91 POSも
「グランパ……」
「ん?」
「ごめんなさい……」
「気にするな、アレを置いていったワシが悪いんじゃ。さ、次に行くぞ」
書店を出てグランパに謝る。グランパはもう気にしていないと笑う。それから他にも予定があるようだ。
「次?」
「久しぶりにファルクレストに来たんじゃ。工房に顔を出したいからな」
なるほど。プロスパー商会は親父が色々な商売に手を出す前は鍛冶屋の大手としてやっていたんだ。グランパにとっても工房は大事な場所なのだろう。
俺もそろそろ工房に顔を出そうと思っていたので丁度いい。
……魔道具店を覗くとハティはまだお茶を飲みながら店員―オルベア婆さんの孫―と楽しそうに話をしていたので工房にも顔を出すと行って置いていくことにする。
……。
……。
その懐かしの工房へと行くが、その入口で立ち止まったグランパの表情は微妙に曇っていた。
「うーん……」
「どうしたの?」
「いや……。時代の流れなのかのう……」
「時代?」
俺も何度かここに来たことはあるが……。何かあるのだろうか。
グランパの視線を追って工房を見てあることに気がつく。工房では作業ごとにその専門家がその作業を担う形になっている。
金属を鋳型に流し込む人たち。そしてそれを掘り出す人たち。掘り出された剣を叩いて鍛える人たち。形が出来たものを研ぐ人……。その工程行程でプロフェッショナルがいる。
「もしかして、グランパの頃って流れ作業みたいなのはなかったの?」
「一つの武器は一人の職人が責任を持って完成させていた。それが鍛冶師の仕事じゃとおもっておったがな」
おそらくこういった効率化は父親がはじめたのだろう。もともと鍛冶師の工房の親方としてやっていたグランパには少し不満を感じているのだろう。
それでも一応俺もプロスパーの子だ、工房の事は少しは知っている。
「グランパ。言いたい事は分かるけど。奥に行ってみようよ」
「奥?」
「うん。ちょっとまってて」
俺はそう言うと奥の事務室に居る工場長の所へ向かう。
工場長もたぶんグランパの事は知らないかもしれない。それでもグランパが来たことを伝えると血相を変えて走り出てくる。
「親方!」
「ん? だれじゃったかな?」
「私です、トムです。あの、親方がやめる直前に入った……」
「おお? すまんな。最近物覚えが悪くてな」
「い。いえ。私も入ったばかりでしたので」
工場長は少し寂しそうに笑う。
そして俺は彼に奥の特別工房への入室の許可をもらう。
……。
……。
特別工房。通称POS工房と呼ばれる。
これはいわゆる昔ながらの職人の様に、一人の職人が初めから最後まで一つの武器を任され、腕を振るう工房だ。
元々はプロスパーの勇者シリーズと呼ばれるトリニティ、セプテム、ドゥオデカ、クァドラジェシマの四つのシリーズの武器。これを任されるのは一部のエリート職人だった。それはこの世界の最高峰の技術の結晶であるという触れ込みであった。
ただ、その割には原作ではこの勇者シリーズを作る職人のレベルが言うほど高くないという話があったのだ。
俺はその理由を必死に考えていた。そして理解する。
勇者シリーズは一般的な素材ではなく超貴重なレア素材をふんだんに使った武器のシリーズなのだが……。そのレア素材ゆえにある問題が発生する。
素材も手に入らず、あったとしても高価すぎてなかなかな武器を制作する機会が少ないのだ。
そして、エリート職人たちは普段はこの流れ作業の監督のようなポジションで働いている。
つまりひたすら武器を作るという経験が圧倒的に減ってしまっていたのだ。
当然それでは腕もなまってしまう。
そこで俺が父親に提案したのが、普段から一から十まで一人の職人が武器を作るという今までと同じ鍛冶システムだ。それを勇者シリーズを手がけるエリート職人達にやらせるという考えだ。
そうすることで勇者シリーズを手がける腕利きたちが普段から腕を振るう場としての経験を与えることも出来、かつユーザーはあの勇者シリーズの職人に作ってもらえるという喜びを得られる。
