第九話 魔力操作なら
だらしないと言うなかれ。割と自分では頑張ったほうだと思う。
だけど、こうも吐き続けるのは結構しんどい。精神的にも何度もこの苦痛を乗り越えて気を失うところまで頑張るなんてちょっと考えられない。
そして激甘の魔力ポーションも底が尽きた。
たしかあれ、一瓶十万弱とかそんなレベルの品物なんだ。当然数も無いから、ケチケチ使っていたんだ。一口飲んで気持ち悪い急性症状を止めるくらいの使い方だ。
それでも繰り返せばそのポーションもが終わる。ポーションが無ければ吐いて気持ち悪い状態を回復させることも出来ない。だいたい一時間くらい魔力がある程度戻るまでベッドで動けない。
無理ゲーだろ?
という事でもう諦めることにしました。はい。
それでもこういった魔力を枯渇しなくても魔法を使いまくっている魔法使いは、自然と魔力が増えるような記載は見かけた。今回のトライも多少なりとも影響はあるのかもしれない。とポジティブに考えることにしよう。
無駄じゃ無かったと……思いたい。
うーん。
と、なるとチートな魔力量を得るというのは諦めるしかないな。
小説の主人公は、チートな魔力量だけじゃなく、魔力操作などにも優れ、さらに剣も剣聖級だったりとご都合主義の塊のような存在だ。
次にトライするのは魔力操作だ。だけど魔力量を増やすトレーニングと違い、小説の中ではそこまでトレーニングの描写があったわけじゃ無い。自分の中の魔力を固めたり移動させたりとそんな感じだったような気がする。
……。
そこで俺の魔力の操作についての考察を交える。
数多のライトノベルを読んでいると、魔力の設定として下腹に魔力があるという設定をよく見かける。というかほとんどがそうじゃないか? そしてそれは、おそらく中国の気功の丹田というものがイメージの元になっていると俺は考えている。丹田の位置がちょうどおヘソの下のあたり、全く同じだ。
そうなれば魔力操作はきっと行けるに違いない。
なぜ? ふふふ。
俺は子供の頃にばあちゃんに連れられて近所の公民館で太極拳を習わされていたのさ。高校生受験のあたりからもう行かなくなってしまったが、それでもそこそこの年数やっていた。
ジュニア太極拳で県の代表として全国大会にだって出てる。
といっても太極拳をやるわけじゃ無い。思いついたのは站樁功と呼ばれる太極拳の練習法の1つだ。これは立禅とも呼ばれ、少し腰を落とし呼吸を整えながら立ったまま座禅のような瞑想状態に入るといった物だ。
薄く目を閉じ、禅の中に入れば体の溜まった魔力などに意識を集中させやすい。
俺はゆっくりと体内の気を巡らせる要領で自分の魔力をコントロールしていく。魔力放出の実験で体から魔力を集めるのとそう大差は無い。
……初めてにしては良いんじゃないか?
魔力を体外に放出していくわけじゃ無いから体調が悪くなることも無い。むしろ何か運動をするかの如くじっとりと汗が出てくる。
……。
……。
一種の瞑想状態に入るのだろう。ハッピーなホルモンも出まくってるに違いない。
気が付けばかなりの長時間そうしていたようだ。ノックの音で眼を開けば、窓からは夕日が差し込んでいる。
異世界にやってきて、初めて魔力を操作する感覚は楽しかった。昨日までの魔力放出の練習と比べれば天国だ。
そう。あれは酷かった……。
……やめよう。思い出しただけでも吐きそうになる。
「お坊ちゃま、お食事の用意が出来ましたので」
「今日はパパはいるの?」
「いえ、奥様だけになります」
「そうか、ありがとう。すぐ行くよ」
魔力不思議で面白い。地球では太極拳の先生が「気」を動かすようなイメージの話をするが実際気功なんて出来なかった。なんとなくのイメージでやっていた物がこの世界では容易く出来るようになったというのがかなり大きい。
――早く魔法の先生が来ないかな……。
当然そういう気持ちになる。
魔法についてはドクターストップをされていたが、魔法の教師の立ち合いの元ならたぶん魔法を使う許可が出ると踏んでいる。
母親はそういったことにまるで興味はない、父親がいればそれでもそういうのを聞けるのに。今日も仕事でいないようだ。
……。
……。
「お坊ちゃま……。少し本をお戻したらどうですか?」
