95 旅の始まり
そうなってくると今度はハティがへそを曲げる。
「ぶうー」
「そんなへそ曲げるなって」
「だって、また一人で行くの?」
「そりゃあ、まあな」
「そんなのずるいよ!」
「だって家族の旅行だぞ? ハティだって父ちゃんやティリーの三人でどこか行くって時に俺が居たらいやだろ?」
「嫌じゃないよ?」
「え? えっと?」
嫌じゃないんかい。まあ、ほぼほぼ毎日あの馬小屋に行ってるからな。家族ぐるみの付き合いだからな。例えが悪かったか。
「まあそう言うな。ほら、ハティには頼みたいことがあるんだ」
「むー。……何よ」
「俺が居ない間にも、アドリックたちは狩りに行くからさ。助けてあげて欲しいんだ」
「アドリック様は十分強いじゃん」
「いやそれでもさ、いつ何があるかわからないだろ? 突然強い魔物が出てきたりさ」
「そうだけど」
「最近はファラド将軍も居ないだろ?」
「それはラドが居るからでしょ?」
「いやいや、俺は関係ないって。パーティーの実力が底上げされてるから不安が減ってるってだけだ。でも俺もハティもふたりとも居なくなったら、戦力は下がってしまうだろ? ハティにはちゃんとアドリックを守っててほしんだ」
「……ずるいよ」
「頼りにしてるって」
「むう……」
俺としても気持ちは痛いほどわかる。
交通の便の発達していないこの世界では、なかなか見知らぬ土地へ行くなんてことは無いからな。
俯いているハティーの頭をそっと撫でながら優しく伝える。
「な、頼んだぜ」
「お姉ちゃんばっかり……」
「はい?」
……。
……。
俺が部屋に戻ると案の定ティリーは部屋の中の掃除をしていた。俺の姿を見たティリーはいつものように笑顔で俺を迎えてくれる。
「えっと? ティリー?」
「なんでしょうか」
「ティリーも旅行に?」
「はい、お坊ちゃまの身の回りのお世話はお任せください」
「い、いや。でも爺ちゃんだって一人なんだし」
「大丈夫です。グフタス様のお世話も私にお任せください」
「おまかせって、え? え?」
どういうことだ? 理由もわからずにうろたえていると部屋のドアが空きグランパが入ってきた。
「ん? どうしたんじゃ?」
「えっと、グランパ? 旅行って俺とグランパの二人で行くんだよね?」
「まあ、そのつもりだが?」
やっぱ、そうだ。勝手に俺が旅行の人員を増やすなんてこと出来ない。
「ね? ティリー。もうお世話がなくても一人で行けるから」
「でも付いてくるようにってグフタス様が……」
「はい? え? グランパ?」
俺がグランパの方を向くとグランパは表情を変えずに「何を言ってる?」という顔で俺を見つめ返してくる。
「ティリーはお前の専属だと言うじゃないか」
「一応、まあ、そうだけど?」
「だとしたら当然付いてくるだろ?」
「え? でも今は二人でって――」
「メイドじゃからな。普通旅の人数には数えんぞ?」
「は?」
そうか、いやまあそうかも知れないけど……。
「ご迷惑ですか?」
「い、いや……。全然迷惑じゃないけど」
「けど?」
「旅って危険だよ? 何があるかわからないよ」
「大丈夫です。プロスパー家のメイドになった以上、多少の護衛術は学んでおりますし」
「だけど……」
いやまあ、グランパが来るように言ったのなら良いのか?
冒険者として色々な場所へと今後行くだろうハティと比べて、ティリーはメイドとしてこの街から出ることもなかなか無い。
馬車での旅だし、いざとなったらティリーも乗馬は出来る。確かに色々と助かることもあるんだが……。
そもそも一人旅じゃなくグランパもいるんだ。そしてそのグランパが旅の準備をするようにティリーに伝えたとすれば。
ハティのようにアドリックの護衛をお願いするといった理由もない。
俺は諦めてティリーを受け入れることにした。
……。
……。
旅は角笛馬車を使う。
この角笛というのは、馬車の御者が度々角笛を吹いて周りに知らせる事から付いた愛称なのだが、言ってみれば乗合馬車だ。
この角笛馬車は国営の機関で、王都から様々な方向に放射状にルートが作られている。つまり、ここから王都ヘ向かい、そこで乗り換えて目的の領方面に行く角笛馬車にのる、といった感じでどこへでも行ける。
ただ、今回は王都までいかずに途中で角笛馬車を横切るようなルートを取る普通の乗合馬車に乗り換えてシュトルツ領へはショートカットをする予定なのだが。
それはさておき。
乗合馬車と言っても実は客を運ぶのはその役目の半分ほどだ。言ってみれば日本で言う郵便局のようなもので、手紙や荷物の輸送などがメインの業務担っている。そして、ついでに人も乗せるといったものだ。
王国の法律でこの角笛馬車を襲うことはかなりの重罪として扱われる。それもあり、角笛を吹く事で、盗賊らに「角笛馬車だぞ」と知らせる意味もある。
そうなれば山賊に襲われることが少ないということだ。
ただこの角笛馬車は王国内の大きめの都市を繋げる主要な街道しか行き来はしない。そのためそこからその都市の周りの小さい街などには民間の乗合馬車などを利用して動くというのが基本的な動きだ。
グランパも馬に乗れるのだから馬で行けばいいじゃないか、とも言えるのだが何日も移動するとなると、老体は馬車が良いとのことだった。
そもそも南の家からここまでもこの角笛馬車に乗ってきたのだというから、当然だろう。
その日の朝、俺達は母親に見送られ領都の馬車乗り場へと向かう。
御者はハティ。
プンスカと口を尖らしているが、ちゃんと俺達を送ってくれるところがこの子の良いt頃だ。
「そう言えば、ルナを最近見かけてないけど、もし帰ってきたら伝えておいてな」
「わかってる」
「ああ、あと、スコットにもな」
「わかってる」
「……お土産買ってくるって」
「わかってる」
「そうか……」
「怒るなって」
「怒ってないもん」
「リュミエラもよろしくな。あの子も行きたがってたけど」
「……え?」
「流石にお姫様を連れていけないだろ?」
「そ、そうだね……」
リュミエラの名前を出すと流石にハティもなんとも言えない表情をする。ハティにとってもリュミエラはパーティーで唯一の同性の仲間だ。アドリックと同じく護らなくちゃいけない大事なお姫様だ。
「爺ちゃんが北の国を見てみたいだけだし、満足したらすぐ返ってくるさ」
「うん、気をつけてね」
「ははは。魔物と戦うハティ達よりは安全さ」
「旅の途中で魔物が出るかもしれないじゃん」
「まあ、そうだね……。うん。気をつけるよ」
「うん……」
最期にはハティもちゃんと納得してくれた。ちょっぴりお姉ちゃんの姿を羨ましそうに見ていたが、ティリーに言われればハティは逆らわないからな。
ハティはそのティリーと俺をジロジロとつぶやきながらボソッと呟く。
「でもさ、二人。こう見ると兄弟みたい」
「……え?」




