第一話 レイナ・フォン・エーデルシュタイン、入学式
王立アルケイン魔導学院。
二年制の基礎魔導教育機関であり、卒業後は冒険者として独立するか、さらなる研鑽を望む者は高等魔導研究院へ進学し、宮廷魔道士を目指す者もいる。
その新入生歓迎式が開かれる大広間では、朝の陽光を反射した白い大理石が眩しく輝き、天蓋から吊られた魔導灯が無数の星のように光を放っていた。整列した新入生は数百名。その中央、壇上には銀髪の少女が静かに立っている。
レイナ・フォン・エーデルシュタイン。十六歳。
火・風・闇――三つの属性を同時に扱う、学院史上でも稀有な才能の持ち主。とりわけ闇属性は保持者が極端に少なく、貴族社会において「忌避すべき力」と恐れられる存在だ。その闇を含んだ三属性を高い適性で操るレイナは、まさに“災厄級の天才”と噂されていた。
「新入生代表、レイナ・フォン・エーデルシュタイン。学院への入学を認める」
学園長の重みのある声が広間に響く。
整った所作で歩み寄ったレイナは、証書を受け取る。その背筋は張り詰めた弦のように真っ直ぐで、銀の長髪は魔導灯の光を受けて淡い輝きを返した。
拍手が起こる。しかしその音は決して大きくない。尊敬よりも恐れ、期待よりも警戒が混じっていた。生まれながらに特別であるという事実は、称賛と同じくらい拒絶を生む。
(これでいい。これで、誰も近づかない)
レイナは凛とした表情のまま、誰とも目を合わせなかった。
その冷たさは“孤高”というより“拒絶”に近い。
だが、それは強さの演出ではない。
――弱さを見せれば、すべてを奪われる。
胸の奥底に染みついた恐怖が、彼女をそうさせていた。
前世の名は綾瀬玲奈。日本の社長令嬢として何不自由なく育った彼女は、十四歳のときに拉致された。暗闇に閉じ込められ、泣き疲れ、声すら出なくなるほど怯え続けた――あの日々。
(もう二度と、あんな無力な自分には戻らない)
魔術は盾であり、武器であり、自分を守るための絶対の力。
その思いが、彼女を危険なほどの努力へと駆り立て、結果として天才と呼ばれる力を手に入れさせたのだ。
入学式が終わり、各自の教室に移動する時間となった。だが、教室でも彼女に対する空気は変わらなかった。
「わあ、本物だ……あの子がレイナ様?」
「三属性ってだけでも信じられないのに、闇まで……」
「なるべく関わらない方がいいわよ。怖くない?」
囁き合う声が、教室のあちこちで生まれる。
レイナが席につくと、周囲の空席が自然と広がり、ぽっかりと孤島のような空間ができた。
彼女は何の反応も見せず、静かに教科書を開く。
「授業内容……この程度なら問題ないわ」
小さく呟き、すぐに本を閉じた。
すべて理解できる。誰より正確に。誰より早く。
だが、それは驕りではなかった。
(完璧でいなければ……あの暗闇に引きずり戻される)
幼い頃の傷は、いまだ深くレイナを縛っていた。
授業が終わり、レイナが教室を出ようとしたそのときだった。
「あの、レイナさん!」
柔らかい声が背中にかかった。
しかしレイナは振り返らない。足を止めてもいけない気がして、そのまま歩き続ける。
(関わらないほうがいいのよ。私にも、あなたたちにも)
呼びかけたのは三人の生徒だった。
明るい雰囲気の風・光属性の少年イオ。
知的で冷静な水属性の少女リリス。
大柄で温厚な地属性のガゼル。
曲がり角で姿が消えるレイナを見送りながら、三人は顔を見合わせた。
「今日も、全然話してくれなかったね」
イオが寂しげに言う。
「才能も見た目も飛び抜けてるから……距離を置かれるのも無理ないけど」
リリスは腕を組んで小さくため息を漏らした。
「でも、なんか……放っておけねぇよ。強いのは分かるけど、一人で全部背負ってるみたいでさ」
ガゼルは不器用ながら、真剣な声で言う。
「レイナさん……本当に大丈夫なのかな」
その言葉は、曲がり角の先を歩くレイナの耳にも届いていた。
風属性の感覚を持つ彼女にとって、廊下の距離など意味をなさない。
(大丈夫よ。私は完璧。誰にも頼らない。頼れば裏切られる)
自分に言い聞かせるように、レイナは学院を後にした。
夕日が作る影は細く長く伸び、孤独の輪郭を際立たせる。
(もっと強くなれば、全部うまくいく……全部)
それは誰よりも自分自身を縛る呪いであった。
その夜。学院本館の奥深くでは教師陣が集まり、静かな会議が始まっていた。
「……エーデルシュタイン嬢の今後について、対策が必要でしょう」
重い声が落ち、室内の空気がひりつく。
こうして、レイナという少女の“孤高さ”は、ついに学院全体で注目される問題となっていくのだった。




