表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第二章:この世界の魔術は低レベルすぎるわ。――三属性首席レイナの高飛車魔導録  作者: ぃぃぃぃぃぃ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/40

第二十二話:初めて“頼る”、崩れた呪い

 ――地鳴りのような足音が、闇に沈んだ森を揺らしていた。


 ゴブリンキングの巨体が木々を押し倒しながら迫る。その肌は暗緑色にひび割れ、獣のような臭気を撒き散らしている。握られた大剣は大人三人ほどの長さがあり、振り下ろされた瞬間には風圧だけで地面が裂ける。


 その怪物の目前に――三人の影が飛び込んだ。


 イオ、リリス、ガゼル。


 かつてレイナが拒み、突き放してしまった仲間たちだ。


「下がってろ、レイナ!」


 イオの鋭い声が森を切り裂くように響く。彼は短剣を逆手に構え、レイナとゴブリンキングの間に滑り込んだ。呼吸は荒いはずなのに、背筋は震えひとつ見せない。


「私たちに任せなさい。今はあなたが倒れる番じゃないわ」


 リリスは杖を胸元に抱くように構え、黒いローブの裾を翻してレイナの前に立つ。魔力が杖の宝珠に集まり、淡い光が周囲を照らし出す。


「お前はもう十分だ……これ以上は無茶だ!」


 ガゼルは巨大な盾を地面に突き立て、怒りにも似た感情を抑えきれず声を震わせていた。


 三人は、レイナを庇うように並び立った。


 だが――レイナは、彼らの背中を見て、震える声を吐き出してしまう。


「……嫌……よ……! 頼らない……誰にも……!」


 震えた声は、恐怖よりも痛みよりも、もっと深い場所からこぼれていた。


 レイナは立ち上がろうとしていた。  足は痙攣し、膝ががくがくと笑う。全身は切り傷で染まり、呼吸は荒く、魔力回路は焼け焦げたように軋んでいる。


 本来、立てる状態ではない。


 それでも、彼女は必死に三人の背中越しにゴブリンキングを睨みつけ、拳を握りしめた。


(頼ったら……戻れなくなる。弱さを見せたら……また、あの日みたいに……)


 幼い頃、助けを求めた瞬間に裏切られた記憶。  力のなさを嘲られた過去。  「弱いなら要らない」と言われた言葉。


 それらが、彼女の胸の奥に“呪い”としてこびりついていた。


――弱さを見せたら価値がなくなる。

――頼ることは、見捨てられることに繋がる。


『誰にも頼らない』

その誓いは、彼女の鎧であり、檻でもあった。


「レイナ!」


 イオが振り返り、叫ぶ。


「その身体で何ができるって言うんだよ! 今のあんたは……戦える状態じゃない!」


 声は鋭いが、怒りではない。必死の叫びだった。


「私たちは、レイナが“弱いから”来たんじゃないわ」


 リリスは静かな声をしていた。しかし瞳は大きく揺れ、今にも涙がこぼれそうだった。


「あなたが……一人で強がりすぎて、壊れそうだったから来たの」


 その言葉が胸を撃ち抜くように響いた。


(……どうして……どうして、そんな理由で……)


 レイナは理解できなかった。  どうして自分のために涙を流すのか。

 どうして拒んだのに、追いかけてきてくれるのか。


 視界が揺れた。溢れた涙が頬を伝い、傷口に触れて痛む。


「レイナ!」


 ガゼルの怒鳴り声が響く。


「俺たちを……拒むなよ! 助けたいと思ったんだ。お前のことを、大事だと思ってるからだ!」


 大事――

 その一言は、レイナの胸の奥の“呪い”に亀裂を入れた。


 だが、時間が止まったようなその瞬間を、ゴブリンキングの咆哮が粉々に砕く。


 振り下ろされた大剣が空気を裂き、凄まじい衝撃波が三人を襲う。


「来るぞッ!」


 三人が身構える。


 その瞬間、レイナの喉が震えた。


 言いたくなくて、惨めで、情けないと思っていた言葉。

 それでも、胸の奥から溢れ出して止まらなかった。


「……ごめ……んなさい……」


 最初に出たのは謝罪。


 助けなんていらない、強いから一人でいい、そう言い続けて……

 彼らを傷つけてきたこと。


 ずっと強がって、心配を無視してきたこと。


 全部が、胸に刺さっていた。


(ごめんなさい……本当は……本当は……)


 そして――


「……助けて」


 か細い。

 震えている。

 息が詰まりそうなほど弱い声。


 けれど、その一言は、彼女の十六年間で最も重く、最も勇気のいる言葉だった。


 世界が――止まった。


 イオは目を大きく見開いた。

 リリスは杖を握る指先を震わせながら口元を押さえた。

 ガゼルは、胸に詰まっていた息をゆっくりと吐き出した。


「れ、レイナ……お前……」


「やっと……言ったな……」


 三人の声は震え、涙があふれていた。


 イオが笑った。涙を拭きもせずに。


「任せろ! お前がそう言ったからには、俺たちが絶対守る!」


 リリスがそっとレイナの背中に手を添える。

 温かい、優しい手だった。


「大丈夫よ。あなたの弱さも強さも、全部、私たちが受け止めるわ」


 ガゼルが盾を構え直し、地面を踏みしめて前へ一歩出る。


「よし……やっと仲間に戻れたな! レイナ、次の指示を出せ!」


 レイナは震える身体のまま、しっかりと頷いた。


(……一人じゃ、ない)


 その確信が、途切れていた魔力回路に再び火を灯す。


 蒼い光が、彼女の掌に宿った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