第二十一話:三人が駆けつける
南森の入口付近は、魔物の死骸と抉れた地面が広がり、まるで嵐が通り過ぎたようだった。光の残滓、濡れた草、砕けた岩。それらの中心に、三人の影があった。
風と光を扱う軽やかな少年――イオ。
冷静で知的な水属性の少女――リリス。
大柄だが温厚な地属性の少年――ガゼル。
三人は息を整えることもなく、さらに奥へ視線を向けていた。レイナの魔力の痕跡は、濃く、そして荒れている。
「間違いない……レイナの魔力だ。こんな乱れ方、普段の彼女じゃあり得ない」
イオが額の汗を拭い、険しい表情のまま声を漏らす。
リリスは、倒れたゴブリンの死体を一瞥し、眉をひそめた。
「……これ、明らかに“単独戦闘”の痕跡ね。風で切り裂かれた跡、闇で押し潰された跡、最後は火……レイナ一人で相手してたなんて、頭がおかしいわ」
「おかしくなんかないよ」
ガゼルの低い声が、森の静寂を破った。
「レイナは……そういう子だ。自分で何とかしようとする。全部一人で背負っちまう」
その声音には、怒りも、悲しみも、後悔も混じっていた。
三人が今日、ギルドに向かった理由は、明日の課題確認のためだった。受付に顔を出したとき、偶然耳にしたのだ。
“エーデルシュタイン様が、Cランク討伐依頼を単独で受注して南森へ向かわれました”
三人は、同時に受付に食ってかかった。
「なんで止めなかったんだよ!? 危険依頼だろ!」
「シエラ先生は!? 学院の監視はどうなってるの!」
「単独でCランクなんて、規約違反じゃないの!?」
受付は怯えたようにただ首を振るしかなかった。
「成人しているので問題は……」などという言葉も、三人の怒りには届かなかった。
そしてイオは叫んだ。
「放っておけるわけないだろ!!」
そのまま三人は、走って学院を飛び出した。
助けに行く理由は、それぞれ違う。
イオは、レイナの才能を尊敬していた。
リリスは、レイナの孤独に気づいていた。
ガゼルは、レイナの笑顔を、もう一度見たかった。
しかし“救いたい”という想いは、三人共通だった。
「……行こう」
イオが風を纏う。
リリスが水を練り上げる。
ガゼルが大地に力を込める。
三人は一息に森の奥へ駆けた。
塔の崩れた石積みが見えてくると同時に、焦げた匂いと血の匂いが混ざった空気が襲いかかる。
「レイナ!」
イオの叫びが、森の暗がりに強く響いた。
石の上、闇に包まれた少女の姿が見えた。
髪は乱れ、腕からは血が滴り、立つだけで精一杯の状態。
その前で、粗末な王冠を被った巨大なゴブリンキングが、大剣を構えていた。
「……っ!」
リリスが即座に判断し、水の壁を展開しようとした瞬間――
ゴブリンキングが、突然入口側へ振り返った。
「貴様ら……人間が三人も増援だと!? さっきの光と風と地震は、お前たちか……!」
イオは風をまとい、低く構えた。
「レイナを傷つけたお前は……絶対に逃がさない」
ガゼルは地面を踏みしめ、低く唸る。
「……彼女は、一人じゃないぞ」
リリスは杖を構え、淡く光る水を渦巻かせた。
「さあ、覚悟しなさい。私たちが来た」
その一言に、レイナの肩がびくりと震える。
三人はレイナの前に並び立ち、彼女を守る壁となった。
だが、レイナの目に宿っていたのは――安堵ではなかった。
「やめて……来ないで……」
か細い声が漏れた。
三人の魔力が、一瞬止まる。
「レイナ……?」
イオが振り返ると、レイナは震える膝で立ち尽くし、唇を噛み締めていた。
「来ちゃ……だめよ……私……まだ、一人でやれる……から……」
その強がりは、血まみれの身体と崩れた魔力回路によって、完全に説得力を失っていた。
リリスの目が悲しげに揺れる。
「……どうして、そんなに……一人で戦おうとするのよ」
ガゼルは、痛ましそうにレイナの背を見つめた。
「もう十分だろ……? 俺たちを信用してくれよ……」
しかしレイナは、首を横に振った。
「嫌よ……頼らない……誰にも……!」
その言葉は、自分自身を傷つけていた。
三人は確信する。
レイナの強がりは“拒絶”ではなく――“恐怖”だ。
助けを求めるという行為そのものが、レイナにとって最も辛く、最も怖いことなのだ。
そしてその恐怖が、いま限界まで膨れ上がっている。
(――もう少しだ。レイナが、この壁を破るまで)
三人は、レイナを傷つけぬよう、ただそばで構え続けた。
彼女が初めて“救いを求める瞬間”を――待ち続けながら。




