第三十一話:四人の協奏曲、磨かれてゆく絆
レイナたち四人が“特別臨時パーティ”を組んでから、気がつけば一ヶ月が経っていた。
訓練場に響く魔力音は、以前の荒々しいぶつかり合いとは違い、規則的で心地よい。
風が流れ、地がせり上がり、水が満ち、光が弾ける――まるで四人がそれぞれの楽器となって奏でる協奏曲のようだった。
いまの四人には、いつの間にか明確な役割ができていた。
レイナは、風と闇を操りながら戦場全体を見渡す“司令塔”。
ガゼルは、地属性で瞬間的に壁を張り巡らせる“絶対前衛”。
リリスは、水で仲間を媒体にしつつ複合魔術へ繋げる“後方支援”。
そしてイオは、光属性で突破口を開き、流れを作る“遊撃の要”。
ぎこちなかった距離感はもうなく、連携は「弱点の補完」から「強みの増幅」へと進化していた。
その成長がもっともはっきり表れたのは、訓練で学園が用意した模擬戦だった。
相手は中級魔術師二人と上級魔術師ひとり。威力制限のない光魔術が訓練場を焼くように照らす。
「ガゼル! 斜め四十五度、薄い壁を!」
「任されたっす!」
ガゼルの地壁が瞬時に展開される。厚みをあえて削ったその壁は、光熱を吸収して割れる前提の“犠牲壁”だ。
「リリス、水膜を前に! 高圧で!」
「はいっ!」
水膜が重なると同時に、敵の光柱が直撃した。
ぼんっ!!
水が爆ぜ、蒸発し、逆風が生まれる。
その爆風で光の軌道がわずかに逸れ、壁への衝撃は最小限で済んだ。
「レイナ! 蒸気で前が見えない!」
「平気よ、イオ! ガゼルが土埃を抑えてくれてる! 敵は目を閉じてる――隙は〇・五秒! 光矢、全弾、集中射!」
「うおおおおおっ!!」
イオの光矢が、レイナの誘導ではなく、レイナへの“信頼”を基礎に放たれ、敵の足元へ正確に突き刺さった。
「今!」
レイナが風を放つ。敵が吹き飛び、訓練終了の鐘が鳴る。
「……すご。全部ハマった」
「まだよ。イオの精度があるから成功した。ガゼルの壁も、リリスの水膜も完璧だった」
「いやいや、レイナの指示があってこそだって!」
互いに褒め合う空気は、レイナにはくすぐったい。
以前なら「当たり前よ」と言っていたかもしれない。
けれど今は――ほんの少しだけ、胸が温かくなる。
(頼れるって……悪くないのね)
レイナの心に、確かな変化が芽生えていた。
その後、休憩所でイオが床に倒れ込む。
「魔力空っぽ……死ぬ……」
「イオ、水飲んで。ついでに冷却も」
リリスが水球をひょいとイオの額に乗せる。
「つめてぇ! おまっ……!」
「あなた、今日も三回熱暴走したのよ? 冷やすのは当然でしょ」
「俺の光は熱が出るんだよ……!」
そんな二人のやり取りを見て、レイナは自然と笑みを漏らした。
「イオ、水は熱の吸収が得意なの。リリスが後ろにいる限り、あなたは全力を出していいわ。冷却のタイミングは私が指示する」
イオが目を見開く。
「……全力で? 本当に?」
「ええ。あなたは限界まで飛ばして。あとは私たちが支えるから」
「……最高じゃん!! 次の訓練、もっと火力上げっからな!!」
ガゼルが照れくさそうに笑う。
「レイナ、マジで優しくなったなぁ……」
「やめて。そういうこと言うと照れるから」
「え、レイナが照れた!? マジで!? やっば!」
「うるさいっ!!」
怒鳴りながらも、レイナは本気で怒っていない。
これが“仲間との日常”なのだと、少しだけ誇らしく思っていた。
だが――その裏で。
四人の連携が極まっていくほど、レイナの内側でひそかに“もうひとつの変化”が進行していた。
闇魔力が、ふとした瞬間に“息づく”のだ。
鼓動のように、規則正しく――しかし強く。
その日の訓練でも、奇襲を受けた瞬間だった。
(――来る)
胸の奥がざわりと震え、足元に影が滲む。
「っ……!」
空気が一気に冷え、レイナの瞳に黒い光が走った。
「レイナ!? 危ねぇ!」
イオが駆け寄ろうとするが、リリスが先に声を張る。
「イオ、光を! 私が水で冷却する!」
「任せろ!!」
ガゼルはとっさにレイナの前へ飛び込み、盾を構えた。
闇が暴れださんとした瞬間、光と水がその外縁を即座に包み込む。
じゅっ……!
光が闇の形を崩し、水が温度を奪う。
闇魔力は、溶けるように収まり、レイナの膝が地に落ちる。
「あ……ごめん。迷惑……かけたわね」
イオは肩をぽんと叩いた。
「謝んな。暴走したくらいで仲間をやめるわけねーだろ」
リリスが優しく笑う。
「レイナ。闇は“あなたの心”と強く結びついてるの。強くなるほど敏感にもなる。でも……」
ガゼルが続ける。
「俺たちが止めます。何度でも」
レイナは、三人の顔をゆっくりと見つめた。
胸の奥の恐怖が、手のひらの中でほどけていくようだった。
(……大丈夫。私はひとりじゃない)
その瞬間、レイナの中の闇魔力が静かに光り、形にならない“術式の芽”が確かに動いた。
闇魔術の特級スキル――その前兆だった。
まだ輪郭すら曖昧だが、闇はもはや暴走ではなく“力”としてレイナと対話を始めようとしていた。
仲間との絆が深まるほど、レイナは闇と向き合い、そして――やがて“和解”に至る。
それは、彼女の大きな成長の始まりだった。




