おまけ 社Side:高鳴る鼓動
導入と言ったな?あれは嘘だ
ウワァァァァァァ!!(社ちゃんの描写で悶絶した筆者の図)
戦いが終わって数時間後。
「...はぁ、また助けられてしまいました...」
社は、望門に割り当てられた部屋の一角でぽつりと呟いた。
窓の外には、もうすっかり夜が降りている。
小さなランプの灯りが、部屋の隅に影を作っていた。
今日の出来事――いや、それ以前から、望門さんには助けられてばかりいる。
別に、それ自体を悔やんでいるわけじゃない。問題は......
「何も、お返しできてない...」
家事をやるとは言ったものの、なんだかんだ望門さんが全部こなしてくれていた。
服も新しいものを買ってもらってしまったし、本当に自分は恩返しなんてできていない気がする。
それに...
ふと、さっきの戦いのことが頭をよぎる。
血に染まった自分の肩へ伸ばされた手。
慎重に傷を診て、魔法を使ってくれた望門さんの真剣な顔。
――あのとき、少しだけ、胸の奥を何かがチクリと刺した。
「どうして、あんな顔ができるのでしょう」
自分じゃなくても、誰かのために、あんな必死な表情を。
それを思い出すたびに、心臓が締め付けられ、息が詰まりそうになる。
「...それに、私の服装...一度、褒めてくれましたね」
さらに記憶を辿り、研究所へ行く直前の買い物。
ただ、服を買ってもらっただけだが、望門さん達はとても褒めてくれた。
まるで天使──以前はなんとも思わなかった言葉が、体全体に暖かいものを流し込む。
誰だって、褒められれば嬉しい。
「少しくらいは、恩返し...したいな」
そう呟くと、部屋を出て一階のリビングへと降りる。
望門さんはまだ研究所へと報告をしているため、からっぽのリビングが私を出迎えた。
「...寂しいですね、一人だと」
研究所に居た頃は、ずっと一人だった。
寂しさを感じることはあったけれど、それを口にする相手もいなかったし、やがてそういうものだと割り切っていた。
けれど、今は違う。
武尊さんや忍さん、七邸先生──そして望門さん。気を許せる相手ができて、笑い声の絶えない日々を過ごしていた。
最近は、一人であったことの方が少ない。
「どうしたんだろ、私...」
ただ一人になっただけ。なのに、どうしてこうも胸がズキズキするのだろうか。
静まり返った居間に自分の鼓動だけが響き、やけに大きく聞こえた。
「...お茶でも淹れましょうか。帰ってきたら、温かいものを飲んでもらえるように」
自分でも、この気持ちはよくわからない。
ただ、何かをしていたい──そう思った。
きっとそれは、恩返しのつもりでありながら、どこかで彼の笑っている顔が見たいという気持ちだった。
キッチンへと向かい、マグカップを二つ、食器棚から取り出す。
静かな家の中に、陶器の触れ合う音が小さく響く。
「...なんでもありますね、どれにしましょうか...」
棚には、いくつもの紅茶が並んでいた。
林檎、檸檬、オレンジ......香りを想像するだけで胸が温かくなる。
望門さんの家族は、紅茶が好きだったのだろうか。
そんな他愛もないことを考えながら、指先で並ぶ箱をなぞっていく。
「...あれ、これって...」
ふと手に取ったのは、百合の花の紅茶。
神社で暮らしていた頃、一度だけ飲んだことがある。
慣れない洋の味に戸惑った自分が、「でも、これだけは美味しい」と笑った記憶。
「これにしましょう」
そっとティーバッグを取り出し、湯気の立ち上るポットのそばに置き、マグカップに静かに湯を注いでいく。
百合の上品な香りが部屋いっぱいに広がり、心の奥まで温めてくれるようだった。
「...もうすぐ、帰って来ますかね」
そう小さく呟いたときだった。
玄関の方で、鍵の回る音がした。
その音に、思わず体が跳ねる。
やがて、慣れた足音が廊下を進み、リビングの戸が開いた。
「...あれ、社?まだ起きてたのか」
それは望門さんだった。
髪の先が少し濡れており、外の冷たい夜気に当たってきたことが分かる。
表情は疲れていながらも、いつもの穏やかさと優しさを漂わせていた。
「はい......あの、紅茶を淹れようと思って」
「紅茶?」
望門さんが、ふわりと香る匂いに気づいて、目を瞬かせる。
「この匂いは...百合か?」
「はい。結構珍しいものですけど...落ち着くので」
「成る程...いい選択だと思うよ」
そう言って、望門さんは向かいの席に腰を下ろす。
私はおずおずとマグカップを手渡した。
「...ありがとう、社」
たった一言の感謝。それだけなのに...何故か、顔が熱くなる
そのことを悟られたくなくて、私は顔を俯かせてしまう。
「い、いえ...その、ちょっとお返しがしたくて...」
「お返し?」
「はい、いつも......助けてもらってばかりなので」
一瞬、望門さんは驚いたように目を丸くしたが、すぐに口の端を緩ませる。
「当たり前でしょ、君は僕より年齢が低いし......それに、今では大切な仲間、だからね」
その言葉が、心のどこかに静かに沈んでいく。
“仲間”。
そう言われたのに、どうしてだろう。
嬉しいのに、再び心臓が締め付けられた気がした。
「そうですか...ありがとうございます」
私は笑顔を作りながらも、ぎこちなく応えた。
百合の香りが二人の間を漂い、静かな夜を彩っていた。
その後、望門さんが飲み終えたカップを静かに置く。
「じゃあ、少し報告書の整理をしてくるよ。社は自由にしてて」
「......はい」
そう言って、望門さんは軽く手を振り、部屋を出ていった。
その背中が廊下の向こうに消えると、さっきまでとは打って変わって、リビングに静寂が訪れる。
「...仲間、ですか...」
私は、誰に向けるでもなくそう呟いた。
その言葉をもう一度、心の中でなぞる。
”仲間”。
それだけなのに、どうしてここまで胸が痛くなるのだろう。
私のカップに残った紅茶は、とっくのとうに冷めている。
けれどその香りだけは、薄く、淡く残っていた。
「...やっぱり、望門さんは優しいですね」
誰も居ない部屋の中、その言葉がやけに大きく聞こえる。
気づけば、手のひらが胸に触れていた。
そして、触れている場所は自分でも驚くほど早く鼓動している。
「本当に、何なんでしょう...」
自分でも、感情が制御できない。
顔はさらに熱く、鼓動はさらに早くなってゆく。
ふと窓を見ると、秋の夜風がカーテンをたなびかせていた。
私は心を静めるように、マグカップを両手で包み込む。
「......おやすみなさい」
自然と漏れ出た声は、風と百合の香りに溶けていった。
なにやら社ちゃんの様子が変ですね、いったい何なんでしょうね(すっとぼけ)
筆がノッてるのでワンチャン明日も投稿する...かもしれません




