勝てねぇんだよ、嬢ちゃん」


 シエラの魔力が一気に膨れ上がる。

 瞬間――模擬戦場の空気の温度が変わった。


 水属性。


 湿気が振動し、水滴が浮かび、渦に変わる。

 やがてそれらは巨大な蛇のような水流となってレイナの全身を一瞬で絡め取った。


「っ……!」


 火属性で応じようとするが、シエラの水が発動より速く魔力回路を冷やし、火種そのものを封じてしまう。


「水属性《流束鎖リヴァインド》」


 宣言と同時に、水流がレイナの四肢を締め上げ、地面へ叩きつけた。

 レイナは抵抗しようとするが、魔力がうまく巡らない。


(動け……動けぇ……!)


 だが、身体は水の圧力に完全に封じられていた。


「終了だ」


 シエラは一歩も動かなかった。

 その事実が、レイナの心を最も強く抉った。


 水流が解け、レイナの身体が地面に沈む。

 濡れた頬に砂が張り付き、呼吸が荒く乱れた。


(なんで……なんで負けるの……? 私の力が……私の……)


 立ち上がろうとするが、膝が震えて動かない。


「お前は確かに強ぇよ。才能も制御も、同年代じゃ規格外だ」


 シエラの声は優しさを孕んでいたが、レイナには刃のように刺さる。


「だがな、天才。知識も応用も、経験も足りてねぇ。全部一人でこなそうとして暴走してるだけだ。戦場じゃ、そのやり方は真っ先に死ぬ奴の動きだ」


 レイナは唇を噛む。


(違う……私は……私は弱くなんかない……! 誰にも頼らない……頼ったら、裏切られる……)


 心がざわつき、前世の暗闇がぶり返す。

 身体が凍りつくように震える。


 観客席の三人は沈痛な表情だった。

 イオが立ち上がりかける。


「レイナさん……!」


 だがリリスがその腕を掴む。


「今は……やめたほうがいいわ」


 ガゼルも黙って頷いた。


「今声をかけたら、かえって彼女の心が折れてしまう」


 三人はただ見守ることしかできなかった。


(認めない……! 私は強い……! 強くなきゃ……あの闇に戻っちゃう……!)


 この日、初めてレイナは「完全敗北」を味わった。

 だがその敗北は、彼女を冷静にするどころか、より深い焦燥と暴走を生むことになる。

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