熟練度と意志の強さ
「諦めるのか?」
ある時そう言われた、父の言葉を思い出す。
それは初めて魔法を教わり父に森の魔物討伐に同行した時のことだった。
当時、まだ魔法を教わったばかりではあったが的当ての訓練などもそれなりに出来ていた為、問題なく戦えるだろうと俺は鷹をくくって調子に乗っていた。
的当てなんかと違い魔物は動くし攻撃もしてくる。
そんな当たり前のことが抜け落ちていた。
父はそれを分かって俺を連れ出してくれたのだろう。
案の定、俺は慌てた。
動く魔物に翻弄されロクに魔法も当てられず追いかけ回された。
追い回されていては魔法もロクに打てず逃げ回ることしか出来なくなってしまった。
兄達はそんな俺を見かねて助太刀してくれようとしたが、父がそれを制した。
そして、俺を追いかけまわす魔物をしばらく見たあと、剣で弾き飛ばし追いかけっこを終わらせ俺に言った。
「諦めるのか?」
最初は何を言ってるのか分からなかった。
いや、言っていることは理解出来ていたが意味が分からなかった。
むしろ、なんでもっと早く助けてくれなかったのかと内心憤慨していたくらいだった。
そんな俺に父は見透かしたように言葉を投げかけてきた。
「お前は何者だ?」
俺に問いかけてくる。
何者か?
ここで父が言いたいことは名前や父の息子なんてものではないだろう。
「俺は…貴族の息子です」
「そうだな、ではお前のその力は何のために振るわれている?」
何のため?
魔物を倒す為?
違うそんな目の前の話ではない。
貴族として聞かれているだろう。
「りょ、領地の為…ですか?」
「この場においては正しくないな、我々貴族は確かに領地を守ってはいるが根本の部分では領民を守っている」
「どう違うのでしょうか?」
「これは国においても言えることではあるが、民無くして国及び領地の繁栄はあり得ない。人のいない国を国と呼べぬであろう?民を守らねば、民は減り国は崩壊する。平民は領地を耕し物を収め税を収め、その対価として貴族は領民を外敵の全てから守る。両者は役割は違えど本来は対等な関係であるべきである。特権階級に甘んじて民を軽んじるものは必ず最後には足元をすくわれる。」
理に適った考え方だと思う。
「お前は領民が納めた穀物で食事をし領民が納めた税で物を買い生活をしている、ならばお前は何をしなければならない?」
「領民を守る…」
「その通りだ、お前の目の前にいるものは魔物だ。魔物は例外なく人を襲い、ここの領民は例外として一般的な領民は戦えない者がほとんどだ。」
確かにここの領民は大森林が近い故に子供の頃から魔物討伐を経験することが多いため、自分の身を守るくらいの戦闘はほとんどの者が行える。しかし王都など平和な領地に住む領民は戦えない者がほとんどなのが一般的である。
「いいか、お前が諦めるということは領地、領民を見捨てるということだ。その時点でお前は貴族としての誇りを失うことになる。貴族の中にはそういう誇りを持たんものもおるがお前にはそうなってほしくはない。だから貴族としての覚悟を持て」
覚悟、確かに今までそんなこと考えた事すらなかった。
覚悟と言われてもなぁ…
転生前だって環境に流されてほとんど惰性みたいな生き方だったし、転生してからも考えるような機会はなかった。
正直なところ、言われた今でも実感が湧かない。
というか、そもそもたかだか6歳で普通そんなこと考えられないって。
考えがまとまらず悶々としていると、父が「ふっ」と笑った。
「まぁ、今すぐに覚悟を決めろという話ではない。お前が成長していく上で必ず必要になることだからこれからゆっくり考えていけばいい。覚悟の話をしたのはスキルや魔法のに繋がるからだ。これらの力にはそのものの力とは別に熟練度と意志の強さというものがある」
「熟練度と意志の強さ…ですか?」
熟練度は理解出来る…
しかし、意志の強さも関係あるのか。
「そうだ。熟練度は力を使えば使うほど、成長するものだ。そして、意志の強さはそのまま力を使う時の意志の強さで力も増加される。同じ能力同士でも熟練度や意志の強さで勝敗が別れるのだ」
なるほど、ただ能力を使いこなすだけでは真価を発揮できないと。
「今のお前には熟練度はともかく、自分の意志という物を持って欲しい。ただこれは本来、人から与えられるより自分で見つけるべき物でもある…がそれも後々で良いであろう。今は貴族として領民を守る為に力を振るうと心に決めて戦っていくと良い。そうしていけば、自ずと自分が守りたいものを守る力が欲しくなる時がくる。それが意思の力となりお前の力となるであろう」
「自分が守りたいと思えるもの…」
何となく分かったような気がした。
会話の内容こそ濃密であったものの実際の時間としてはそんなに経っていない。
先ほど、父が弾き返した魔物が警戒しつつも再びこちらに向かってこようとしてくる。
「心構えを解いた上で改めて、あの魔物を討伐してみせろ。それともう一つ魔法はただ放つだけが魔法ではない」
「ただ放つだけが魔法ではない…」