依頼者はその材料、長さ、デザインなどの希望を出して自分だけのフルオーダーの武器を手に入れる事が出来る。たとえそれが勇者シリーズのような超レア素材を使用していなくても、質のいい鋼などを使って丁寧に作り上げることで、プロスパーの一般的な出来合いの武器より高品質な物を確実に手に入れる事が出来るというわけだ。
それがプロスパー・オーダー・システム。略してPOSだ。
この発案は予想以上に上手くいき、最近では全国からPOS取り扱い資格を得るためにオーダー受注のノウハウを学びにこのファルクレストへとやってきている。
そう。この街でノウハウのセミナーを受講しないとPOSの取り扱いが出来ないというのもPOSの価値を高める良いシステムになっていた。
……。
……。
一般工房のさらに奥にPOS工房がある。俺はグランパと共にその工房の扉を開いた。
「おお?」
工房を見てグランパは声を漏らす。俺はニヤリとその表情を見つめた。
三人ほどのグループで一つの武器を作っている。全部で五人のリーダーが各々の助手を使い武器を作る。その様はおそらくグランパのイメージする鍛冶場とあまり変わらないのではと思う。
さらに、引退した老人の職人に声をかけその技術の伝達などもやり直させている。
「む? 親方か?」
そんな老人の一人がグランパに気が付く。
「おお、ガンウェルか? 懐かしいな」
「はっはっは。そうか。まだくたばってなかったか」
「ぬかせ、それはこっちのセリフだ」
「はっはっは」
どうやら今度はグランパも顔の分かる職人が居たようだ。ガンウェルはグランパの時代から職人として働いていたプロスパーでは伝説的な職人だった。
今回隠居していたのを無理やりお願いして技術の伝達をお願いしたんだ。
若い頃はグランパも鍛冶屋として槌を手にしていたという。その時代からガンウェルはプロスパー工房のエースの一人だったようだ。
二人の老人はお互いを懐かしむように話も盛り上がる。
……。
盛り上がる老人二人を置いておいて俺はこっそりと一つの組へと近寄る。
「お坊ちゃま。例の剣ですが……」
「あ、出来てる?」
「はい。こちらを……」
ここの職人チームの中で一番の若手チームだ。最近リーダーに昇格したウィリエールはまだPOSの受注を任されておらず、修練を重ねている段階だった。
そんな中、練習にと……自分の新しい剣を頼んでおいたのだ。完全に公私混同だ。
「へえ……。うん。良いね」
「ありがとうございます。しかしこんな柔らかくてよいのですか?」
「うん、こういうのが欲しかったんだ」
「了解しました。こちらが鞘になります」
「うん。ありがとう」
俺が頼んだのは、言ってみれば太極剣で使う「軟剣」と呼ばれる剣だ。アレはもともと演舞などの為にステンレスなどを使用している非実用の剣なのだが、それを実剣として作ってみたのだ。
なんせ実剣でなんて練習したこと無いし、ああいった太極剣しか使ってなかったんだ。この世界でも使えるなら使ってみたいなと。色々苦労をした。
メインはミスリル。実はミスリルは魔力を通しやすい性質から、ある一定レベルの剣には合金として混ぜられる事が多いのだが、配合率を多くすればいいというものではないのだ。実はミスリルの配合率が高くなると金属が柔らかくなってしまい実用には厳しくなる。
その性質が軟剣を作るには良いのでは無いかと新しい合金作りに取り掛かっていた。父親もある程度研究費としてレア金属の使用を認めてもらったため、他のレア金属を微妙に混ぜたりしながら研究を繰り返していた。
そして今、ようやく試作の太極剣が出来上がったというわけだ。
「こんな剣でどうやって戦うんですかい?」
「うーんとね。例えば……」
俺は軽く太極剣での発剄、絞剣を見せる。
剣をたわませる様にジャンと音を立てながらの突きに、ウィリエールが眼を丸くする。
「な、なんですかい? それは」
「この剣の柔らかさを利用する技……。かな?」
「はぁ……」
まあ、こんな武術この世界には無いからな。珍しいだろう。俺は久しぶりの太極剣の感触に大満足でウィリエールに礼をする。
「はっはっは。気にしねえでくだせえ。いい勉強になりましたよ」
そう笑うウィリエールだったが、こんな合金は他に使い道なんてあるのだろうか。




