92 アンオーソライズド
ウィリエールに頼んだ剣を鞘に納め背中に括る。
うん。なかなかいい感じじゃ無いか……。
……。
あれ?
ふと工房の中に違和感を感じ視線を向けると、一人今まで見たことのない子供が働いているのに気がつく。まあ、子供と言っても俺と同じくらいか?
見れば、まだまだ小さいのだが槌を握らせてもらってる。その小さい体で妙な雰囲気を感じ、思わず見つめてしまう。
それに気がついたのだろう。ウィリエールが振り返り、その子供をみる。
「ああ、アンですか。最近来るようになったんですよ、なかなかいい筋してるってね」
「……アン? 女の子なのか?」
「はい。まだガキだから色気もねえっすけどね。女の子ですわ。父親を早くに亡くしましてね。ほら、ゲンウェルの旦那が連れてきたんですよ」
「へ、へえ……」
やべえ……。また何かストーリーを動かしてしまってる予感がする。
俺は恐る恐る尋ねる。
「えっと。父親の名前ってわかる?」
「ビルですわ。ビル・オーソライズド。腕利きで有名だったんですがね……」
ああ、間違いない。
いや。だけどなんでアンがここに居るんだ?
俺はよくわからない状況に戸惑っていた。
◇◇◇
アン・オーソライズド。彼女こそが我がプロスパー商会の鍛冶部門を地獄へと叩き落とす最重要な存在となる少女だ。
原作主人公のエリックの取り巻きの一人であり、父親も最高の鍛冶職人だった。その父親はレア素材を扱わせたらプロスパーの勇者シリーズにも負けない一品を作れると言う設定だった。
だがレア素材がなかなか世に出ない素材不況と呼ばれる現在。金銭力のあるプロスパー商会が市場に出回る素材を抑えてしまうため、ビルもレア素材を手にすることができなくなる。
そんな中病に倒れ、失意のままこの世を去るビルを看取ったアンは、プロスパーに恨みを抱いたままその腕を磨き、そしてエリックと知り合う。
正直言うと死因は病であるし、レア素材自体がなかなか世に出回らない時代を考えると、そこまでプロスパーを恨むのに繋がらない気がするのだが、そういう設定だった。
そして、自らレア素材を手に入れるために冒険者も兼業し、ダンジョンに篭っているというのがアンの設定だ。
◇◇◇
確かにこのファルデュラス領は山間部ということもあり、鉱山もあり鍛冶職人も多い街だ。それでも原作ではそこまで出身地などの設定は無かったように思う。
それがこんな近場にルーツがあるとは驚く。
そして、それがなんでうちの工場で働いているのかも……。
エリックが日本から持ってきた知識――「刀」。
それを再現するのがアンだ。エリックが手に入れる超レア素材を物語史上最高の武器へと昇華させる。
間違いなくエリックには絶対必要な人材だ。
俺がPOSをスタートさせ、ゲンウェルを技術指導で再雇用したり、新しい職場を環境を作ったりした結果原作を歪めたのだろうか……。
えっと。どうしたら?
