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第二章:この世界の魔術は低レベルすぎるわ。――三属性首席レイナの高飛車魔導録  作者: ぃぃぃぃぃぃ


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第十話 シエラの別れ

 昼下がりの学院の中庭には、雲に覆われた空が広がっていた。薄い灰色の光が石畳を冷たく照らし、風が吹くたびに枯れ葉がかさりと音を立てる。


 その片隅で、レイナは膝を抱えたまま座り込んでいた。


 試験が終わってから、もうかなり時間が経っている。医務室の治癒魔術で体力こそ戻ったが、心だけはどこにも行き場がなかった。


(特別試験……失敗。進級もなし。宮廷魔道士の道も遠のいて……)


 事実を並べるだけなら簡単だ。だが、心はまだそれを理解したがらなかった。


 胸の奥が、ひりつくように痛い。


(私は……何を間違えたの?)


 誰よりも早く強くなりたかった。

 誰にも負けたくなかった。

 その一心で、突っ走った。


 けれど結果は——惨敗。


 枯れ葉がひとつ、レイナの肩に落ちる。払おうと手を動かすが、力が入らない。


「よぉ、レイナ」


「……え?」


 不意に声をかけられ、レイナは驚いて顔を上げた。


「シエラ……?」


 そこには、革鎧のまま、いつもと違う静かな空気をまとったシエラが立っていた。


 豪快さよりも、冷静さの方が強く表に出ている。その表情は、どこか寂しさすら含んでいた。


「ちょっと話がある。座ったままでいい」


 シエラはそう言って、レイナの正面に立つ。


 その距離は普段と変わらないはずなのに、なぜか決定的に遠く感じられた。


「昨日の試験……お前、暴走しかけた」


「……!」


 レイナの体が、びくりと震える。


「覚えてねぇかもしれねぇが、あのままじゃ仲間ごと吹き飛ばしてた。止めたのはあたしだ」


「そ、そんなつもりじゃ……!」


「わかってる。原因はお前だけじゃねぇ。魔力の偏り、精神の負荷……要因はいくらでもある」


 レイナはほっとしかけた。だがシエラの次の言葉が、その微かな安堵を一瞬で砕く。


「だがな。これ以上の同行は……もうできねぇ」


「……え?」


 胸が強く締めつけられた。


「ど、どういう意味よ、それ……!」


「文字通りだ。任務は今日で終わり。あたしはお前の側を離れる」


「なんで……なんでよ! 昨日まで普通に指導してたじゃない!」


「それが任務だったからだ」


 シエラは淡々と言う。


「最初から、あたしは“お前の成長の最初の壁”として雇われてた。越えようと足掻いて、乗り越えられなくて、悔しさを知る。そのための存在だ」


「そんなの……聞いてない……!」


「言えば試験にならねぇだろ」


 悔しい。

 悲しい。

 納得できない。


 いろんな感情が胸に渦巻き、呼吸が乱れる。


「わ、私は……あなたがいなくなったら……どうすれば……」


「どうもしねぇよ。自分で立て」


 シエラの声は厳しかったが、どこか優しさが滲んでいた。


「強くなりたいんだろ。だったら自分の足で歩け」


「でも……でも……!」


 言葉が続かない。喉の奥が震え、涙がにじむ。


「レイナ、お前はまだ弱ぇよ」


 核心を突くその一言に、レイナはぎゅっと拳を握った。


「悔しいならな、強くなれ。それだけだ」


 シエラは少しだけ、口元を歪めて笑う。


「それにな……」


「え?」


「お前より、ずっと面白ぇヤツがいてな」


「……何よそれ」


 涙が引っ込み、レイナはきょとんとする。


「言っとくが、そいつは規格外だ。天才でも秀才でもねぇ。ただ……」


 シエラは遠くを見るように目を細める。


「強さの質が違う。お前みたいに真正面からぶつかるタイプじゃねぇ。だけど、見てて飽きねぇ。そういうヤツだ」


「……誰なのよ」


「さぁな。教えねぇよ」


 レイナは唇を尖らせる。


「ずいぶん勝手なこと言うのね」


「師匠なんてのは、最初から勝手なもんだ」


 そう言って、シエラはレイナの肩に軽く手を置いた。


「最後に言っておく」


 背を向けながら、静かに告げる。


「お前、まだまだ弱ぇよ。だけど——」


 シエラは振り返らない。だが声だけは、しっかりとレイナに届いた。


「強くなったら、また見てやる」


 その一言が、雷のように胸を貫いた。


 ゆっくりと歩き去っていく背中。

 レイナは立ち上がり、震える拳を強く握りしめた。


「……弱いって、言ったわね……私が……?」


 悔しさと悲しさと、それでも揺るがない意地が胸に広がっていく。


「いいわ。見てなさいよ、シエラ……」


 灰色の空を睨みつけ、レイナは力強く言い放つ。


「絶対に強くなる。あなたが“おもしれぇ”なんて言ったそいつにも……絶対に負けない!」


 そう誓いを立てたレイナは、まだ知らなかった。


 自分の暴走が仲間を巻き込み、特別試験が全員失敗となったこと。

 そして、宮廷魔道士への道が閉ざされつつある現実も。


 だが今は——

 その全てが、新たな強さへの一歩となることを、彼女はまだ知らない。

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