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第二章:この世界の魔術は低レベルすぎるわ。――三属性首席レイナの高飛車魔導録  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第十四話:風魔術の純化、孤独な刃

 三人の仲間が去ってから、まだ数日しか経っていないというのに、レイナの周囲の空気はまるで季節が変わったかのように冷え切っていた。学院はいつも通りの喧騒を取り戻しつつあったが、廊下を歩く彼女の半径数メートルだけが、不自然な静寂に包まれていた。ひそひそとした視線はあるが、誰も声をかけない。誰も近づかない。まるで、触れれば切れる刃物のように、レイナが張り詰めているのが見えるからだ。


 レイナはこの数日、ほとんど自室から出ていなかった。机の上には、魔力制御に関する古文書や解析ノートが無造作に積まれ、ページの端には焦げ跡が散っている。壁には、訓練中に起きた小規模な魔力暴発の痕跡――細かい亀裂や煤――が新しく増えていた。


(闇魔術は……まだ危うい)


 闇魔術の訓練を続ければ、また暴走するかもしれない。あのトラウマに直結した魔術は、感情が揺れるだけで暴れ出す。シエラがいない今、次に暴走したら誰が止めるのか。そう考えた瞬間、レイナは自分自身の胸がきしむのを感じた。


(感情と連動する限り、闇の完全制御はまだ先。なら……)


 焦燥が彼女を突き動かす。

 シエラに敗れ、切り捨てられ、仲間にも見限られた。そんな状況で、じっとしていられるほど彼女は弱くない。


(まず、確実に扱える魔術を、誰にも真似できない域まで引き上げる)


 レイナは窓を開け、一気に魔力回路を風属性へと切り替えた。外気が流れ込む中で、彼女の周囲だけが異様な静寂に包まれ、空気が張りつめていく。


「風属性――《精製風刃エアロエッジ》」


 レイナが放つ風は、目に見えない。しかし、目に見えないことこそが彼女の理想とする風魔術の形だった。通常、速度を上げれば上げるほど風は音を立て、空気の渦を作り出す。だが、レイナの風は違う。暴れず、鳴らず、ただ一直線に走る。それは、速度と精度の完全両立という、学院の教科書ですら否定する理論の領域だった。


 床に落ちている紙の切れ端が、かすりもしないまま真っ二つに裂け、少し遅れて切断面からゆっくりと千切れが落ちていった。


(これじゃまだ……シエラには届かない)


 模擬戦の記憶が脳裏に蘇る。

 風の加速は読まれ、火の砲撃は水で封じられ、何より、彼女の動きがすべて見切られていた。


 あの敗北は、レイナの中で“屈辱”というより“警告”として刻まれていた。速さだけでは意味がない。動きの軌跡を消さなければ、シエラどころか学院の上級生にも勝てない。


 レイナは目を閉じ、呼吸を極限まで浅くする。

 魔力が、静かに全身を巡る。


 風による自己加速。

 風による空間把握――ウィンドスコープの精密化。

 風による攻撃の完全無音化。


 全ての工程を、一つの流れの中で同時にこなす。


「……っ」


 わずかに集中が揺らいだ瞬間、魔力がはじける音と共に机の端が欠けた。レイナは眉一つ動かさず、ただ呼吸を整えて再び魔力を絞り込んでいく。


(まだ足りない。こんな速度じゃ、あの背中は追えない)


 焦りと恐怖、そして強迫観念。

 それらが混ざり合い、レイナの才能を極限まで研ぎ澄ませていく。


 風魔術の純化が進めば進むほど、レイナは己の“思考速度”まで風に合わせて研ぎ上げていった。体の限界よりも先に、思考の限界が来る。高速化した魔力回路に、思考が追いつかなければ暴発する。


 だが、それでもやめなかった。


(完璧じゃないと……私はまた闇に飲まれる)


 その恐怖だけが、彼女を前へと押し出していた。


 火属性魔術の訓練は、風の純化と同時に進められた。

 レイナにとって火属性は《砲撃》の起点だ。風で軌道を作り、火で貫く。それが彼女の戦闘スタイルだった。


「火属性――《空中砲撃フレアバースト》」


 一発目の炎弾が放たれる。直後、レイナの風が炎の周囲を滑るように走り、温度と軌道を調整する。


 二発目、三発目の炎弾が、まったく違う方向へ放たれたにもかかわらず、一発目の風の残滓に干渉することなく、鮮やかに別の軌道を描いた。


 本来、三連射など不可能だ。

 風の制御が甘ければ炎同士がぶつかり、爆発して部屋ごと吹き飛ぶ。

 それを、たった一人でやり遂げている。


(まだダメ……もっと速く、もっと細く、もっと強く)


 執念のような集中が続く。


 一方その頃、教師棟では、監視魔術の映像を見た教師たちが肩を落としていた。


「……これ以上、伸ばす余地があるんですか、あの子は」


「魔力効率が異常です。火と風の同時操作が、完全に次元の違う段階です」


 だが、学園長だけは映像を止め、静かに目を伏せた。


「問題は、力ではない。あの子の心だ」


 映像の中のレイナは、鬼のような集中をしているのに、どこにも達成感がない。焦り、恐怖、自罰――そんな負の感情だけが彼女の背中を押している。


「強さの根拠が“恐怖”では、いつか崩れてしまう。協調性の誤解も解けていない。今のままでは……」


「心が壊れる可能性もある、ですね」


 教師たちは重い沈黙を落とし、学園長はただ小さく頷いた。


 同じ頃、レイナは床に座り込み、荒くなった呼吸を整えていた。

 額の汗を拭い、疲労で震える指を押さえながらも、その瞳だけは鋭く冷えていた。


(まだ……足りない。ここで止まったら、弱いままで終わる)


 風の純化は進んだ。

 火の砲撃の精度も上がった。

 だが彼女が求めるのは、“圧倒的”という言葉ですら足りない強さだ。


(次は……火の出力そのものを引き上げる)


 レイナは立ち上がり、窓から吹き込む風を一度深く吸い込んだ。


(もっと燃やす。もっと高温で、もっと速く……私の力を、限界まで)


 それは、彼女が地獄の訓練に足を踏み入れる合図だった。

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