俺は内心頭を抱えていた。
……。
そうこうしている間に、グランパもガンウェルとの話も一段落したようだ。
不思議そうに俺の剣をみつめるグランパに対して、ガンウェルは意味ありげに頷いて見せる。
「さすがはグフタスの孫……いや、カシウスの息子というところか」
「どっちも一緒じゃ」
「つまり、考えが面白い。俺なんか思いもつかないことを考えよる。カシウスが一度ぶっ壊した古き物を、その子供が復活させる……」
「ん……」
「このPOSシステムに、あの変な合金……。もう楽隠居して死のうと思ってたがな。まだまだ先が見たくなる」
「……ふむ。ワシは既に引退してるからな。どうとにもなれば良い」
「はっはっは。そう言うな。年寄りというても生きていればその経験を求められることもあろう」
「もう過去の思い出を楽しみながら余生をすごすだけじゃ」
老人二人の会話を俺はただ黙ってみてるだけだった。
……。
……。
帰り道。馬に揺られながら隣に居るグランパに尋ねる。
「今回は、このために帰ってきたの?」
「ん? いや。本はたまたまじゃな」
「たまたま? えっと。なんかほかにも?」
「ちょっとな。死ぬ前に色々と世界をみておこうと思ってな。旅行のようなもんじゃ」
「旅行……」
最近の旅行に行きたい症候群もあり、俺にはグランパのセリフがとても魅力的に感じた。
「ねえグランパ。じゃあ、ここからもっと他に?」
「ああ。北の方で面白い動きもあるらしい」
「面白い動き?」
「そういえば、お前と同じくらいの子供なのかな? シュトルツ領主の子供が色々と面白いことをやってるらしい」
「シュ、シュトルツ領?」
ここにきてまたエリックか……。いや、確かに小説でも町おこし的に色んなことをやっているのは知ってる。それがブームでシュトルツ領は一大観光地の様になるのだが、それはもうちょっと先の話の気がするんだよな。
……あ。
そうか、このころには既に温泉や、サウナを始めているのか。
色々と行商人の相手をして情報を集めているグランパならそういうのを聞いているのかもしれない。
むう……。
……いやいやいや。
エリックと会うなんてかなり危険じゃないのか? エリックはこの原作小説で日本から転生してきた男だ。そして、俺は日本からこの原作小説へと転生してきた男。
同じ日本でも、もしかしたら別の世界線の日本である可能性が高い。
エリックが異世界へやってきた日本人としてやってる中、エリックの知る日本と俺の知る日本がもしかしたら違うとなった時。そしてもしエリックが自分が小説の中のいち登場人物だと気がついてしまったら……。
まじで何が起こるかわからない。
エリックは勇者としてこの世界を滅ぼそうとする魔神を倒す存在だ。ちゃんと活躍してもらわないとこの世界そのものの存在が怪しくなる。
うーん……。
行きたい気持ちと、それを恐れる気持ちとの葛藤の中。呻いていると、馬を駆るハティが話しかけてくる。
「ねえ。ラドが行くなら私も行く」
「へ?」
「だって、絶対行きたいでしょ? お姉ちゃんが言ってたよ。旅行に行きたがってるって」
「えーと……」
それを聞いたグランパもその話に反応をする。
「ん? ラドも行きたいんか?」
「えーと……。行きたいは行きたいけど……」
「行きたいなら来れば良い」
「でもこっちはこっちで付き合いがあるからさ」
「付き合いってなんじゃ?」
「アドリック……。えっと。ファルデュラス候の息子のアドリック様と一緒に冒険者パーティーを組んでいるんだよ。だからさ……」
「ん? 冒険者までやっとるんか」
まあ、確かにこんな話を聞けば驚くだろうな。
親父はそんな遊びしたこと無いだろうし。
「ハティも一緒だよっ!」
「ハティもか? じゃがみんな子供じゃろ?」
「子供じゃないよっ! もうC級冒険者だし」
「なんとっ。一人前じゃないか」
「ラドだって、ねえ?」
ハティはちょっと自慢げに言うが、それがまた問題なんだ。四年前と比べるとみんな身体も大きくなり、レベルだって上がってる。みんなもう十分に一人前の実力を持ってる。
原作でも王立学院へ入ったときにアドリック達三人は同じ様にC級冒険者の資格があると周りに威張っていたが、おそらくあれは上級国民として得た称号だろう。
実力的には圧倒的に今のほうが高い。
なんて言っても俺が頑張ってアドリックをフォローしているんだ。俺の将来を考えた時、アドリックに何かあったら困る。
そして今ではそれ以上に本当の友達として、アドリックを支えようという気持ちがある。
そんな中数か月もこの地を離れ、俺の目が届かない距離になってしまうのにどうしても躊躇してしまう。
情報が多い一日だった。グランパの執筆趣味。それから旅行の話。それだけだったらよかったのに、アンの事もある。
特にアンの話は相当気を付けなければならない。どうすればエリックに近づけられるか……。俺が鬼になってアンを首にする、とか必要なのだろうか。
ううむ。
俺はハティの後ろで悶々とした気持ちでいた。




