社Side:白蛇と黒い外套の女性
更新再開です
「うぅ...やっぱり一人だと心細いです...」
少し前、望門達二人と社が別れた頃、その弱々しい声は、廊下に反響することもなく静かにこぼれ落ちた。
「せめてもう一人いれば良かったんですが...まぁ仕方ないですね。実際手分けをするのは有効だと思いますし...」
中学生とはいえ、私はまだ子どもで、ただの人間だ。
頼れる人がいる中で一人になるということが、こんなにも心細いものだなんて...研究所に送られた時とはまた違った孤独感が、じわじわと胸の奥を侵していく──こんな感覚、何度も味わいたいものではない。
「こういう時...望門さんは、どうしているんでしょうか」
ふと、家族を失ってから五年もの間、一人で生きてきたという望門さんの姿が脳裏に浮かぶ。
普段は明るく振る舞っているけれど、家族や親友の話になると、どこか遠くを見つめるような寂しい目をすることがある。あれは...孤独に慣れてしまった人の表情なのでしょうか。
私にはあんな顔はできませんし...できるようになりたいとも思えません。
「うーん...考えても仕方ないんですかね。私とは、状況が違いすぎますし」
望門は家族がなくなったとは言え、親しい人全員が亡くなってしまった訳では無い。そこが唯一の救いとも言えるでしょう。
比べて、私は...もともと友達は多くなかったけれど、それでも家族や友達も皆居なくなってしまった...やはり、耐え難いものです。
しかも、転移させられた先で神の力を持っていると言われてしまった。
私は一体...どうすればいいのでしょうか。
「...ん?あれって...」
その時ふと、何か白いものが視界の端を横切る。
「白い...蛇?」
体長は...30cmといったところでしょうか。その小さな白い蛇はとぐろを巻き、眠っているように微動だにしない。
普段なら、学校に蛇がいることを気にしたかも知れないが...今の私は、孤独なただの人間。気がつけば、その白い姿に惹かれるように、一歩、また一歩と近づいていた。
あと少し──手を伸ばせば届く距離。蛇はその瞬間、するりと体を持ち上げた。だが決して威嚇するようなことはなく、むしろ穏やかに、ゆっくりと近づいてくる。
「...ふふ、思ったより暖かい...」
害がなければ動物は皆愛すべきもの。そう考えている私にとって、白い蛇はまるで、孤独を溶かしてくれる小さな友達のように思えた。
鱗は少しざらついているけれど、指先でなぞると、嬉しそうに腕へと巻きついてくる。
しばらくの間、私は白い蛇をそっと撫でながら、その温もりに心を預けていた。
そのとき──
「あっ!ここに居たのか、シロ!...ん?君は...」
突然、女性の声が廊下に響いた。
その女性はよっぽど急いでいたのか、少し息を切らしながらこちらへ駆け寄ってくる。
黒い外套を羽織っているせいか、薄暗い廊下の中では輪郭が曖昧に見えた。
ですが、フードの隙間から覗く彫刻のような端正な顔立ちは、人を惹きつける魔性の雰囲気を漂わせている。
「あ、すみません...この子、あなたの大切な子だったんですね。可愛かったもので、つい...」
「シロが人に懐くなんて初めて見たな...君、名前は?」
女性は私に敵意がないと分かると、ふっと力を抜き、穏やかに微笑んだ。その笑みが、先ほどまでの鋭さを少しだけ溶かす。
「私は、天宮 社というものです」
「社......そうか。私は絡夜 巳令っていうんだ。よろしく頼むよ」
そう私達が話している間、白い蛇…シロは絡夜さんの足元へと這っていくと、またとぐろを巻いて動きを止めた。
「あー、私が聞くのも何だけど、なんで君はここに?」
「えっと、私は…先生に昨日のことを調査してほしいって頼まれて…」
「たかが一生徒に?」
(不味いですね、しっかり警戒されています...)
敵意は感じませんが...やはり、相手側から見ても怪しい状況なのでしょう。
もし、研究所からの依頼っていうことを迂闊に言ってしまえば...何故かはわからないが、嫌な予感がする。
「先生も一緒に来ていますよ。たしか、私が最後にその教室を使ったから話を聞くついでにその部屋の調査を一緒にやろう、って...」
「...そう。まぁ、そういうことにしておこうか」
絡夜さんはしばし私を見つめたあと、ふっと小さく息を吐いた。
その目は、どこか探るようで、それでいて哀れむようでもあった。
「気をつけなよ、君じゃ敵わない奴らが、この学校に潜んでるからね」
それだけ言うと、彼女はフードを深く被り直し、廊下の奥へと消えていった。シロも主に倣うようにとぐろを解き、すべるようにその後を追っていく。
「...うーん、改めてどこを探しましょうか」
そう小さく呟いても、返事をしてくれる声はない。絡夜さんが立っていた場所には、彼女の気配すらもう残っていなかった。
だからこそ、私はこの時気づかなかった。
後ろから何かが近づいてきていることに...
「...え?きゃっ!?」
一瞬、背中に冷たい気配を感じた。
反射的にその場へ座り込んだ次の瞬間、私の頭上すれすれを拳が風を裂いて通り抜けた。
「......」
襲撃者は無言のまま、私を覗き込む。
目には明確な害意。それは、まるで感情を捨てた人形のような瞳だった。
「こ、来ないで...」
その肉体は少年のものだったが、繰り出された技はおよそ常人のものではない。私は座り込んだ姿勢から立ち上がり、逃げなくてはと。そう思うのに...
足が、動かない。
それどころか、体全体が震えてしまい身じろぎ一つすら出来ない。
「い、嫌...」
喉がかすれ、声にならない。震える体を見下ろすように、少年は再び拳を構えた。
その動作には、ためらいも、感情もない。
拳が迫る──そう思った瞬間、世界が一瞬だけ止まった。
空気が、震える。
風が頬をかすめたかと思うと、目の前の少年の体が、くの字に折れて吹き飛んだ。
「...間に合った!!」
低く、人を安心させるような声が廊下で静かに響く。
見上げると、風で髪を逆立たせた望門さんが、私の目の前に立っていた。
「...大丈夫か!?」
少し間を置いて、取り乱した様子の忍さんが、すぐそばの影から現れる。その二人が来たことに安堵した途端、体の力が抜けそうになった。
だが望門さんの隣には、雷鳴のような音と共に七邸先生が駆けつける。
「社ちゃんに手を出すとか...いい度胸だね」
先生は聞いたことのないような低い声で、襲撃者を軽蔑する。
「...あれ、もしかしてこいつ...」
「うん、十中八九金山くんだね」
そんな彼らの表情を見て、胸が締めつけられた。
それはまるで、怒っているというより......気づけなかった後悔の表情、だろうか。
「まぁ、犯人が分かったならちゃちゃっと片付けよう...『赤色の炎【獄炎球】』」
七邸先生の向けた右手から、燃え盛る炎の球が襲撃者に放たれる。
その様子を見ている私は、ただ握りしめた拳を震わせることしか出来なかった。
助かった──というより、何も出来なかったという不甲斐なさで。
やめて!ただならぬ様子の襲撃者に、対戦争規模の技なんて放ったら、何者かに魔法で操られているであろう金山君の身体まで燃え尽きちゃう!
お願い、そんなに大技を出すのはやめて七邸先生!あんたが今ここで本気出したら、小説書き始めたばっかの私はどうなっちゃうの?時間はまだ残ってる。ここを耐えれば、黒幕に勝てるんだから!
次回、「筆者過労死す」。デュエルスタンバイ!
半分おふざけですが半分本心です




