第四話 新しい仲間たち
飛び級試験の公示から三日が経ち、学院はようやく詳細な試験内容と班編成を発表した。新入生から選ばれた四名――レイナ、イオ、リリス、ガゼル。その四人は試験前説明のため、学院の一室に案内され、顔を合わせることとなった。
部屋に入った瞬間、イオがぱっと表情を明るくした。
「レイナさん、改めてよろしく! 一緒の班になれて嬉しいよ!」
彼は弾む声と共に右手を差し出してくる。リリスは緊張を隠しきれず、制服の襟元を整えながら小さく会釈した。ガゼルは大柄な身体を少しかしこまらせ、照れくさそうに頭を掻いている。
三人の視線には、レイナへの期待が露骨に浮かんでいた。飛び級試験に挑むという名誉、そしてレイナに対する純然とした信頼――それらが混ざり合った、温かい光。
だが、レイナの心はひどく冷えていた。
(……また近づいてくる。どうせ、期待した後で裏切るだけ)
前世の“暗闇の時間”が、レイナの胸を重く縛る。誰かに触れられることは、彼女にとって【弱みをさらす行為】と同義だった。
「この四人なら、絶対にCランク巣を攻略できるよ。リリスの《水波》で動きを止めて、ガゼルの防御で前線を固めて、僕が《光閃》で陽動して――」
イオは明るく未来を描き、連携案を次々と語る。
リリスも真剣に頷き、ガゼルは「任せろよ」と胸を叩いた。
だが――レイナの瞳に温かさは映らない。
「必要ないわ」
部屋の空気が一瞬で凍りついた。
イオが差し出していた手が宙に取り残される。
リリスは言葉を失い、ガゼルが「あ……」と小さな声を漏らした。
「あなたたちの戦力は把握済み。私一人で前線を制圧できる。火と風で敵を散らし、闇で拘束も可能。あなたたちは後方に下がって、危険が及ばないようにしていれば十分よ」
その声音はあまりに冷たく、突き放すようだった。
だが実際には、拒絶ではない。
拒絶“しなければいけない”という、切実な防御行動だった。
(巻き込めない。私一人で十分よ)
(それに、協力なんて要らない。頼れば、いつか裏切られる)
過剰な自立心というより、恐怖の反射に近い。
「で、でも……レイナさん」
リリスは勇気を振り絞って口を開く。
「ゴブリンの巣って、思ったより危険なんです。内部は入り組んでいますし、群れられたら一気に崩されます。水や地属性の支援がなければ――」
「それはあなたたちの話でしょう」
レイナは小さく鼻で笑う。
「私は魔力のコントロールができる。多少数が多くても問題にならない。あなたたちの速度に合わせる方が、むしろ危険だわ」
イオ・リリス・ガゼルの胸の奥で、悔しさではなく別の感情が膨らんだ。
孤独。
恐怖。
焦燥。
レイナの言葉の端々に、それらが滲み出ていた。
「レイナさん……僕たちと一緒にやったほうが、もっと安全だし――」
「安全なんて存在しないわ」
レイナはきっぱりと言い切る。
「協力は足を引っ張るだけ。私が全て片付ける。その方が――効率的よ」
完璧主義というより、追い詰められた人間の言葉。
三人は痛いほどそれを感じ取った。
(……この子、誰よりも怯えてるんだ)
(強がってるわけじゃない。強がるしか、なかったんだ)
誰もその言葉を口にしないまま、班決定の場はぎこちない沈黙に包まれて終わった。
同じ頃、学院長室では別の会談が行われていた。
革鎧に身を包み、大剣を背にした女性が椅子にもたれかかっている。存在そのものが鋭く、気配だけで冒険者としての格を示す。
Aランク冒険者、シエラ。
「聞いたぜ、学院長。あの子の“保護者役”をしろって?」
軽口とは裏腹に、鋭い眼光で学院長を見据える。
「シエラ殿。保護者――というのは表向きです。実際には、レイナ嬢の“安全管理”があなたの役目です。優秀ではありますが、あまりに孤高すぎる」
学院長は机に置かれた資料を指先で押した。
「彼女は三属性保持者。だが心が未成熟です。力と才能に成長が追いついていない。飛び級は当然の実力ですが、協調性が欠けすぎている」
「なるほど。つまり監視ってわけだ」
「否定はしません。レイナ嬢は抑制を誤れば、周囲に被害が出かねない。だからこそ、あなたが同行し、指導し、見守る必要がある」
シエラは顎に手を当て、笑いを含んだ声を漏らした。
「天才タイプのガキってのは、だいたい扱いにくいんだよなあ。自信があって、孤独で……でも、意外と折れやすい」
「その通りです。そして、折れることもまた必要でしょう」
学院長の声に迷いはなかった。
「天才という殻を破るためには、自分以外の力を受け入れる必要がある。それを学ぶには、適度な失敗も必要なのです」
「ほう……じゃあ、明日の模擬戦ってのは、あの子の殻を叩くための場ってわけか?」
「その通りです。彼女には“力試しの模擬戦”としか伝えていません。実際には、あなたと彼女の相性を見る場であり……少しだけ挫折してもらうつもりです」
「了解。手加減しすぎても学ばないし、潰してもダメ……微妙な塩梅が必要だな」
シエラは大剣の柄に手を置き、口角を上げた。
「暴走したら叩き落とすし、逃げるなら追うさ。……楽しみだね、天才のお嬢ちゃんがどれだけ暴れるか」
学院長は、ふと表情を曇らせた。
「ただ一つだけ、懸念があります」
「なんだい?」
「レイナ嬢は勘違いしやすいのです。焦燥すればするほど、自分を孤立させる方向に走る。その結果――昨日の説明を、“自分は切り捨てられる存在だ”と誤解してしまっている可能性がある」
シエラは片眉を上げた。
「なるほど。こじらせてるねえ」
「ですから……どうか、彼女の殻を壊してやってください。強さのためではなく、自分を許すために」
「任せときな。あたしは冒険者だ。人を殺すより、人を育てる方が得意なんだよ」
学院長室の窓の外では、夕陽が学院の塔を金色に染めていた。
レイナの誤解はまだ解けないまま、試験前日が静かに終わろうとしていた。




