第十三話:孤立する天才と、友の決意
闇魔術の制御に挑み始めたレイナは、ここ数日、自室に籠もりきりだった。
暴走のたびに蘇る過去の影。胸を掴むような恐怖が、魔力に火をつける。その暴れ狂う闇を、風属性で削り、散らす訓練を何度も繰り返す。
額には汗。胸には痛み。それでも、レイナは誰にも弱みを見せなかった。
(こんなの……弱さじゃない。強くなるための……通過点よ)
だが、彼女が孤立しているなどと気づく余裕は、まだなかった。
一方その頃、イオ、リリス、ガゼルの三人は学院長室にいた。
重厚な木の扉が閉じられた瞬間、室内の空気が静まり返る。学院長は三人に向き合い、深く頭を下げた。
「今回の特別実戦試験……よく生きて戻った。まずは、それに感謝したい。そして……すまなかった」
学院長ほどの人物が、迷いなく頭を下げたことに、三人はわずかに驚く。
「いえ、学園長」
イオは静かに言った。
「僕たちも、レイナさんの暴走を止められませんでした。あれは、僕たち全員の責任です」
責任。自分たちが足りなかったと認める言葉に、学院長は目を細めた。
「君たちの宮廷魔道士への道は、閉ざされたわけではない。来年の選抜に再挑戦すればよい」
三人は互いに視線を交わす。そしてイオが代表して口を開いた。
「……僕たちは、この学院に残ります。ですが、これまでのように授業を受けているだけでは、何も変わらないと気づきました」
ガゼルが腕を組んだまま、力強く頷く。
「座学だけじゃ足りねぇ。俺は放課後全部、実戦訓練に回す。魔力量はあっても、応用力がなきゃ意味ねぇって分かったからな」
リリスもまた、震える手を握りしめて口を開いた。
「……私も、前に進みます。レイナさんを助けたい。でも、そのためには……私自身が実戦で使えるだけの力をつけないと。中途半端なまま近くにいることが、逆にレイナさんを孤独にしてしまうと分かりました」
その言葉には嘘がなかった。三人とも、自分たちの弱さを直視した結果だった。
「うむ……立派な覚悟だ。では高等魔導研究院への進学を視野に入れているのか?」
「はい。レイナを支えられるだけの力をつける為にも、基礎を固め、もしその先レイナが進学したとしても、共に学び続けたいと思っています」
学院長はゆっくりと頷き、穏やかな笑みを見せた。
「ならば、私からも協力しよう。実戦形式の特別補講を許可する。教員の中には、独自訓練を行う者もいる。私の名で彼らに話をつけておこう」
三人は驚き、そして同時に深く頭を下げた。
「ありがとうございます、学園長!」
こうして、三人はそれぞれの道を歩み出すことを決意した。
その日の夕方、三人はレイナの部屋を訪れた。
コンコン、と控えめなノック。返事はない。だが、ガゼルが気配を感じ取り、遠慮なく扉を開いた。
「よぉ、いるのは分かってんだぞ」
「……勝手に開けないでよ」
レイナは机の前に座り、魔力制御の練習をしていた。疲れと苛立ちが表情に滲んでいる。
「何の用なの?」
声は冷たく、壁のように硬い。
イオが一歩前へ出た。
「レイナさん。僕たちは学院に残って鍛え直します。来年の選抜も諦めません」
予想外の言葉に、レイナの瞳がかすかに揺れた。彼女はてっきり、三人が自分から離れていくと思っていたのだ。
「……だから何よ。勝手にすれば?」
レイナは目をそらし、強い口調で返す。だがイオは、前を向いたままだった。
「レイナさん。今回は、僕たち全員の失敗です。誰か一人のせいじゃありません」
「違うわ。私のせいよ」
レイナは噛みつくように言った。
「力が足りなかった。だから暴走した。……ただそれだけ。あなたたちの問題じゃない」
ガゼルが低い声で言う。
「それが“認めようとしない”って言うんだよ」
「何ですって?」
「暴走した原因は、力不足じゃねぇ。お前の心の問題だ。シエラさんが言ってたろ」
「……シエラの名前を出すな!」
レイナが怒鳴り、机の上の羽ペンが揺れた。胸の奥の傷がふたたび疼く。“弱い”。そう告げられた瞬間の痛みが、蘇る。
リリスが小さく首を振り、涙を浮かべて言う。
「レイナさん……強さだけじゃ、人は助けられません。あなたは、私たちにそれを教えてくれました。だから、私たちはあなたを支えられるくらい強くなりたいんです」
「……支える?」
レイナは嘲るように笑った。
「いらないわよ、そんなの。私は、自分の力で強くなる。それで十分。協調性なんて、絶対的な強さの前では無意味よ!」
その言葉は強い。けれど、その強さはどこか叫びのようだった。
リリスは静かに目を伏せた。
「……分かりました。今のレイナさんには、私たちの言葉は届かないんだと思います」
イオは深く息を吸い、真っ直ぐに告げた。
「僕たちは、あなたを待っています。レイナさん。あなたが……本当の意味で“強さ”を理解するまで」
三人は扉の前に立ち、振り返らずに去っていく。
レイナは、その背中が消えるまで、ただ立ち尽くしていた。
扉が閉まり、完全な静寂が訪れた瞬間、レイナはその場に崩れ落ちた。
「協調性なんて……そんなの……弱さを見せたら終わりって……私は……」
誰に向けた言葉でもない。だが、その震えはレイナ自身の魂が発していた。
(私は……何を怖がってるの……?)
闇魔術を使うたび、胸の奥で疼く“恐怖”。それが暴走を招き、人を傷つけるかもしれない恐怖。そして──誰かに弱みを見せれば捨てられるという、前世から続く絶望。
レイナは、孤独の中心で震えていた。
だが、その震えを観察した瞬間、闇魔力がこれまでにない“静かな脈動”を見せた。
(……もしかして……)
恐怖を完全に否定するのではなく、“理解する”ことで闇魔術は変質する。そのことに、レイナは薄く気づき始めていた。
(……制御できる。絶対に)
レイナは震える指先を握りしめ、再び立ち上がる。
孤独でも構わない。心が弱くてもいい。その弱さこそが、闇魔術を形づくる核なのだ。
(この力は……私のもの。誰にも奪わせない)
レイナは机に手を置き、闇魔力の流れに集中した。
──闇魔術は、恐怖を理解するほど鮮明になる。
そう気づいた彼女は、次の段階へ進む。震えながらも“恐怖を制御する訓練”を始めるのだ。
そしてその訓練は、レイナの闇魔力を“異様なほど精密な力”へと変えていく。
これは、彼女が闇魔術を再構築していく物語の始まりだった。




