97 角笛馬車 2
馬車の乗り心地はお世辞にもいいとは言えない。走っている道だって日本のようにアスファルトがあるわけじゃない。ガタゴトと地面の凹凸をリアルに受け止めてしまう。
グランパが敷物をもってこいと行った意味がよくわかった。
そうなると我がプロスパー家は相当良い馬車を持っていたのかと改めて感じる。家の馬車に乗って尻が痛いとか、そんな問題は今までなかった。
とはいえ魔力を尻に集めれば多少の衝撃も気にならない。
魔法を使えない人たちでもその程度の魔力操作は自然に行っている。ボディを殴られそうに成れば誰だって腹筋に力を入れて少しでも打撃に耐えようとする。それと同じらしい。
そうやってこの世界の人たちは自然に魔力を活用して生きている。
馬車は前向きに三人ほど座れる幅のベンチシートが四列。まるでテーマパークのアトラクションのような感じだ。
一番前には一人で乗り込んできた男性。二列目には老夫婦。三列目に俺とティリー。そして四列目にグランパが乗っている。
客も少ないので割とゆったりと使っていた。
……。
……。
俺はボーッと流れていく景色を眺めていた。
電車のように流れる景色、とは言えないがそれでも少しづつ変わっていく景色をそれなりに楽しんでみている。
馬車はファルクレストの街を出ると、北東の方向……。以前リュミエラを救出に行ったときと同じルートを通っていた。
あの時はあまり周りの景色を楽しむといった風情なんて無かったからほぼ初見に近い気分だ。
何もしない、何もすることのないのんびりとした馬車旅。
最高じゃないか。
それでも俺はぐるぐると魔力を体の中を回しながらトレーニングをする。これも完全に癖になってしまってる。勉強しながらペンをクルクル回すのと多分変わらない。
「こんなときでも魔法の訓練ですか?」
「ん? うーん。まあ訓練って程でもないけどね。」
「そうなんですか?」
「うん。何ていうか、癖? というより遊びに近いのかな……」
「遊び、ですか」
「……あ、ティリーもやってみる?」
「え?」
「ほら、なにもないし退屈でしょ?」
「そ、そうですね」
たぶん、ティリーも退屈だとは思うんだよな。旅を楽しめるかわからないけど。後ろを見ればグランパはうつらうつらと船を漕いでいる。
家のメイドや執事たちは多少の護身術は学ばさせられている。もちろん自分を守る為というより雇い主を守るといった意味合いのほうが多いのだが。
少しだが魔物を狩ってレベル上げもしている。冒険者をしている俺やハティとは比べられるようなものじゃないけど。
「いつも俺は立ったままやってるけどね。座っても出来るんだよ」
「そうなんですか?」
「そそ。魔力溜まりに意識を集中して……」
まずは站樁功。あれは立禅と呼ばれるのだが、禅だからな座って出来ないはずもない。俺はじっくりと魔力の感じ方、そしてその移動を教えていく。
と言ってもティリーはこの世界に生まれ育っている。苦戦しながらもすぐにその感覚は掴んでいく。
そう。ファラド将軍に頼まれてエクスガードの面々に二十四式を教えているのだが。この世界の人達はその魔力を動かす感覚は割とすぐに分かるんだ。
ただ、その流れのクオリティをあげるのがなかなか難しい。俺が異常と言われるのもやっていてすぐに理解できた。
……。
ティリーの額に汗が滲む。
もともとの真面目な性格もあり、けっこう集中して頑張っている。ハティならすぐに飽きちゃうんだろうなとも思うが魔力をちゃんとコントロールしようと必死になっていた。
「難しい?」
「ですね……。ラドクリフ様のようには出来ないみたいです」
「でも僕だって何年もやっての事だからね。だんだんと魔力をいじって動かすのが楽しくなるから」
「そう、なんですか?」
体の前に円柱を抱くように両手の手のひらを内側になるように輪を作る。その円の中をゆっくりと魔力を回させる。
当然無駄もあるし散っていく、でも初めてにしてはなかなかいい感じだ。
「じゃ、一回魔力を放出して休もうか」
「放出ですか?」
「うん。そのまま両手の手のひらを持ち上げながら下に向け、うんうんそう。そのままゆっくり息を吐き出しながら、手のひらを回しつつ……。そう前に突き出すように……」
「はい……」
そのままティリーが息を吐き出しながら手に集まった魔力を手のひらから排出する。
……
――あれ?
排出が予想以上にスムーズに行われるのを見て俺は思わず身を乗り出す。
「ごめん、もう一度やってもらって良い?」
「もう一度?」
「うん。ちょっと魔力を集めて、手のひらから出してみて」
「こう、ですか?」
俺が言うと、ティリーは再び魔力を排出させる。
――やっぱり。
「えっと。どうしました?」
「うーんと……。もしかしたらなんだけど」
「はい」
「ティリーも魔法を使えるかもしれない」
「……確かに生活魔法は使えます」
「いや。そうじゃなくて……」
「?」
魔法は確かに使えると言っても、火を熾すなどの簡単な生活魔法は使える人間はそれなりに居る。だが、強度の魔法を放出する攻撃魔法となると使える人数は一気に減る。
攻撃魔法を使える人など数百人居て一人居るかとかそういうレベルで、俺が魔法を使えるだけでも家族が驚くような状況を考えればこれはすごいことだと思う。
だが……。ティリーがそれを望むかと言えば難しい。
魔法使いとなれば、軍や冒険者として食いっぱぐれることは無いだろう。
だがそんな荒くれな世界でティリーがやっていけるか。というより、ティリーがそれを望むか。
ううむ。
「使えそうなのか?」
なんとなくティリーに告げるのを躊躇していると、後ろで話しを聞いていたのかグランパが尋ねてくる。
「……たぶん。魔力の排出の勢いが、割と強いから」
「ふむ……。ティリーはどうしたい?」
「どう、と言われても……」
ようやくティリーも俺の言っている意味がわかったようだ。その表情にも明らかに動揺が見られる。そんなティリーに俺は優しく笑いかける。
「もっと気楽に考えればいいさ。別に魔法が使えると言っても生き方まで変える必要は無いし」
「そう、ですね」
「まだちゃんとはわからないけどね。魔法が使えそうと言ってもエクスマギアのエリートとかと比べればやっぱり難しいんじゃないかな。でも間違いなく実用は出来ると思うよ」
「ど、どうしたら良いでしょうか」
「とりあえず、ティリーの魔力属性もわからないし。ほら、それによっても向き不向きでるからね。色々調べてみようよ」
「はい……」
魔法ってのは予想外の事だったが、あのハティの姉だ。もともとのスペックはある程度高くても驚きはしない。
旅はまだまだ時間はある。ゆっくりと色々試せば良いんだろう。