「うーん。それより使ってない棚とか無いかな」
「えっと……それは……」
「ちょこちょこ目を通したい本は部屋においておきたいんだよな」
「それは流石に旦那様に怒られますよ」
「そうかな? だってパパやママが本を読んでるところなんて見たこと無いよ。せっかくだから読んであげたほうが良いでしょ? パパはなんでこんな本を沢山買ってくるんだろう」
「えっと……。私にはよくわかりません」
最初は書庫へ通って読んだり、読み終わった本はちゃんと書庫に戻していたのだが、最近は本を持ってきては返さず部屋の床に積んである。
本というのはこの世界ではかなり高価な物らしく、ティリーも扱いに困っていた。
部屋に本棚がほしいのだが、執事などに頼んでも、「私どもにはちょっと……」という返事が来るだけで埒が明かない。むしろ本なんて本当に読んでいるのかと胡散臭いと思われているようで心の弱い俺はすぐに誰かに頼むのは諦めた。
ティリーに頼んだって、先輩に怒られて終わるだろうしな。
ということで、俺は適当に屋敷の中を歩いてちょうど良さそうな棚を探していた。
しかし中々本を入れるのにちょうど良さそうな棚が無い。当然のことながら大抵の棚は別のものに使われていて、使ってない棚など無い。この荷物出して使っていいかなんて尋ねれば、使用人達は心底嫌そうな顔で苦笑いをする。
駄目と言われたほうがまだスッキリするんだよな。
少し心を痛めながら俺は別の場所を探すことにした。
この敷地の中にも商会の倉庫がある。
今では商会の規模も大きくなりすぎて、別の敷地にあるもっと大きい倉庫をメインで使っているようだが、とにかく庭の倉庫に何か置いてないだろうかと向かう。
俺は敷地の庭をてくてくと歩いていくと。倉庫の前には腰に剣をつるした男が立っていた。倉庫には商品がおいてあることもあり、ちゃんと警備の男が雇われているんだ。
男は俺が近づいていくと不思議なものを見るような目で話しかけてきた。
「なんでえ、お坊ちゃんがこんなところに」
「部屋に棚が欲しくてね、倉庫になにか余っていないかと思って」
「……ここは商品が置いてあるんだぜ? 遊び場じゃないんだけどな」
「僕だって遊びで来てるわけじゃないんだ。ちょっとどいてくれないか?」
「旦那様の許可はあるんですかい?」
「……パパはいつだって良いって言うよ」
「うーん。しかしねえ……許可証を持ってる人以外は通すなって言われててね」
「この家の子供の僕でも?」
「御子息は良いとは聞いてないんだよ」
「むう……」
ううん。倉庫の番をしていた男は中々首を縦に振らない。男は六十くらいだろうか初老を迎えたくらいの感じだ。
でも断られはしたが、男のそんな対応に俺は好感を持っていた。
他の使用人たちは困ったようにごまかし、はぐらかすような態度をとって、とてもモヤモヤが蓄積するんだ。ここまでバッサリと断られると逆に気持ち良い。
実際、俺のやってるのは公私混同だしな。
俺は大人しく諦めて立ち去ろうとするが、倉庫の脇に気になるものが目に入った。
「ねえ、あの箱は?」
「あれは商品を入れてた箱だねえ」
「これって貰える?」
「どうだろう。ま、倉庫の外に積んである物に関しては何も言われてねえからね……。いいんじゃないかい?」
「本当? じゃあ、少しもらうね」
「おう。気を付けてな」
長細い木箱を見つけた俺はそれを何個かもらうことにする。と言っても六歳の体だ、空箱とは言え二つも持てばフラフラになる。
そんな姿を警備のおっさんは笑いながら見ている。
「ねえねえ。おじさん名前は?」
「俺か? スコットだ」
「スコット? ただの?」
この世界ではセカンドネームは家名となる。貴族は必ず持っているが、庶民の中では家名を付けない人も多いと聞く。俺はなんとなくそれが気になって訊ねた。
すると予想外の答えが返ってきた。
「……スコット・モーガンだ」
「モーガン……?」
「なんだ?」
「いや。スコットね。またね」
俺はスコットに手を振り、その場を後にした。
――マジか……。
本棚代わりにする木箱を手に入れた事より、俺は良いキャラを見つけた事の方がうれしかった。思わず小躍りしそうになるくらいにね。